銀色のボールペン

ボールペンで文字を書き始めると、銀色の血が流れるように、紙の上にうっすらと湿り気が帯び始め、やがて紙が置いてあるテーブルの端にまで到達し、床にこぼれ落ち、そこが源流となって、大きな河が流れ始める。

我々はその河の源流を辿る旅に出る事を命題としていた。旅をして何かを見つける事ではなく、旅に出る事自体を目的としていたわけだ。
我々が旅に出ようと思ったきっかけは、六畳一間の相棒の家で布団も引かれず寝っ転がって、天井を眺めていた時の事であった。相棒は目を開けて、鼻息だけを立ててすやすやと眠りに落ちていた。私の方は暖房が一部屋しか備え付けてなく、隣の部屋から襖の隙間を通って間断なく流れてくる寒気に対して、少し寒さを感じていたのと、着替えなど無いまま仰向けに寝ているせいで背中と腰の境目のあたりをベルトによって圧迫されるせいで、まったく眠りにつく事が出来ず、天井の梁の境目の綿埃の数を数えてばかりいた。
深夜もかなり遅いにも関わらず、テレビが付けっ放しで、蒼い画面の光が天井に反射し、梁に対して立体的な陰を生み出すのに一役かっている。その陰は、天井から浮き出し、今にも剥がれ落ちそうな様相を呈していて、平日だというのに何故私はこのような所にいるのか、だとか、明日のもやし炒めは胡椒で味付けをすべきか醤油で鍋肌から香り付けすべきかなどという安直な事を思い出させもするのであった。
相棒のいう事には、木造のこのアパートの隣の部屋には、母と娘の二人暮らしだという。私の考えによると、母は少し色の褪せた水色の長袖のシャツを着て、髪は後ろに束ねているのではないかと考える。もちろん襟のあたりは少しよれて、幅が広くなっており、鎖骨が本人の思っている以上に強調されているはずだ。娘の方はといえば、制服で黒い鞄に紺の靴下を履いてそんな母が洗濯物か何かをしている中、登校して行くのだろう。

そこまで考えたとたんに、私は立ち上がり、源流を探しに行かなくてはならないと息を荒げた。銀色の、源流を探し、その流れの表面に浮き出る模様が何かを考えたり、道端で拾った棒切れを投げ入れるなどの作業をしなくてはならないのだ。

そうして私は相棒を揺り起こすと、旅に出よう、銀の源流を探すことが目的の旅に出る事を目的として起き上がろう、と、まくし立てた。

すると相棒は身体を半分起こして、「その代わり、途中で焼酎を呑むのは、よそう」と、一言つぶやき旅支度をし始める。
自分は、それもそうだな、と思い襖を開けて湯を沸かす為に流しへ向かい蛇口をひねる。
流れる水を眺める間に、ふと思いついて、書き置きのメモを隣の部屋のドアに貼り付けようと思う。
そうして私は、キャップを外し、銀色のボールペンで文字を書き始める。

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