見出し画像

播磨陰陽師の独り言・第519話「網走は寒かった」

 事件屋を手伝っていたある日のお話。
 家でご飯を食べている時、○中はんがやって来ました。仕事の打ち合わせをしたいと言うことでしたので、私も参加しました。
 テレビを見ながら、まず、ご飯の続きを食べていました。○中はんもご飯に呼ばれ、コタツに入りました。○中はんと言うのはオジキの仕事仲間で、正体の分からないおじさんでした。まったくごく普通のおじさんと呼ぶに相応しい風貌で、○中さんではなく、○中はんと呼ばれていました。
 しばらく無言でテレビを観ていると、北海道の観光案内のような番組が流れていました。
 オジキが、
「懐かしいやろ」
 と言った時、画面が網走に変わりました。あの有名な網走刑務所が観光地として映されたのです。
 ふと、田中はんが茶碗を置き、ため息をついて、
「網走は寒うおましたわ」
 と、つぶやきました。
 皆がシーンとする中、○中はんの言葉が続きます。
「若い頃でおましたが、ここでは言えないことで、網走にしばらく収監されておました」
 それを聞いて、その場にいた皆は黙ってしまいました。
 彼によると、受刑者になると規則正しい生活になるため、皆、太ると言っていました。しかも健康になるそうです。
「健康的な生活をしていたら、犯罪など馬鹿馬鹿しくって、やる気も失せますわ」
 と、つぶやきました。表情はいつもにもましてマジでした。
 その場には徳さんもいました。彼の本名は知りません。ただ、皆が徳さんと呼んでいたので私もそう呼んでいただけです。
 徳さんは本職のタクシードライバーです。事件屋としては逃走車の運転を担当しています。ものすごいスキルを持っていて、私は運転のノウハウを何度も教わったものです。徳さんは猫が好きで、家に何匹もの猫を飼っているそうです。
 ある時、鍵のない車のエンジンの掛け方を習いました。そのチャンスはしばらくしてからやって来ました。オジキが車の鍵をなくしたのに、すぐに車がいると言い出したのです。それで、徳さんから習った方法でエンジンを掛けようとしました。しかし、車によって微妙に構造が違うため、うまく掛けることが出来なくって、単にハンドル周りを壊しただけでした。

  *  *  *

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?