親知らずを抜いた

親知らずを抜いた。

私の親知らずは歯茎に埋まって斜めに伸びて、歯列を乱していた。そういえば25歳ごろから口元が前に出てきていないかと指摘されるようになった。今思うとすごい観察力、ご明察である。

歯列矯正をしている病院から親知らずを抜歯できる病院へ紹介状を書いてもらって半年以上が過ぎてしまった。忙しかったわけではなく、ビビりすぎていたのだ。顔面が内出血したとか首がもげるほど引っ張られて痛かったとか怖い体験談も見た。そのうえ私の親知らずを抜くには、歯茎を切り開いて歯を砕かなくてはならなかった。怖すぎる。
お金もなくなって、痛い思いをして、歯もなくなる。良いことが何もない。そういうわけで長い間放置された紹介状はくしゃくしゃになっていた。窓口で出す時に恥ずかしかった。

幸いにもお世話になった口腔外科は腕がよく、難症例ながら手術は思ったよりもスムーズに終わった。痛み止めが効いているうちは痛みもなかった。それでも帰宅して安心すると「歯がなくなっちゃった」と呟いて声を上げて泣いた。真っ直ぐに生えてさえいれば健康な歯の貴重な4本になったかもしれない親知らずだが、私の場合出てきてもいないから何の役にも立たない。更に伸びてまた歯列を乱す恐れもあって、残しておいても利がなかったのだが、それでも体の一部を失った悲しみは相当なものだった。

左目は眼瞼下垂だし鼻の形も気に入らないから整形したいなぁなんて考えたこともある。甘かった。
自由であるには人間の肉体は重すぎて手放してしまおうかという時期さえあった。しかしもう私の精神は、自分の体が傷つくことをこんなにも悲しめるくらいに健全であった。

左右2本ずつに分けて抜き、今日最後の2本が終わった。もうほんの少しだって傷つかなくていい私のために、口の中の血を味わいながら今年初めての苺を買った。

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