このまちのこと

今住んでいるボロアパートのすぐ横に大きな川がある。ハザードマップが真っ赤だ。海もいいけど川もいい。動くでかい水というのはとにかくいいものだ。
鯉は一年中見かけるが、寒い時期は鴨やユリカモメ、最近は暖かいのでカメを見かける。

花や実をつけて季節を知らせる木々が並ぶ川沿いを歩くとお気に入りの八百屋があって、多種多様な商品の価格を全て記憶したレジの人が一瞬で暗算会計するのが好きで通っている。私は心の中で彼女を爆速計算おばちゃんと呼び尊敬している。まだ食べたことのない野菜や果物がたくさんあるから、いつも新鮮な気持ちだ。

ボロアパートの一階には、いつも首を傾けてフスフス鼻を鳴らす老犬のラムちゃんがいる。うちってペットOKだっけ?細かいことはいいのだ。ラムちゃんのご主人はどこかから空き缶を集めている。うちのも持って行ってくれないだろうか。

私はどこかに定住するつもりはないし、パートナーができれば相手に合わせてどこにでも行けばいいと思っている。どこへでも持って行けるものだけ持っていればいい。住めば都という。でもここを離れることがあったら、あのまちがすきだったと、たまに思い出しては泣いてしまうのだろう。

このまちがすきだ。誰とも結ばれず、いつかこのまちからラムちゃんがいなくなって、爆速計算おばちゃんがいなくなって、私は孤独に老いて死んでいっても、それはとても幸福なことだと思うのだ。

このまちで一生を終える時、私のものなんて何もなかったはずの世界で、変わらない大きな川と、大事にしている植物たちだけがきっと寄り添ってくれる。

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