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菌根菌概論~アーバスキュラ菌根編~-Introduction to Mycorrhiza I: AM fungi-

「菌根菌は、土壌中から吸収したリン酸や窒素の一部をソルガムやトウモロコシへ与える代わりに、その生育や増殖に必須となる、光合成産物由来の糖や脂質をこれらの作物から受け取っている。ソルガムやトウモロコシは、菌根菌を根に定着させる過程の初期において、化合物Sを土壌中に分泌し、周囲の菌根菌の菌糸を根に誘引する。」

東京大学の2020年入学試験(生物)の試験から抜粋したものです。
ここにもう必要な話は全て書いてあるのですが、入試問題として出されるような内容なので、昨今ではもう一般的に知られていて当然のようなものなのでしょうか。

自然界は非常に生命の複雑な関係性によって成り立っています。その非常に高度かつそれ故に繊細な相互関係の神秘は、近年徐々に明らかになってきています。
今日は、地面の下の根っこと菌の関係についてお話していこうと思います。

『菌根』というのは、植物の根に菌が共生した状態のことで、共生しているのが『菌根菌』です。
様々な植物は菌根菌と共生関係にあり、相利共生の関係にあります。
菌根菌は宿主との組み合わせや共生形態などによって名称が違います(Table 1)。

Table 1 Mycorrhizal fungi types and hosts

根の機能と栄養に関しては、以前記事を書きました。

植物の生育において重要な三大栄養素は、窒素(N)リン(P)カリウム(K)です。

リンは、無機酸であるリン酸という形で存在しています。リンが欠乏すると根の発達不良や葉が壊死したりするなどの生育不良を引き起こします。
土壌というのは基本的にマイナスの電荷を帯びています。マイナスに荷電していると、KやMgなど正に荷電しているイオンを吸着し保持しやすい傾向にあります。これを指標化したものが陽イオン交換容量(CEC)です。
リン酸というのはマイナスに荷電するイオンですが、実際は土壌粒子の置換基と交換し土壌に強く吸着される傾向にあります(特異吸着)。
土壌がリンを吸着する指標はリン吸収係数という指標で表されます。リン吸収係数は、火山灰土壌では特に高い傾向にあります。
リン酸は非常に重要なのに関わらず他の栄養素よりも土壌に吸着され吸収されにくいものです。

ここで登場するのが菌根菌です。
草本植物に共生しているのはアーバスキュラ菌根菌(AM菌)です。名前のアーバスキュラ(abuscule)は樹木(arbre)の枝のように植物の根の中に菌糸を伸ばしている様子に由来しており、植物の根に寄生しています。
AM菌は植物の根から光合成産物である糖類などを受け取るかわりに、リン酸を吸収して植物に渡すという関係により生きています。

この共生関係は非常に重要なもので、植物の生育に多いな影響を与えます(Fig. 1)

Fig.1 重金属汚染土壌(C)と対照土壌(NC)で12ヵ月間生育させた外生菌根(M)と非外生菌根(NM)のマツ科植物の苗の形態。汚染土壌では通常の苗は生育が抑制されるのに対して、外生菌根苗は生育の阻害が抑えられている。

不思議なのはその出会いです。発芽した植物の種子とAM菌の胞子が土の中という暗い世界で、どのようにして巡り合うことが出来るのでしょうか。そこには、植物と菌が示し合わせたようにお互いを見つけだす化学物質の『合言葉』が存在します。

リンが肥沃な土壌では植物は旺盛に生育しますが、養分が不足すると植物は根からStrigolactone(SL)を分泌します(Fig.2)。SLはAM菌の菌糸成長を促進する作用があります。

Fig.2 Structure of strigolactone (SL)

SLはカロテノイド誘導体ですが、構造にラクトンであるブテノライドを持ちます。興味深いことに、ブテノライドは植物が山火事などの高温にさらされたときに誘導体であるカリキンへと合成されますが、カリキン類は種子の発芽刺激物質として機能します。
先の問題の”化合物S”というのはおそらくこれのことだと思います。

SLはAM菌を誘導することがわかりましたが、AM菌側もアプローチを仕掛けます。
AM菌はlipochitooligosaccharide(LCO)というN-acetyl-glucosaminenポリマーに不飽和アシル鎖が結合した化合物を分泌します(Fig.3)。これにより、植物は根の成長と分枝を促進し、AM菌を迎い入れます。
このLCOは複数の菌類が分泌するもので、菌根を形成しない菌でも生産することも明らかになっています。


Fig.3 LCO and the type of bacteria produced.

『合言葉』という言い方は随分と詩的でありますが、実際は植物は真菌の存在をLCOを目印にして根を伸ばし、対して菌類はSLを目印に成長し、お互いを見つけて共生のスタイルをとるということになります。

この共生関係、実はかなり歴史が長く、光合成を始めた藻類が陸生を始めた4億年前から植物の化石に菌根の姿らしきものが確認されており、AM菌が他の類縁の菌類から分岐したのも同じ頃とされていることからそれぐらいの歴史がある関係にあると考えられています。

このAM菌の活用は農業分野でも進められており、研究は日々進歩しています。

今回はこの程度にして、次回また詳細について書こうと思います。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】

菌根の世界
ISBN: 978-4-8067-1606-8

Effects of Ectomycorrhizal Fungi and Heavy Metals (Pb, Zn, and Cd) on Growth and Mineral Nutrition of Pinus halepensis Seedlings in North Africa
https://doi.org/10.3390/microorganisms8122033

Fungal lipochitooligosaccharide symbiotic signals in arbuscular mycorrhiza
https://www.nature.com/articles/nature09622

Lipo-chitooligosaccharides as regulatory signals of fungal growth and development
https://www.nature.com/articles/s41467-020-17615-5


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