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掌編小説『アタイを異世界へ連れてって』

 ねぇねぇ、ちょっと聞いてくださいよ。
 なに? また愚痴かって? いや、まぁ、愚痴と言えば愚痴のようなモンなんですけどね……。いいからほら、座って、座って。
 えっと、何だったかな……そうそう、昨日ね、お仕事に出かけたんですよ、お仕事。
 何の仕事かって? わたしゃ死神ですからね。そりゃ、人の魂を抜くのがお仕事ですよ。
 えぇ、そりゃもう、できる死神ですからね。スッと魂を抜けば、コロッと死んじまうって寸法で。下手くそな死神だと、こうはいかない。魂を抜くのに四苦八苦、抜かれる方は七転八倒てな感じでして……どうせ死ぬんだから、苦しもうが苦しむまいが、一緒だと思いますかい? いいや、違いますね。最後くらいは楽に死なせてやるのが、プロの仕事ってヤツですよ。

 それで、昨日の話なんですけどね。
 昨日は珍しく暇でね、夜に一人だけ魂を抜きに行けばよかったの。せっかく下界まで降りてきたっていうのに、すぐに仕事が終わっちまったもんでね、空き時間に次の日の予定を確認してたんですよ。
 そりゃ、できる死神は、それくらいしますって。スキマ時間も、きっちり活用してこその死神ですからね。計画性のない仕事は、生産性が悪いですから。
 昨日が暇だった分、次の日は何件も予定が詰まってましてね。こりゃ、手際よく周らないと終わんないぞ……ってな具合で。

 次の日に死んじゃう人のリストを見てたらね、その中に若い娘さんが居たんですよ。二十歳の娘さんでね、名前が真澄ちゃん。まだ若いのに、魂を抜かれちまうなんて、わたしゃ不憫で不憫で……。
 だから、まだ時間もあるし、ちょっとだけサービスしようかって思いましてね。それで、真澄ちゃんに死期を告げに行ったんですよ。自分がいつ死ぬか解ってりゃ、やり残したこと片付けて、悔いなく死ねるでしょ?
 え? 優しい? 死神にしとくのはもったいない? やめてよ。わたしゃ死神が、天職だって思ってるんだから。
 それでね、聞いてほしいってのは、この真澄ちゃんの話なのよ……。

     ◇

 善は急げ……ってな具合で、さっそく真澄ちゃんの元へと行きましてね。
 真澄ちゃん、駅のホームで電車待ちしてたんだけど、終電間際だから本数が少なくて、次の電車が来やしない。今がチャンスとばかり、声をかけた訳なのよ。
「真澄さん。真澄さん」
 そう、まず名前を呼ぶの。だって初対面じゃない。いきなり声をかけたら、相手だって警戒するでしょ。名前を呼べば、「あれ? 知り合いかな?」ってな具合で、すんなりとお話ができるって寸法なのよ。
「はぁ? だれ??」
 すっごい警戒してた。真澄ちゃん、すっごい警戒してた。眉間にシワ寄せて、あり得ないくらい警戒してた。
 ちゃんと、人間らしい格好で行ったのよ? 黒のシャツに黒のネクタイ締めて、黒のジャケット羽織って。帽子も靴も手袋も、黒でそろえたんですからね。
 え? それじゃ警戒されて当然だって? 仕方ないじゃない、この格好、死神のユニフォームなんだから。

 でね、こういう時はアレやコレや取りつくろうよりも、本当のことをズバーっと言っちゃった方が警戒心が解けるってもんでね。言ってやったのよ、「わたし、死神です」って。
 そしたら真澄ちゃん、なんて言ったと思う?
「きたーっ! アタイのところにもついに来た!」
 飛び跳ねんばかりの勢いで、大喜びよ。
 わたしゃ永く死神やってますけどね、このパターンは初めてですよ。普通はみんな、呆気にとられたり、ホッペタつねったり、交番に駆け込んだり、そんな感じよ? どうなのよ、大喜びするって。新しすぎでしょ。
「待ってたよぉ。来ないんじゃないかと思って心配してたぁ」
 くねくねと身をよじったかと思うと、駆け寄ってきて、わたしの手をとって大はしゃぎ。
「ま、待ってた……だと!?」
 面食らっちまって、死神の威厳を保つのに必死よ、必死。
「お、お前の死期を、知らせに来た。お前はあと二十四時間で……」
「解ってる、解ってるって! みなまで言いなさんな」
「何を解ってると言うのだ」
「アタイを異世界に転生させて、聖女様にしてくれ……」
「ないわ!」

 だってそういうのは、神(自称)とか女神(自称)の仕事でしょ? そんな「死神に魂ぬかれたら聖女として異世界に転生していた件」ってな具合に、ラノベ界に新風を巻き起こすようなマネができますかって。
 それでも、わたしゃプロですよ。お仕事は、きっちりとこなしますよ。
「お前は今から、二十四時間後に死亡する」
「その後に、異世界へ転……」
「ないわ!」
「聖女様にしてくれ……」
「ない!」
「あ、そっか。魔王に転……」
「ないって」
「でも、チート能力くらいは……」
「だから、ないってば」
「それじゃ、辺境でスローライフ?」
「それもないって。もう勘弁して」
「わかった、さては逆ハーレムでしょ?」
「逆ハ……え、なに?」
「かわゆいショタっ子とかぁ、クールなイケメンとかぁ、苦みばしったオジサマとかぁ……異世界でいろんな男子をはべらせて、くんずほぐれつお祭りワッショイ! ね、そんな感じでしょ?」
「わ、わっしょ……い?」
「そう、ワッショイ☆ショイ☆」
「えっと、ワッショイ……ない……です」
「え? ワッショイないの?」
「ない……です」
「……」
「……」
「死神さん、あなた何しに来たの?」

 こういうのはね、勝ち負けじゃないんですがね。わたしゃ負けたと思いましたよ。
 何とかね、何とか二十四時間後に死んじゃうことを伝えてね、いや、伝わったかどうかは自信がないんですけどね、悔いがないように過ごしなさいってアドバイスまで残して帰ってきたんですよ。
 それでね、もうすぐ時間なの。もうすぐ真澄ちゃんの所へ、魂を抜きに行かなきゃならないの。
 あんた、代わりに行ってくれない? え? 嫌だ? だろうね……。
 それじゃ、行ってくるよ……。

     ◇

 あー、嫌だ嫌だ、気が進まない……。
 でも、そうも言っちゃいられない。今日はスケジュールがパツンパツンなんだから、手際よくさばいていかなきゃね。
 さて、真澄ちゃんは……と。
 おっ、居た居た。今日もまた、電車を待ってるって訳ね。ホーム際の黄色いラインからはみ出ないように並んで、お行儀の良いこって。
 ささ、お仕事ですよ。こうやって、真澄ちゃんの背後にスッと立ってね……そうそう、昨日とちがって姿を消したまんまだから、気付かれないの。
 でもって、魂の端っこをチョイとつまんでね、ヒュッと抜けばね、死んだ事にすら気付かないほど楽に逝けるって寸法よ。
 それじゃ、とっとと終わらせるかね。
 魂の端っこをチョイと摘んでね、ヒュッと抜けば……ん? ヒュッと抜けば……あれ? ヒュッと……抜けば……抜け……ぐぬぬぬぬ……抜けねぇ!

 どうなっての、これ。魂が抜けないじゃない。
「あ、死神さんじゃん。また来たの?」
「あぁ、仕事だからね……って、待って。なんで見えてんの!?」
「アタイを転生させに来てくれたのね!」
「転生ねぇし! てか、動くなって。いま魂の端っこ摘んでんだから。動くと抜けちまう……いや、まて。抜きに来てんだから抜けりゃ良いんだけど、抜くのと抜けるのとは違うって言うか……いや、いいから動くな、とにかく動くな!」
「え? なになに? たましい?」
「そんなに勢いよく振り向いたら……あっ……」
 真澄ちゃんが振り向いた勢いで、摘んでた魂の端っこが、千切れちまった。それでも抜けねぇって、どんだけ頑固にこびりついた魂なんだか……。
 いけねぇのは、魂がちぎれた拍子に、真澄ちゃんがバランスを崩しちまったこと。それから、線路に向かって倒れそうになってること。そして、すぐ眼の前まで電車が来ちまってること。

 わたしゃ人の魂を抜くのが仕事でね、平たく言っちまえば人を殺すのが仕事なのよ。殺し損なった上に、事故死なんかされた日にゃ、末代までの恥ですよ。えぇ。
 いやいや、恥かくだけなら良い。そんな大失敗やらかしたら、どこへ左遷されるか解ったもんじゃない。うちの人事査定、厳しいのよホント……。せっかく本社で、出世コースに乗っかったんだ。このまま定年まで、出世の花道を歩きたいじゃないの。
 これは是が非でも、真澄ちゃんを助けなきゃならねぇ。
 とっさに真澄ちゃんを抱きとめた!
 でもね、慌てて勢いづいちまったもんだから、一緒にバランス崩しちまって二人して電車の前まで真っ逆さま。そこへ電車が、ズドーンと来たもんだ!

 わたしゃ死神だからね、いまさら死んだりしないんだけどさ。真澄ちゃんは助からねぇな、なんて思ってたらね、止まってんの……。時間が……。電車がぶつかる直前で。
「はいはぁ~い。いったん止めまぁ~す」
 緊迫した場面だってのに、気の抜けた女の声が聞こえてくるじゃないの。あたり見回したって、動いてる奴なんざ、居やしねぇのに。
「わたくし、この地区担当の、女神でぇ~す」
 まさか、この展開は……。
 腕に抱きかかえた真澄ちゃんは、目をキラキラ輝かせて期待に打ち震えてやがる。
「真澄さん。そこの使えない死神ちゃんがドジったから、あなた電車にはねられて死んじゃいまぁ~す」
 腕の中で真澄ちゃんが、ガクガクとうなづいて……ちょ、当たってる、痛いって。
「でもぉ、死因が予定と違うしぃ、ちょっと調べたら間違ってこっちの世界に生まれちゃってるみたいだしぃ……」
 真澄ちゃんのガクガクが更に激しくなって……これもう、ヘッドバンキングよね?
「うぅ~ん、いい機会だから、異世界に転生していただきまぁ~す」
 真澄ちゃん、泣いてやがる。感動に、むせび泣いてやがる。ちょ、鼻水たらすなって! やめて! わたしのスーツで拭かないで!
「で、死神ちゃん。あなた転勤ね。異世界支社で、頑張ってちょ~だい。あっちは自然も豊かだし、のんびりしてくると良いわ」
 ……おわた。わたしの出世街道、ここでおわた。
「それじゃ二人仲良く、あっちの世界へいってらっしゃいな☆」
「ちょっと待っ……」
「じゃ、一時停止解除ね☆」
 止まっていた時が動き出して、すっごい衝撃でわたしも真澄ちゃんも四方八方飛び散っちゃってね。そこで記憶が途切れてるんだけど、次に気がついたらね……ま、二人そろって異世界の地に放り出されてたった訳よ。
 わたしは転移だけど、真澄ちゃんは転生。赤ん坊抱いて、どうしようかと途方に暮れてるところ。

 聖女と死神が繰り広げるドタバタ冒険ファンタシー、ここに開幕!

 ……しないってば。

(了)


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