見出し画像

ばらは赤い。すみれは青い。砂糖は甘い。そしてあなたも

「青木、めっちゃ美人だし」

 そう言われて嬉しくないことはないが彼女には問題がある。少なくとも彼女自身はそう思っている。

「なんかの間違いじゃない。私太っているんだけど」

 それも思春期独特の贔屓目でもなんでもなく、彼女を見るものが10人いれば9人は『明らかに太っている』と述べる。例外の一人は目の前にいる原くんその人。
 彼は両親や彼女と親しい人々とともにめでたくその1割を立証した。彼女には知人は少ない。
 川上くんだってさっきまでかろうじて名前を知っていた程度だ。

 艶やかな髪。なめらかな白い肌。
 大きめがちの黒い瞳。そしてまっすぐした鼻梁。
 マスクで隠した唇は薄桃で白い肌とほぼ変わらない。

 しかしながら他の女の子の1.5倍は幅のある腕。2倍は太い脚。ぶくっと膨れたおなかは隠せない。

 太っているなら胸もデカいと思われがちだが、彼女の魅惑のボディは残念なことに完全なAラインを描いている。尻の形も脂肪に伴い崩れている。

「いや、青木は美人だって。何より中身がいい」

 本人はそんなことを思ったことはない。

「付き合ってください」
「……別にあなたのこと好きでも嫌いでもないんだけど。ただのクラスメイトだし。佐藤さんと勘違いしてないかしら」

 佐藤葵なら理解できる。
 小柄で愛らしい顔立ちだし胸だって彼女と同じ大きさだ。胸囲そのものは違い過ぎるが。

「おっ。じゃ嫌いじゃないよな! 今日からよろしく!」

 そういって彼は彼女の手を握ると彼は去っていった。
「あいつ、罰ゲームかなにかかしら」
 彼女が重たい身体を動かすと後ろに立っていたのは件の佐藤。

「見た」
 ニタァと笑う姿は愛らしい顔立ちとそぐわない。

「見たんか。多分罰ゲームだって」
「いんや。あんたは痩せれば美人なんだって皆言ってる。川上くんはお目が高いようだ。うむうむ我が友にも遂に春が」

「いま、腹って言いかけたけど」
「そんなわけないでしょ。お祝いにマックいこう」

「ダイエット中」「ダイエットは何度でもできる!」

 そう言うことになった。
 アップルパイにチョコレートシェイク、ビッグマックにポテト。
 人のLポテトをつまみ、コーヒーだけの葵は早速尋問に入った。

「おふたりの馴れ初めは」
「馴れ初め言うな。全然知らない。クラス紹介で目立っていたくらいの印象しかない」

『夢は童貞捨てること! よろしく!』

 今時そんなこと言うやつは女たちから白い目で見られる。

 しかし言動に反して川上は親切だし悪いやつではない。川上と同じ学校から来た子たちも証言している。

「私ならヤレるとでも」
「ナイナイ。ナイナイ。潰れる」

 手をヒラヒラして忌憚なき意見を述べるアオイのポテトを彼女は容赦なく奪った。

「スミレ。返すのだ」
「私のポテトだし」

 そしてあーん。

「うん。おいしい」
「こんにゃろよこせ」

 猫じゃらしで猫をいたぶるようにアオイの眼前でポテトを振る彼女。
 おふざけに乗って食べようとし、見事持っていかれるアオイ。

「ふー!」
「うりうり」

 そして笑い合う。

「せいぜいバイト先のコンビニであったくらいかな」
「心当たりあるじゃないか友よキリキリ話せ」

 あると言ってもあんま話したい訳でもなく。

「どうしようかなー。新作期間限定パイ欲しいなー」
「こんにゃろ。今月は私も苦しいのだ」

 コーヒーだけ飲んでいる時点でお察しだ。
「突発ライブなんて嬉しすぎる尊いでもお金がっ!」
「アイドル沼すぎ」

 韓流アイドルは親戚のおばさんが好きなヅカっぽくて彼女自身はちょっと苦手だが友人は大好きである。

「ほんと大したことないし、それに全然そんな気ないよ。あの子と私って背丈あんま変わんないし」
「164だろあんた。あの子は168くらい? そんなに気にする背丈かこら。この世の全てがノッポじゃないぞこらー。謝罪と賠償を要求する」

「最低176くらいでかっこいい子の方が」
「あん? チビには人権ないってか。こんにゃろ俺と付き合おうかこんにゃろー」

 アオイは女友達の中ではウザカワ系だ。

 少なくとも彼女には『あんたみたいなデブに男選ぶ余地があると思っているの』とか言い出す失礼さはない。
 そう言う人とは二人とも距離を取る。


「147なら小さくないでしょ」
「お父さんの車の後ろを閉めるのに飛ばなきゃいけない程度。弟に笑われた。あんにゃろつい最近まで『おねーたん』とかいってびーびー泣いてくっついてきていたくせに何様だ」

 佐藤天彦は彼女の弟だがバスケ部で活躍しており、アオイは『妹』と呼ばれることが増えたことがご不満らしく弟の牛乳までバカ飲みしているらしい。
 残念なことにその栄養は背丈でなく胸に回りつつある。

「諦めろ。女は生理が来たら背は伸びんのだ」
「くっそー。昔は私の方があんたより高かったのに」

 それって幼稚園の頃でしょ。
 あの頃は大人たちからコロコロしていて可愛いとか言われたが今思えば微妙な褒められ方だ。

 今のうちに話を切り上げて逃げに徹する。
 彼女はそうしようとしたが友人の記憶力は衰えていなかった。

「で、心当たりとは」
「うーん。大したことないけど、お店に赤ちゃん連れた綺麗な女の子が来てさ。中学生くらい?」

 双子ベビーカーでは狭過ぎる店内だが、迷惑と言い出すものもおらず、双子もまた半端なく可愛い男女の赤ちゃんであった。

「めちゃくちゃかわいい」
 思わず漏らした言葉に女の子は微笑む。
「一虎、ぽるくす。お姉ちゃんにありがとうって言って」
 言えるわけないが赤ちゃんたちは一様にご機嫌であり、彼女も思わず微笑んでしまう。

 唐突にベビーカーの後ろから少年の声。

「薔薇は赤い。スミレは青い。砂糖は甘い。あなたは美しい」

 そう言って彼は微笑む。
 一瞬どきっとした。

「よっ。青木」
 誰だったっけ? あ、クラスメイトだ。
「ごめんなさい邪魔ですよね」
 少女がなんとかしてベビーカーを動かそうとするが狭い店内だ。

「あ、気にせず」

 そう言って彼も手伝う。
 いいやつだな。青木嬢は思った。
 さっきの言葉はちょっとキザに過ぎるが。


「可愛いよなあ。天使か。双子なんて反則だ。語彙が死ぬ。尊い」
「うん。かわいいよね」

 二人が双子にほんわかしていると少女も微笑む。

「ありがとうございます。まだ日本の生活に慣れなくて」
 赤ちゃんや妊婦への風当たりが強い昨今だ。
 母に代わって妹や弟の世話をしているのかな。

「デメテルさん、最近どうです」
「銭湯には慣れました。夫が帰って来たので嬉しいです」

 夫?!
「親父がまた行くって言ってたとお伝えください」
「はい。歓迎します」

「えっ、あの人お母さんだったの」
「デメテルさんは商店街のせんべろ屋さんの看板娘さんだよ。あそこの息子さん、子供たち連れて出張で出掛けていて最近戻ってきたんだって」

 ふーん。
 京セラドームに近いこのコンビニは色々な人が来るがあのせんべろ屋は深夜までバファローズファンが騒いでいるし、あろうことか店主が酒を補給にきたことすらある。

「綺麗だしかわいい人だね」
「ん? そうかも。さっきの青木の方が俺は好きだけど。めっちゃいい笑顔だったぞ」

「そうそう! あのキザな台詞!?」
「キザって……赤毛のアンだろ。

 “Roses are red,
 Violets are blue,
 sugar is sweet,
 And so are you.“

 って言うらしいけど」

 私が読んだ時はそんな話あったっけ。

「双子の一人が言うぞ」
「ちょっと待って。双子なんて出て来たっけ」

「こほん」
 後ろで気難しそうなおっさんが咳払いした。

「あっすんません」「失礼いたしました」

「じゃ青木また学校で!」
「あっうんはい……」なんて名前だったっけ。一年近く同じクラスだったけど接点なかったし。


 そうして今に至る。


「双子ちゃんたちマジでキューピット」
「天使とキューピットは違うでしょ」

 アオイにツッコミを入れる青木嬢。名前がそっくりややこしい。


「で、その辞書みたいな本読んでるのか」
「完訳版、やばいでしょこの注釈の量」


 気になって図書室で借りてみようと思ったらとんでもなかった。とてもじゃないが二巻までいきそうにない。
 場所変わって二人は自習中。学生食堂と言っても昼休みでなくば人もまばらだ。
 放課後は自習をしたりカフェサービスを利用したりなんらかの同好会が利用したり。

「で、デートはどうだった」
「デートいうな。普通にカラオケ行ってファミレス行って帰った」

「ふーん。初回としては無難だな。で、次の約束はしたか」
 二度目の約束があるのとないのでは全く違う。
「映画か遊園地。ひらパーは遠過ぎるし、USJかな」
 でもちょっとお金がかかる。

「順調じゃないか」
「やめてよ。今のところ好きでも嫌いでもないもん」

「まぁ無難なのは映画だな」
「少なくともあんたの期待に応えられなくて残念でした」

 こちとら今までの人生でキスすらしたことないしそんな気配すらない。実に健全である。

「コンドームは持ってけよ」
「男の子が持つものじゃないの。だいたいそう言うのじゃないって」

「甘い、甘いぞ。うちは弟いるからな。男の性欲舐めんなよ。あいつらが用意すると思うなよ」
 そう言うものらしいが、勘弁願いたい。

 逆にオッケーと思われるのも嫌だ。


「どうだった」
「普通になんばで映画観て、感想を話して帰った」


 映画館降りた森で休もうとしたらキスしているカップルに出くわして大変だったけどそんなことまで教えてやる義理などない。

 双子ちゃんたちはせんべろ屋さん夫婦が見ていたのだろうけど。

 知った顔のラブシーンには流石の原くんも黙って去った。
 彼女も気づかれないように逃げた。
 ……手を握りあってしまった。


 ところでデメテルさんだっけ。アレ気づいてたな。
 小さく手振ってたし。


 春が過ぎて夏が来る。

 どったんどったん。
 無駄な努力と人は言う。

 今更魅惑のAラインは逆にはならぬ。
 今日日男子に水着を見せるのは小学生までだ。


「意外と収まったな」
「意外とってなんだ人の努力を」

 学生食堂でもダイエットメニューだ。
 しかしながら太って生まれた人間が痩せようと思って痩せるならそれは漫画か小説かとんでもないレアケースだ。


「腰にパニエつけて、ワンピースタイプかな」
「友よこれくらい攻めるのだ」

 ビキニなんて絶対着ない。
 たとえそのラッシュガードが可愛くても絶対だ。
 普段の制服だってズボンタイプなのに。


「まぁ、パンツタイプの方がうちの制服は可愛い」
「概ね同意するがあんたのスカート制服は可愛い」

「ちっこい言うな。しばくぞ」

 秋になり寒くなって来た。
 気の早い奴らはスカート制服の下にジャージズボン。
 あるいはタイツに見える美脚を履いている。それもうズボンじゃないと言いたくなるやつに薄手のストッキング生地をはりつけたセクシーでかわいい、更衣室で見ると同性でもゲンナリするアレだ。

「で、まだお付き合いは続いていると」
「別に好きだなんて言ってない。続いてるだけ」

 海に行った時にキスはしたけど。
 なんとなくだ。うん。
 後悔はしてないけどそんなもん。

 それにそんなもんなノリでホテルに行ったりはしない。
 コンドームはアオイが再三警告するから念の為に買ったけどさ。

 でも彼の財布に入っているの見た。
 割と隙だらけじゃないかな。明くん。


「デメテルさんみたいな人の方が綺麗じゃない?」
「ん? 青木はかわいいだろ」

 そうかな。あの人モデルさんみたいだもん。
 特にお尻あたりが直角に腰骨曲がっていて女の子でも綺麗って思う。明くんは自分のどこがいいんだろ。

「何より、純恋(すみれ)は赤ちゃんとかお年寄りとかを見る目がいい」
「ふーん」

 地味に今『純恋』って呼んでくれたな。
 ちょっとうれしい。

「じゃ、アオイみたい子」
「ん? ああ、佐藤か。男子でも何人か狙ってるな」

 薔薇は赤い。菫は青い。砂糖は甘い。そしてあなたも。

「でも俺は純恋の方がいいし、そういうのって比べてどうすんだって話で」
 童顔が残る原明の顔はちょっと愛おしく見えた。


 思わずの行動に彼女自身が戸惑い、照れ隠しのように「じゃまた!」と手を振る。

 走って去って家に着いたら動悸がひどい。
 ほっぺたに自分からキスしちゃった。どうしよう。


 合格祈願のお守りに視線がいって思わず。
 あの中には彼に見せるわけにいかないものが入っている。


 いかん。
 受験に専念するのだ。

 このままでは落ちてしまう。
 乱れた髪もシーツも直さず彼女は自省を込めてシャーペンを握る。


「おーい! 見てくれ見てくれ!」

 アオイが叫ぶ。
 アオイの受験番号である。

「おっ。佐藤合格おめっとさん」
「原も無難に合格じゃん。おめでとう」

「ちょっと、ちょっと、二人とも探してって」
 彼女はさらに慌てて自分の番号を探す。ひとりだけ第二志望ではデートもせずに冬を過ごしたのが浮かばれない。いやもともと体重は重いけど水には浮いて受験で落ちたら世話がないというもの。

「あったあ!」
「ぐわぁ!? 青木っ?! こ、腰がぁ!!」

 思わず抱きしめてしまった。
 これからもどうぞ宜しくね。

 桜は舞い青く柔らかな若葉萌え、時は暖かく過ぎるもの。

 寝台から彼女は身を起こす。
 枕の近くに小さな包み。

 彼は手が震えて開けられず、ついに歯で破いていた。

 ふふ。

 遠くのゴミ箱に投げようとして失敗。
 まだちょっと立てないな。うん。


 彼の童顔が愛おしい。


 “Roses are red,
 Violets are blue,
 sugar is sweet,
 And so are you.“


 好き。

 今ならはっきりと言えるけど、口に出したのは昨日の晩が初めて。

 よく覚えていないけど何回も言ってしまったかもしれない。
 くっそ恥ずかしい。

 勢いってものが大事と知ったけど慣れるのかこれ。
 割ときついぞ。
 最初は丁寧に我慢してたみたいだけど後半暴走しやがってくそったれ。


 むかついたのでほっぺたをつついてやる。
 むにむにぐずっているが起きる気配がない。


「うりうり」
 猫と遊ぶように彼で遊ぶ。


 あなたは愛しい。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

自称元貸自転車屋 武術小説女装と多芸にして無能な放送大学生