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「編集者」という謎

大学時代、オーケストラ部に所属していた。入部当初の私にとって不思議だったのは、指揮者の存在だ。彼らはなぜ楽器を弾くことを選ばなかったんだろう? 音楽がやりたくて入部しただろうに、音を出したくならないのだろうか、と。

同じことを、編集者という職業の人々に対しても思っていた。

これまで何人かの編集者と仕事をしてきたけれど、どの人も、いわゆる「書ける人」だった。修正や指摘を受け、元のモノよりぐっとよくなった自分の原稿に、反省したり感動したりしたことは一度や二度ではないし、編集者の人たちが書いた文章の素晴らしさに、嫉妬したり感動したりしたことも、一度や二度ではない。

なぜ、彼らは、書けるのに、書くことだけを仕事にしないんだろう? 

それは、私の前々からの疑問だった。だから、小説の企画を担当してもらっている編集長にも、同じような質問をしたことがある。「自分で、書きたくなりませんか?」と。

「小説を書きませんか?」と言われた時、実は他にも選択肢をいただいていた。 ① 小説を書く ② エッセイを書く ③ 編集をやる、の3つ。その中から「小説」を選んだのは、純粋に挑戦してみたかったというのが大きいけれど、エッセイに関してはnoteに書いているようなものとの差別化が難しいだろうと感じたし、編集に関しては、「きっと自分で書きたくなる」という気持ちが強くて、仮に消去法だとしても、「小説」を選ぶことに変わりはなかったと思う。

もし私が編集者だったら、自分が考えた企画ならば自分で書きたいと思うだろうし、他の誰かが書いたものを受け取っても、「私ならこう書くな」と感じて、自分で書きたくなってしまうとしか思えなかった。

私の問いかけに、あっさりと「書きたくなりますよ」と答えた編集長に、「じゃあ、なぜ自分で書かないのですか?」と聞けなかったのは、「では、僕が書きましょう」と言われてしまったら、書き手でしかない私の存在意義が、なくなってしまう気がしたからだ。

アイディアもあって、書くこともできる「編集者」という人たちに、「書くこと」に集中されたら、私の居場所なんて消し飛んでしまう気がした。そうして思うのは、やっぱり、「彼らはなぜ書かないのか?」ということ。「書くことと同じくらい楽しいことが、書くことよりもなお楽しいことが、『編集』という行為にあるのだろうか?」ということ。

その答えが、連載や進行中の小説企画で、継続的に密に編集者とやり取りをするようになって、見えてきた気がしている。

ものを書くというのは、暗い洞穴を掘り進めていくような作業だ。真っ暗闇の中、勘とか知識とか経験とかセンスとか才能とかを頼りに、手探りでどの方向に進むかを定め、コツコツと地道に、道具で、なければ素手で、穴を掘っていく。疲れるしキリがない。

「書く人」にとって、編集者は、その暗闇を照らすランタンの光だ。あくまで掘り進めるのは「書く人」だし、ブルトーザーを持ってきてくれたり、ナイター設備みたいな照明で洞穴の全貌を明らかにしてくれたりはしない。だけど、「あっちの方に何かあるかもよ」と示してくれたり、その温かな光で、私を励ましてくれたりする。その光があるだけで、作業は見違えるように楽になるし、何より、掘り続ける義務と権利と勇気を、私に与えてくれる気がする。

比喩なしで言えば、テーマをしめし、方向性を言語化し、問題点を洗い出し、適切にほめてやる気を出させ、締め切りを設定してお尻を叩いてくれる。そして、彼らは、それを私一人にだけではなく、何人も、あるいは何十人もの「書く人」に対して行なっている。

そして、彼らはつくっているのだ。文章や記事や小説ではなく、そのひとつひとつを通して、「メディア」だとか「文化」だとか「時代」だとか、そういうものを。

オーケストラ部では、毎年冬に演奏会が行われ、一年を通し、その日のために練習をしていた。数ヶ月、楽器ごとの練習を行った後、夏休みが終わる頃に、ようやくオーケストラとして音楽を組んでいく。そこで私が驚いたのは、指揮者がいるかいないか、誰が指揮をするかで、生まれる音楽がガラリと変わることだ。彼らはひとつも音を出さないのに、その指揮棒で、身体で、表情で、視線で、仕草で、存在で、音楽をつくりあげるのだ。

編集者と指揮者が重なるようになって、私の中の「なぜ自分で書かないの? 編集って楽しいの?」という問いは、薄れて消えた。演奏会当日、舞台の上で、誰よりも楽しげで気持ちよさそうだったのは、指揮者、その人だったから。



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