見出し画像

麻薬の間違い探し-Structure Diversity and Control Act of Narcotics-

突然ですが問題です。
次の画像はある物質とその類縁体の3次元構造です。それぞれどこが違っているでしょうか?

Fig. 1 Molecular model of deferent compounds 1, 2, 3 and structure overlay

1はparahexyl(パラへキシル)、2はtetrahydrocannabinol (THC)、3はhexahydrocannabihexol(HHCH)です。
2は天然のもので、1と3は合成化合物です。
1と2は、麻薬に指定されています。

今日は、大麻の化学と関連法規についてお話をします。


2023年11月15日、同月東京で開催されたイベントで配布されていたグミを食べた男女6人が体調不良を訴えて病院に搬送されるなどしました。厚生労働省は22日、検出された成分「HHCH」と同定し、指定薬物に追加しました。これにより、 12月2日から販売や所持・使用が禁止されます。

大麻に近い成分の名前が表示されているグミを食べた人が相次いで体調不良を訴えている問題で、厚生労働省は22日、検出された成分「HHCH」を指定薬物に追加しました。これにより、10日後の12月2日から販売や所持・使用が禁止されます。

“大麻グミ” 成分「HHCH」指定薬物に追加 来月から販売禁止に | NHK | 厚生労働省

HHCHについては、最初に少しだけ触れました。
では、この化合物について掘り下げていきます。


先ほどの化合物1、2および3は、カンナビノイドというグループに分類されます(Fig. 2)。特徴としては、ベンゼン環(A環)、ピラン環(B環)、ジペンテン由来の六員環(C環)が結合した骨格を持ちます。

Fig. 2 Structure of cannabinoid

化合物1、2および3の構造を、平面構造で見てみましょう(Fig. 3)。
1のパラへキシルは、B環とC環の間のΔ-1"が二重結合になっています。対して、2のTHCはC環のΔ-4"(Δ-9)が二重結合になっています。そして、今回話題になった3のHHCHはというと、C環に二重結合がありません。それに加え、A環の側鎖がC-6""に変わっています。

Fig.3 Structure of parahexyl (1), THC (2), HHCH (3)

このように、名前は違えどほぼ同じ構造の類縁体(アナログ)になります。
実際には、HHCHの方がTHCよりも作用が強いとされています。


カンナビノイドの生合成について少し触れていきます(Fig.4)。
カンナビノイドの生合成は芳香族ポリケタイドと同様に、malonyl-CoAが3つ縮合することで長鎖となり芳香環化したものが起点になります。単純フェノール類ではacetyl-CoAがポリ-β-ケトエステルとなりますが、カンナビノイドはhexanoyl-CoAが出発単位となります。
次にテルペノイド生合成経路由来のgeranyl PPが合流し、カンナビノイドの原点であるCBGAへと合成されます。そして、酸化、求電子反応によりCBDAとTHCAとなります。芳香環の水酸基は求核剤として働くので、イソプロピル基の位置によりますが、求核付加反応によりB環を形成しTHCAとなります。

Fig. 4 Biosynthesis of cannabinoids

生合成を見るとわかりますが、HHCHはそもそも二重結合がないことや側鎖が長いことから、半合成ではなくそもそも原料が違う合成化合物である可能性があります(触媒による水素付加?)。


天然においては、このTHCAが90~95%存在していますが、このTHCAが乾燥や高熱によりカルボキシ基が脱離したものがTHCとなります。

THCは大麻(マリファナ)の主要な有効成分ですが、アナログであるCBDは典型的な生理活性は示さず、THCの補助的な役割を示すことが特徴です。これは、脳内のカンナビノイドレセプターCB1には別の作用機序があるとされています。


大麻の取扱は国によって異なり、取引・所持について犯罪として規制している国もあれば、嗜好目的での使用を認めている国もあります。現在米国の一部の州では、腰痛、慢性痛、がんの化学療法に伴う吐き気の緩和などのために処方されています。

日本ではどういう状況だったかというと、「麻薬及び向精神薬取締法」のに基づき「麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令」により麻薬として物質を指定していました。
その中を見てみると、

百十一 六a・七・八・九・十・十a―ヘキサヒドロ―六・六―ジメチル―九―メチレン―三―ペンチル―六H―ジベンゾ〔b・d〕ピラン―一―オール(別名デルタ九(十一)テトラヒドロカンナビノール)及びその塩類

百十二 三―ヘキシル―七・八・九・十―テトラヒドロ―六・六・九―トリメチル―六H―ジベンゾ〔b・d〕ピラン―一―オール(別名パラヘキシル)及びその塩類

・麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令(◆平成02年08月01日政令第238号) (mhlw.go.jp)

の2つが登録されています。また、大麻の規制の対象となる部位に関しては最も含有されている部位を除くものは規制対象外となっていました。

第一条 この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。(昭二八法一五・平三法九三・一部改正)

・大麻取締法(◆昭和23年07月10日法律第124号) (mhlw.go.jp)

CBDはこのように作用も弱く規制の対象外であったこともあり、日本国内ではCBDが輸入されています。
CBDは加熱状況下ではTHCへと生成されますが、その温度も250-400℃という高温下であることから電子タバコによる加熱ではTHCへの変化はないものと考えられています。
しかし、CBDは人の胃と同じpH1.2条件下では酸化されTHCが生成されるという報告もあり、結果的に経口摂取で大麻と同じ作用となってしまいます。

先程述べた通り、政令では生理活性のある物質およびその塩類を規制対象としていますが、カンナビノイドのアナログは規制対象ではありませんでした。これは、問題になったHHCHでも同じことでした。

物質は、その構造が少し違うだけで活性が大きく異なります。例えばHHCHを規制したとして、別の位置の構造が少しだけ異なる物質(側鎖の長さが違う、二重結合の位置や数が異なる、官能基を置換するなど)を新たに作った場合、それが同等またはそれ以上に効果があればまた問題となります。薬物規制がイタチごっこと言われるのも、これが理由だと思います。

大麻に関する法規制は、社会の中でも意見はバラバラです。医療用や効果が弱いとして嗜好用と捉える意見もあれば、子供の中毒による緊急搬送の発生やゲートウェイドラッグへと繋がる危険性も指摘されています。
20233年10月24日には、日本では大麻取締法が改正案が閣議決定されました。

政府は、大麻草を原料にした医薬品の使用を認める一方、若者などの乱用を防ぐため、すでに禁じられている「所持」や「譲渡」に加えて「使用」も禁止することを盛り込んだ大麻取締法などの改正案を24日の閣議で決定しました。

大麻取締法などの改正案 閣議決定 大麻草が原料の医薬品容認へ | NHK | 医療・健康


この事件を機に、国内でもこうした大麻や脱法ドラッグの認識を改めて考える必要があるでしょう。法規制というのはあくまで結果であり方法の理由であるので、それを提起するのは他でもなく民意です。ネット上のバーチャルな情報ではなく、すでに背後に存在する問題であり、私達一人ひとりが考えるべき問題なのではないでしょうか。

ご清聴ありがとうございました。


【Referense】
“大麻グミ” 成分「HHCH」指定薬物に追加 来月から販売禁止に
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231122/k10014265821000.html

大麻取締法などの改正案 閣議決定 大麻草が原料の医薬品容認へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231024/k10014235301000.html

カンナビノイドの化学的性質(大麻規制検討小委員会 資料2)
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000957908.pdf

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?