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なぜキノコを食べるのか?-Fatty acid Dynamics in Mushroom-Mammals-

キノコを食べるのが好きな人は多いようで、この時期はメディアでも「秋のきのこ特集」を報道していたりします。
今日は、脂肪酸動態からキノコ食についてお話していこうと思います。


About fatty acid

食物には脂質が含まれているものがあり、生体内で非常に重要な役割を担っています。
一口に脂質と言っても、実際には3種類に分けることができます。一つはただの炭素鎖の飽和脂肪酸(SFA)、対して炭素鎖に二重結合が含まれるものが不飽和脂肪酸と呼ばれ、一価不飽和脂肪酸(MUFA)と多価不飽和脂肪酸(PUFA)に分類されます。

脂肪酸はつまり脂なので、ほとんど水には溶けません。対して血液は水分です。そこで、体内では運搬のためにリポタンパク質という入れ物に入って輸送されます。リポタンパク質は脂質と結合したときの比重で
低密度リポタンパク質(Low Density Lipoprotein; LDL)と
高密度リポタンパク質(High Density Lipoprotein; HDL)に大別されます。
コレステロールと結合したLDLは肝臓から発送され、HDLは不要なコレステロールを拾い集めて肝臓に回収します。
悪玉善玉という呼称は筆者は嫌いなのですが、全身に頒布するのが悪玉で、動脈硬化につながる不要な血中のコレステロールを回収するのが『結果的に』善玉であるとされています。

Essential fatty acids

哺乳類や霊長類を含めた動物には、必須脂肪酸という不飽和脂肪酸が存在します。これは、体内で筋肉の収縮に関わる因子や血小板凝集因子などの色々な生理活性を示すeicosanoidの前駆体となっています。また、不飽和脂肪酸はLDLコレステロールを減らす働きがあるとされ、積極的な摂取が推奨されています。具体的には、リノール酸やリノレン酸と呼ばれるもので、必須脂肪酸はビタミンFと呼ばれていたこともありました。

困ったことに、これら必須脂肪酸も含めた不飽和脂肪酸は重要なのに体内では合成することができません。なので、食事として摂取する必要があります。主な摂取源は植物体ですが、一部魚類からも摂取することが可能です。
ちなみに、ネコが魚を食べる理由として、不飽和脂肪酸を魚から接種するためということが考えられています。

また、不飽和脂肪酸がLDLコレステロールを減少させるという話がありましたが、ニホンザルのコレステロール値について野生下と飼育環境下で比較したところ、野生下ではコレステロール値が非常に低いということが知られています。これは、植物の種子や葉等を野生下では主要な栄養源としているからだと考えられています。
冬眠する動物が果実や種子を好むのも、低温環境下で凝固しない不飽和脂肪酸を利用するからとも言われています。

Unsaturated fatty acids produced by fungi

ところでこの不飽和脂肪酸、実は植物だけでなく菌類も生産できます。
では、菌類にとっての脂質はなんなのでしょうか?
前置きが長くなりましたが、ここからが本論です。

菌類も生物なので、当然細胞を持つので脂質は必要です。細胞膜はリン脂質の二重層により構成されています。リン脂質はグリセリンを中心骨格として脂肪酸(疎水部)とリン酸(親水部)が結合していますが、生物は疎水部の飽和度を変えることで膜の流動性を調整しているとされています。
菌類のリン脂質はグリセロール骨格に複数の二重結合を持つ不飽和脂肪酸が結合しているとされています。その合成には不飽和化酵素(desaturase)が触媒しているとされ、主に菌糸成長の段階で構造の多様性を担っているとされています。

キノコの子実体において、リノール酸やオレイン酸などの不飽和脂肪酸が成分全体の4%(無水物換算)ほど含有されているとされます。種類によってはdehydrocrepenynic acidのような三重結合をもつようなものもいます。

Aroma, Fatty acids and biological interaction

さて、このリノール酸、キノコの香りとして最も一般的な1-octen-3-olの合成に消費されるようです。リノール酸を酸化するリポオキシゲナーゼ(LOX)の活性は、子実体の発育の段階のうち傘が開く前の柄の部分に多く含まれているようです。
これはいわゆるキノコの形をした子実体の話ですが、実際トリュフのような香りの強い地下生菌でも不飽和脂肪酸は4-9%含まれていることを考えると、なにか目的を持って脂肪酸から1-octen-3-olを合成している可能性があります。

以前、キノコの香りがベクターを誘引するという話をしましたが、揮発性硫黄化合物は昆虫などをベクターとして利用しているという仮説を提示させてもらいました。
今回は、哺乳動物がキノコのベクターとなっている可能性について考えてみます。ここからは筆者の想像を含みます。

動物は、先天的なものかまたは経験的な情報としてかどのような情報処理かは不明ですが、キノコに栄養が含まれることを記憶しているのではないかと考えます。動物の中には、有袋類や、げっ歯類、大型哺乳類に渡ってキノコ食行動をとるものも存在しており、霊長類でも確認されています。特に、ボノボでは土を掘り返してトリュフを食べるという報告もあります。

では、実はヒトも同じく誘引されているのではないでしょうか?

とはいえ、イノシシなどは掘り返したりはするものの食べはしないという例もあり、一概にキノコの臭いがするから食べるというわけではないようです。毒キノコである可能性もあるわけで、野生動物はキノコの臭いに誘引され、何かの判断基準で鑑別している可能性も考えられます。

また、現在国内の林内の多くはニホンジカによる食害で下層植生がなくなり乾燥状態にあります。多くのキノコは地下生菌の形態となり乾燥に耐え、香りにより哺乳動物を誘引しているのかもしれません。林内では下層植生もなく野生動物の餌の獲得も激化している可能性があり、キノコも摂食の選択肢の一つとなっているかもしれないですね。

動物がキノコを食べる一つのロジックとして、キノコ臭=不飽和脂肪酸の含有=栄養源というつながりがもしかしたらあるのかも知れません。動物とキノコは、栄養の摂取と胞子の散布でお互いの利益に繋がっているのでしょうか。

Conclusion

「香りマツタケ、味シメジ」。キノコも栄養が色々あれば香りも良いものが多くあります。
もしかしたら、あなたはキノコに『利用させられている』のではないですか?
そんなことを考えながら、秋の味覚に思いを馳せるのも面白いかも知れませんね。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】
・Edible mushrooms as a ubiquitous source of essential fatty acids
https://doi.org/10.1016/j.foodres.2019.108524
・Comprehensive analysis of the composition of the major phospholipids during the asexual life cycle of the filamentous fungus Aspergillus nidulans
https://doi.org/10.1016/j.bbalip.2023.159379
・Variations in 1-octen-3-ol and lipoxygenase gene expression in the
oyster mushroom Pleurotus ostreatus according to fruiting body
development, tissue specificity, maturity, and postharvest storage
https://doi.org/10.1016/j.myc.2019.02.005
・霊長類のキノコ食行動 -今後の課題と可能性-
https://doi.org/10.2354/psj.30.010


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