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私の髪と彼女の髪

「そういえば、もうずっと変わらないよね、髪型」

向かいの席に座った彼女が言う。昼下がりの星乃珈琲店。彼女はアイスコーヒー、私はホットのカフェラテ。そして、二人して同じ期間限定の栗のスフレパンケーキ。

「そうだね、もう十年くらいこれだね」

そう言って、私は左手の指先で自分のボブヘアをはじいた後、右手に持ったフォークでパンケーキを一口ほおばり、「おいしいー!」とはしゃいだ声を出した。出会ったばかりの、女子高校生だった頃みたいに。

「その前はずっとロングヘアだったよね。ロングかボブ。その二つしか見たことないかも」

彼女の言う通り、私はほとんど髪型を変えない。そして、彼女はしょっちゅう髪型を変える。三ヶ月ぶりに会った今日も、以前のサラサラのロングヘアがセミロングのウェーブヘアに変わっていて、でも、私は特別、驚かなかった。

「似合わなかったらやだなと思うと、冒険できなくて」私が言うと、「その気持ちもわかるけど、ずっと同じだと飽きちゃうんだよねえ」と彼女は答える。

つまり、髪型の変遷で、その人が飽きっぽいかどうかがわかるってことかな。私はパンケーキとカフェオレを交互に口に運びながら考える。でも、職場は私の方がコロコロ変わってる。彼女は大学卒業以来、ずっと同じ会社で働いていて、仕事に関して言えば、「ずっと同じだと飽きちゃう」のは私の方だ。過去の恋愛に関してだったら、彼女も私も、一途にじっくりってタイプでは決してなかった。つまり、髪型と性格は、あまり関係がないってことかな。まあ、どちらにしても、友情について言えば、私たちは、お互い飽きもせずに長いこと親友同士だ。

「娘もようやく髪が伸びてきて、女の子っぽくなってきたよ」と、私が言う。 「薄毛ちゃんも可愛かったけどね。うちの息子は、この間、美容院デビューしたよ」と、彼女が言う。

お互いに育児真っ最中の今、話題は自然と子どものことが多くなる。かと思えば、突然、高校時代の担任の口癖の話をしてから、かつて一緒に行った合コン相手のシャツが格好よかったと盛り上がった後、最近ハマっている芸能人について熱く語ったりもする。

彼女と話していると、過去も現在も、まとまって一緒になって目の前に横たわっているような感じがする。そのかたまりから、どれをどのタイミングで取り出しても、彼女はためらいなく受け取ってくれる。

だって、ほとんど全部知ってるし、知られてるから。

学生時代に校則通りの髪型で学校に通ったことも。パーマに失敗して一週間で髪型を変えたことも。つき合った相手に影響されて奇抜な髪色にしたことも。失恋してお約束通りに髪を切って泣きながら笑ったことも。子どもが生まれて、美容院に行く暇なんてなくて、伸ばしっぱなしでボサボサだった髪も。少しずつ手入れする時間を取り戻して、だけど、若い頃みたいなツヤは戻らないこの髪も。

「ああ、楽しかった。また会おうね」 
「うん、お互い、無理せずがんばろう」 

これまでに何度も繰り返してきた別れのあいさつを交わして、手を振る。ただ、会って、話すだけ。それだけだけど、会った後には、会う前より確実に元気になっている。もちろん、女子高校生だった頃の元気には、到底かなわない。だけど、女子高校生だった頃にはわからなかった、ただ話すためだけに会える相手の大切さを、今の私たちはよく知っている。それに、確かにツヤは減ってしまったけれど、今の私たちの髪は、しんなりと優しく、昔よりずいぶん扱いやすくなって、それなりに美しい。

一人で歩き出し、少ししてから振り返って、彼女の後ろ姿を見送る。ゆっくりとした足取りに、短めのウェーブヘアが揺れている。今度会う時の彼女は、どんな髪をしてるかな。一度、私も思いっきり雰囲気変えて、彼女を驚かせてみるのもいいな。そんなことを思いながら、再び前を向いて歩く。

だけど、どんな二人で会ったとしても、結局いつもみたいな会話をして、いつもみたいに笑うんだろう。それは、きっと変わらない。

それを繰り返して、いつまでも、ただ会って、話をするんだろう。
お互い、すっかり白髪になった後でも、ずっと。

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