ボイスドラマ同好会表紙2

ボイスドラマ用台本『たった一つの、願いごと』

※詳細はこちらで。

【登場人物】


作田(主人公):【本編】かづきさん【別Ver.】???
高校2年生。写真部所属。メガネ男子。容姿や成績など全体的に平凡だが、策をめぐらして物事を進めるのが好きな『策士』。ハルのことが1年のころから気になっている。オブジェや建物を撮るのが好き。
ハル:【本編】さとさん【別Ver.】???
高校2年生。写真部所属。ボーイッシュで社交的で度胸がある文化系女子。高橋のような存在は『女性の敵』だと考えている。作田のことを気づいたら好きになっていた。動物を好んで撮る。
高橋:【本編】服部ユタカさん【別Ver.】???
高校2年生。成績優秀でイケメンなので一見するとモテそうなのだが、しゃべるとゲスなことしか言わないので、たいていの女子はすぐ離れていく。趣味はナンパした女性のポートレイトを撮ってコレクションすること。写真部はそのために入部した。女性経験はナシ。
佐伯マリア:【本編】西川リナさん【別Ver.】???
高校3年生。写真部の部長と生徒会長を兼任する傍ら、演劇部にも所属している。容姿端麗、頭脳明晰、そして社交性もずば抜けて高いため、彼女を慕うものは多いのだが、いかんせんいたずら好きという性癖があるため、たいていはひどい目にあって逃げ出すことになる。御剣とは中学時代からの親友。学校をテーマにした写真を撮り続けている。
御剣:【本編】トガワユーコさん【別Ver.】???
高校3年生。写真部の副部長と弓道部の副部長を兼任。そのスラリとしたスタイルと弓道で培ってきた精錬された佇まいに、男子よりも女子のファンが多いのだが、本人はいたってノーマルである。マリアとは中学時代からの親友。写真はスポーツ系が中心。

【本文】

作田
高校生にとって部活動とは、きっと長い人生のなかでも特別なものなんだろう、と思う。
例えば、ひとつの目標に向けて全員で練習を重ねる、そんな日々。
例えば、特に目標もなくただお喋りをしたり本を読んだり楽器を弾いている、そんな日々。
当たり前に過ごすゆるやかな日々が、冬に降り積もる粉雪のように心のなかに積み重なって、『特別な想い出』になっていくんだろう――。
高橋
「さっきからなにブツブツ言ってんのお、このネクラメガネ」
作田
突然耳元に聴こえてきた呆れ声に、僕はひゃあっ、とか声を出しながら手に持っていた写真を取り落とす。
ついさっき暗室から取り出してきた、――もっと細かく言えば1時間ほど前にグラウンドで撮影してきた野球部の写真を、呆れ声の主である高橋がつまらなさそうに摘み上げる。
高橋
「だからさあ、ヤローの写真なんてつまらないんだって。時代はポートレートよポートレート。わかる?」
ハル
「高橋くんの言うポートレートって、ナンパした女性の写真でしょ?」
作田
すかさず高橋にツッコミを入れたのは、テーブルを挟んだ向かい側に座る、ハルちゃんだった。彼女は現像を終えたばかりのモノクロフィルムを丁寧に切り揃えているところだったらしく、真剣な表情で片手に持ったフィルムを睨みつけている。
ハル
「っていうか、アレは単なるナンパの戦歴じゃない。なんか、撃墜マーク自慢してるみたいで、気分悪いんだけど」
作田
ハルちゃんのさらなるツッコミに、しかし高橋は何を言うか、と何故かドヤ顔でこちらを見る。
高橋
「俺の写真はな、愛する女性たちとの甘い想い出を綴ったスクラップブック――」
マリア
「はいはい、良いからシャラップ」
作田
高橋が始めようとした自慢話を、我が写真部の偉大なる部長、佐伯マリア先輩がバッサリ切り捨てる。
この佐伯部長、唐突にとんでもないことを口走って部員を困らせる人で、今もいつものように窓際の席で怪しげな笑みを浮かべて僕たちを見ているあたり、何やら不吉な予感しかしない。
高橋
「シャラップ、って古いっすよぶちょ」
マリア
「良いからおだまり。今から面白いことをするんだから」
作田
高橋のぼやきを一蹴した部長の言葉に怪しげな雰囲気を感じたのか、フィルムをファイルに収めていたハルちゃんが訝しげに部長を見る。
ハル
「あの部長、またとんでもないこと考えてませんよね。この間の『風船カメラ』で大騒動になったの、忘れてないと思いますけど――」
マリア
「あら、ハルちゃん?そんなにお堅いと、好きな人にも振り向いてもらえないわよ。ねえ、作田くん?」
作田
突然話を振られ、僕はどうコメントして良いか解らずハルちゃんを見る。
(少し間を置いて)
いや、なんで怒ってるんだろ、ハルちゃん。
マリア
「はいはい、じゃあ提案。皆さん、『ババヌキ』しましょう」
作田
……は?ババヌキ、って。
いや、今回はずいぶんとおとなしいな。
御剣
「ババヌキって、あのババヌキ?」
作田
今聴こえてきたのは、部長の隣で何やら小難しそうなタイトルの本を読んでいた御剣先輩の声だ。
その中性的な雰囲気にぴったりなハスキーボイスで尋ねられた部長はそうよ、と応えて、そして何故かセーラー服の胸元に手を差し込む。
高橋
「うひゃあ、何してるんすか」
作田
机を挟んで部長の向かい側、つまり僕の隣に座っている高橋がうおう、とテーブルにのしかかるように前のめりになると、部長は涼しい顔で
マリア
「何って――ほら」
作田
と応えながら取り出した手を見せる。
マリア
「トランプ。ババヌキだもの、これがないとね」
ハル
「だからって、そんな所にしまわないでください!」
作田
部長の隣、三剣先輩とは逆の席に座っているハルちゃんがすかさずツッコミを入れるが、部長はすまし顔で気にしない気にしない、と空いた左手をひらひらと振っていなして、そのトランプを箱ごとテーブルの中央にスライドさせた。
マリア
「さ、いい?
 このトランプは未開封、つまり誰も傷付けてないし、折り目も付けてない。オッケー?」
作田
いかにもフェアプレーでござい、と言わんばかりの部長に、僕を含めた全員に緊張が走る。
御剣
「なんか、嫌な予感しかしないんだけど」
作田
訝しげにつぶやく御剣先輩を、部長はわざとらしいくらい悲しそうな表情で見る。
マリア
「なによミッチ、私を疑うの?三年間ずっと親友だと思ってたのに、信用してくれ――」
御剣
「わ、わかった。わかったから!」
作田
今にも泣きそうな声で畳み込む部長を慌てて遮る御剣先輩に、部長はあっそ、とばかりにさっさとトランプを取り、嬉々とした様子でビニールをはがしていく。
そのいつもと変わらない部長と御剣先輩のやり取りに苦笑いしつつハルちゃんに目を向けると、ハルちゃんも向かい側からこちらを見て、そのまんまるな顔に曖昧な笑みを浮かべる。
――なんだろう、この同族意識。
高橋
「なんだよ二人してニヤニヤしてさ」
作田
「――なんでそんなゲス顔してんだよ」
作田
なんとか平静を装いつつ否定する僕に、ハルちゃんも慌てて否定する。
ハル
「何言ってんのよ高橋くん!私が何で作田くんと!」
作田
――いやそこまで否定しなくてもいいのに、とほんの少し凹んだ僕に、部長のクスクス笑いが飛んでくる。
マリア
「ほんとよねえ、さすが“策士“の作田くんだわ」
作田
「ちょ、部長まで!」
作田
思わず素っ頓狂な声を出して部長を見ると、部長はしかし楽しそうにカードをシャッフルしているところだった。

(シャッフル音)

マリア
「今日は丁寧……に、シャッフルしないとね。
 なんたって大勝負ですもん」
作田
その嬉々としてつぶやく部長の声に、部室が一瞬異様な空気に包まれる。
その空気を言葉で表現するなら、こんな感じだったのだろう。
イッタイコノヒトハナニヲホザイテイルノダロウ、と。
ハル
「あ、あの……」
作田
その空気を恐る恐る振り払ったのは、やはりハルちゃんだった。
マリア
「ん、なあにい?」
作田
相変わらず楽しそうにカードをシャッフルしている部長。
もはやその姿は、悪魔にしか見えない。
――容姿端麗、頭脳明晰な悪魔。
ぞっとするぞ、おい。
ハル
「あの、さっき言ってた”大勝負”って、いったい――」
作田
おそらく彼女の中で『聞いたら逃げられない』と『聞かなきゃまずいことになる』がせめぎあっているのだろう、ためらいがちに部長に問い掛ける。
マリア
「ああ、たいしたことないって。単に『一番乗りの人がビリの人に、絶対断れないお願いができる』ってだけよお」
作田
カードをシャッフルしつつ楽しそうに答える部長に、ああなんだ、とホッとする僕たち――。
(間をおいて)
……いやちょっと待って。ヤバいだろ、それ。
作田
「あの、部長――」
高橋
「ぶちょおそれってもしかして俺が一番乗りでぶちょおがビリならぶちょおをすきにできられ!」
作田
僕の問いを前のめりに遮って聞く高橋に、平然とした表情でそうよ、と微笑む部長。
マリア
「何でも。ただしひとつだけね」
作田
部長の答えに、文字通り飛び上がってはしゃぎ回る高橋。きっと脳内では、ナイスバディな『ぶちょお』と御剣先輩があはーんとかうふーんとかしてるに違いない。
――もしかしたら、ハルちゃんも。
作田
「や、止めましょうよ。もしこのゲスイケメンが一番乗りになったら、とんでもないことになりますよ!」
作田
僕は慌てて反論する。
そりゃそうだ。ここは高校の敷地内、しかもまだ6時前だし、何よりそんな『脱衣ゲーム』みたいな真似、ありえないじゃないか。
マリア
「あら、勝つ自信がないのかしら、“策士“の作田くんは」
作田
さも『あら意外ね』と言わんばかりの顔で僕を見る部長。
作田
「いや、しょせんババヌキですし、勝てないわけじゃ――」
マリア
「じゃあ良いじゃない。勝ったら何でもお願いできるのよ?高橋くんにゲスな真似をやめさせることだって、私におとなしくさせることだって、」
作田
と、そこでシャッフルしていたカードをまとめてにやり、と笑い、僕をまっすぐ見つめる部長。
マリア
「――ここに居る誰かさんと『付き合う』ことだって、ね」
作田
どきり、と、心臓が鳴る音が、部屋に響き渡った気がした。
うわ、ヤバい。
まじでヤバい。
高橋
「え?なにお前誰好きなんよおねえね」
作田
「うるさいわこのゲス野郎!」
作田
当然のように食いついてきた高橋の頭を、僕は容赦なくひっぱたく。
作田
「部長!でも、たかがババヌキでんなこと決めるなんて――」
御剣
「良いじゃない、やろうよ」
作田
突然。
今度僕の反論を遮ったのは、御剣先輩だった。
作田
「ええ?!御剣先輩まで」
御剣
「だって、このバカ二人を大人しくさせるチャンスだもの。リスキーだけど、他のカードゲームよりも勝つ可能性は高いし、ね」
作田
御剣先輩の言葉に、僕は返す言葉を失う。
このゲス野郎とどS部長は、なぜかどちらも頭が異様に良い。その容姿と頭脳で、『喋らなければ学校最強コンビ』とまで称される二人を相手に、ポーカーや大富豪では歯がたたないのは明白である。
でも、運の要素が強い、ババヌキなら――。
マリア
「――で、どうするのかしら、作田くん」
作田
シャッフルし終えたトランプを片手に、薄く微笑む部長。
その、どこか余裕のある雰囲気に、僕はなぜか違和感を覚えていた。
高橋
「もう良いじゃないですかあ。
 こんなネクラメガネほっといて、俺と――」
作田
僕はまだ前のめりのままの高橋の後ろ衿をつまんで引きずり戻すと、部長に向けてやりましょう、と答える。
作田
「ただし、条件がみっつあります。
 シャッフルは全員が10回ずつ。
 印も折り目もつけないよう他のメンバーで監視すること。
 そして配るのは――」
作田
と、僕はそこでハルちゃんを見る。
作田
「――ハルちゃんが配ります。部長では、信用できませんから」
マリア
「あら、情けないわね。部員に信用されてない部長だなんて」
作田
僕の条件に部長はわざと寂しそうに笑うと、しかし素直にトランプを隣の御剣先輩に差し出した。

作田
反時計回りに各自がシャッフルをし、最後に受け取ったハルちゃんがカードを配り終えると、全員が一斉に手札を確認し、既にペアで数字が揃っているものを場に戻していく。
高橋
「なあ。ババヌキってイギリス発祥なんだって知ってるか?」
作田
自分の手札から次々とカードを場にスライドさせながら、高橋が問い掛けてくる。
作田
「相変わらず雑学王だな、ゲスのくせに」
作田
ポーカーフェースを保ちながら手札に在ったスペードの1とハートの1を抜き取りつつ皮肉ると、高橋はまあな、と悪びれもせず笑い、また二枚スライドされる。
――こいつのこの余裕、まさか、逃げ抜けないだろうな。
まあそうなったら、僕がビリになれば良い話だが。
高橋
「あちらでの呼称は“Old Maid“、いわゆるオールドミス的な女性の意味なんだけどな、」
作田
高橋の雑学を流し聞きしつつ、ちらりと女性3人に目を向ける。
緊張で表情が固いハルちゃんと御剣先輩。
なぜか口笛でバットマンのテーマソング(しかもテレビ版)など吹いて余裕を見せる部長。
まあ、余裕だろう。彼女たちの手札には、ジョーカーは無いんだから。
高橋
「あちらではジョーカーは使わないで、その代わりに52枚からクイーンを1枚抜いてやってたんだそうだ。最後にクイーンが一人ぼっち。だから“OldMaid“」
御剣
「うわ、なにその切ない話」
作田
僕は御剣先輩の声を聞きながら、改めて手元を確認する。
こちらの手札は、スペードのキングと4、ダイヤのジャック、クラブの3、ハートの6と9、そしてジョーカー。
高橋
「さらに酷いのが、日本に輸入されたとき。まんま直訳で『婆抜き』だもんで」
作田
そう言って笑った高橋の手札は7枚。ハルちゃんが4枚。
マリア
「うわ、ひっど」
御剣
「男尊女卑の典型的な例よね」
作田
続けて吐き捨てた御剣先輩が5枚、部長が6枚。
うん。一番乗りの可能性が高いのは、ハルちゃんか。
高橋
「ま、だから、ジョーカーを差し込んでやる日本スタイルが生まれたんだろうね。ジジともババとも判らないジョーカーなら、男女の性差は関係ないしね」
作田
高橋はそう話をまとめると、手札を扇状に拡げて僕たちに見せるように左右に振る。
高橋
「さ、始めようぜ。俺のメイクドラマを」
作田
ニンマリと笑って言う高橋に「古いわそれ」と冷たく言い放ちながら、ハルちゃんに目配せする僕。
ハルちゃんもその意味に気付いてくれたのか、当然のように高橋の手札から一枚抜き取り、確認して手持ちの一枚と合わせて場に戻す。
場に出されたのは、高橋が持っていたクラブの7と、ハルちゃんが持っていたハートの7。
これで、ハルちゃんが持っている3枚のカードは、7以外。
ちらりと見えた高橋のカードは、スペードの8と10、ダイヤの4と5、クラブの2とジャックの6枚。
もちろん御剣先輩と部長のカードが何かは判らないが、場に捨てられたカードは2とキング以外の各種類2枚ずつと、1とクイーンが全部。
ということは、御剣先輩と部長が7を持っていて、4とジャックは女子3人は持っていない。
そしてキングは高橋以外が全員持っている。
高橋
「古いってなんだよお、ミスターは絶対だぞお」
作田
高橋が口を尖らせて言い返すのをはいはい、と軽く流しつつ、部長の様子を眺める。部長はハルちゃんの手札から一枚抜き取ると、うっすら微笑んで手札と一緒に場に捨てる。
部長のカードはスペードの2。
ハルちゃんはダイヤの2。
ということは、残りの2は御剣先輩のところだ、となる。
マリア
「あら、ハルちゃんあと2枚?」
作田
部長の嬉しそうな声に、ハルちゃんが照れくさそうにはい、とうなづく。
そして、次は御剣先輩だ。さすが慎重派の先輩だけあって、わざわざ自分の手札をテーブルに伏せてから部長の5枚になった手札に手を伸ばしている。
マリア
「ミッチ、そんなに慎重にならなくても、私は持ってないわよ」
御剣
「うるさい、信用できるか」
作田
からかい気味に口を挟んだ部長を切り捨てつつ一枚抜いたのは、ダイヤの7。
先輩はよっし、という声と共に伏せていたカードからスペードの7を取り、場に捨てる。
これで、場に全て消えたのは、1,7,クイーンの3種類。
少なくとも御剣先輩は、ハートの2を含む4枚を持っている。
御剣
「はい、どうぞ、作田くん」
作田
少しホッとしたような表情で、手札をテーブルに伏せたまま僕に向けてきて、僕は思わず唸り声を上げそうになった。
そうか。これなら誰にも手札を知られることがないし、何より自分も覚えてないとすれば、ポーカーフェイスもする必要がない。
普通、もしここで相手がジョーカー持ちだとすれば、これほど相手に悟られにくい方法はないだろう。
――普通なら、だけど。
僕は少し躊躇するフリをしてから、4枚並んだカードの一番左を手に取り、めくる――
作田
ハートの2だ。
僕は内心ガッツポーズを取りながらも、いかにも残念そうな顔をして手札の中に入れる。
これと4,ジャックの3枚は、対高橋用の武器だ。
これらを高橋に取られなければ、高橋は確実に一番乗りは出来ない。
僕は悔しそうな表情を作りながら、御剣先輩と同じように手札をテーブルに伏せて、高橋に向ける。

作田
「はい、どうぞ」

作田
肩をすくめながら促した僕を、しかし高橋は数秒間黙って見つめてから、ぽつり、とつぶやいた。
高橋
「――ジョーカー、持ってるなあ?」
作田
心臓が一瞬早鐘を打つ。
くそ、しっかりしろ。
作田
「いや、持ってないよ」
作田
僕がとぼけながら手札をチラリと見ると、高橋は一瞬訝しげな視線を向けてから、ニヤリと笑みを浮かべて、
高橋
「持ってるじゃん、しかも――これだろ?」
作田
と8枚並んだうちの右端の1枚を指差す。
作田
「さあ、どうだろ」
作田
そう返した僕の声に、若干の固さが有ったのを、高橋は聞き逃さない。
高橋
「よっしゃ、じゃあこれだ」

作田
そう言って高橋が抜いたのは、左から2番めのカード。
――そう、スペードのキングだった。

高橋
「くそ、……まあジョーカーじゃないだけマシか」
作田
「うっそ、何で分かんだよ」
作田
僕が残念そうに口をとがらせると、高橋は見りゃ分かんだよお、とドヤ顔でキングを手札の中に入れる。
高橋
「伊達にポートレイト中心に撮ってねえって」
作田
そう言ってニヤリと笑う高橋に、僕は降参だとばかりに肩をすくめて返す。
作田
――ほんと、降参だよ。
現時点でベストなカードを持って行ってくれたんだから。
作田
キングはここまで女子と僕の4人が持っていた。つまりハルちゃんの残ってる2枚のうち1枚はキングだ、ということになる。
となれば、後はハルちゃんのヒキの良さに期待するのみ。
がんばって、ハルちゃん。

  ※

作田
しかし、やはりというかなんというか、ハルちゃんのヒキは良くなかった。
2周した現時点でのカードの枚数は、高橋が2枚捨てて5枚。ハルちゃんは変わらず2枚。部長が3枚で御剣先輩が2枚捨てて残り2枚。
未だ場にキングが出ていない以上、それぞれがキングを手札に入れているのは間違いない。
作田
そして僕は2枚抜いて、残り5枚。
これでほぼビリは確実だが、少なくとも高橋の5枚のうちの2枚は僕の手中に在るんだから、それならそれで最悪高橋に一番乗りをさせなければ問題はなし。
作田
それに、ジョーカーは未だ僕の手の中に有る。
これさえ女性陣に流さなければ、僕の勝ちだ。
作田
そして、3周め。
高橋からカードを抜いたハルちゃんが、ホッとしたような顔で自分の手札を抜き、2枚のキングを場に戻した。
これでハルちゃんは、残り1枚。つまり、部長がハルちゃんの手札を抜いて、晴れて一番乗りということになる。
マリア
「あら、ハルちゃんが一番乗りね」
作田
何故か心底嬉しそうに部長が言って、ハルちゃんの残り1枚を摘んで抜き取り、自分の手札に挟み込む。
ハル
「はい、……でもあんまり嬉しくないな」
作田
そう言った彼女のまんまるな顔には、ささやかな解放感とともに、これから自分が巻き起こさなくてはいけないことへの不安感が見え隠れしていた。
御剣
「私は嬉しいよ、これでこのバカ二人を真人間に出来る可能性が上がったんだから」
作田
少し楽しそうな、そして意地悪い口調で御剣先輩が部長の手札から一枚抜き取り、よっしゃ、という声とともに残りのキング2枚を場に捨てる。
御剣
「さ、これは作田くんへのプレゼントだね」
作田
残った1枚、スペードの9を微笑みながら渡してくれた御剣先輩に会釈しつつ、手持ちのハートの9とともに場に捨て、残りの4枚を再び高橋の前に並べる。
高橋
「ああ、もうやる気ないよなあ。な、作田ちゃんよお」
作田
高橋が肩の力を落としつつこちらを見るが、僕は目を見開いて肩をすくめて返すのみ。
高橋
「せめてビリッケツにはならないようにしないと……な!」
作田
高橋はそう言って4枚のうち1枚を抜き取り、そして手札の中に入れた。
作田
「ま、頑張れよ」
作田
僕がからかい気味に言ってやると、高橋はふん、と鼻息を荒くする。
高橋
「うるせえネクラメガネ。
 そっちのジョーカーはぜってえ抜かねえからなあ」
マリア
「あら、絶対的な自信、って感じ?」
作田
高橋の言葉に乗っかるように、高橋の手札から1枚抜き取った部長がクスクスと笑い、そして残っていた6を2枚場に捨てる。
マリア
「さあ、作田くんピンチ」
作田
残った2枚をテーブルに並べて軽く腕を組んだ部長をチラリと見ながら、僕は躊躇なく右のカードを手に取った。

  ※

マリア
「あーあ、何だか中途半端な順位だけど、」
作田
部長はまあ良いか、と笑いながらゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。
御剣
「ま、良いじゃない。おめでとうハルちゃん」
作田
座ったままで同じように伸びをした御剣先輩がハルちゃんに声をかけ、まあおめでとうと言っていいのかわかんないけど、と苦笑する。
高橋
「ホントですよお、なんで俺がブービー……」
作田
がっくり肩を落としながらブツブツつぶやいている高橋を見て、部長がクスクスと笑う。
マリア
「ま、真人間にされなかっただけ、良かったと思いなさいな」
作田
部長が慰めにもならない慰めをかけながら、じゃあ、そろそろ帰ろっか、とバッグを持ち上げる。
マリア
「じゃあ、ハルちゃん、作田くん、後片付けお願いね」
御剣
「え?ハルちゃんが作田くんにどんなお願いするか、聞いてかないの?」
作田
立ち上がろうとしていた御剣先輩が尋ねると、部長がにっこり笑って良いじゃない、と応える。
マリア
「続きは明日、それでいいでしょ?」
作田
部長は高らかにそう告げると、ほら、そこのイケメンも行くわよと高橋を促し、慌てて立ち上がった御剣先輩とともに部室を出て行った。

  ※

作田
「行っちゃった、か」
作田
急に静かになった部室に、僕の声がやたら大きく聞こえる。
作田
「まったく、台風みたいな人たちだよね」
作田
僕は苦笑いしつつ立ち上がると、テーブルの上に置きっぱなしだった紙コップをまとめていく。
作田
狙い通りにすべてが上手くいった。
高橋をトップにもビリにもしない、ハルちゃんや部長や御剣先輩を上位でゴールさせる。
この条件を満たすには、僕がビリになるしかなかったのだ。
策を練って、そしてそれが気持ちよくハマったときの爽快感から、思わずため息が漏れた。
作田
「まあ、だからこそ楽しいんだけ――」
ハル
「作田くん、」
作田
不意に。ババ抜きが終わってからずっと下を向いて静かだったハルちゃんが口を開いた。
作田
「ん?どうかした?」
作田
まとめた紙コップをゴミ箱に捨てながら僕は応える。
作田
「さっさと片付けて、僕たちも帰ろう――」
ハル
「作田くん、」
作田
今度はさっきよりも強い調子で、ハルちゃんが僕を遮る。
その深刻な口調に、僕は首を傾げながらどうしたの、と問いかける。
作田
「あ、お願いごとのこと?
 いいよそんな、別に――」
作田
僕がそうフォローしようとすると、ハルちゃんが下を向いたままふるふる、と首を横に振る。
ハル
「ううん、もう決めたんだ」
作田
「決めた……って、願い事を?」
作田
問いかけた僕に、彼女はこくん、と頷いてから、意を決したように顔を上げる。
作田
ハルちゃんのまんまるな顔。
これまでいろんな表情をそこに見てきたけど、今僕が目にしている彼女は、初めて見る彼女で。
だから僕は、さっきまで座っていた彼女の正面の椅子に座り直し、背筋を伸ばしたんだ。
ハル
「作田くん、」
作田
「はい」
ハル
「あのね、」
作田
「うん」
作田
そこで彼女は、その真剣な表情に戸惑いの色を浮かべる。
ハル
「――ホントに、ダメだって言わないでね」
作田
僕はその、何だか苦しそうにも聴こえる声に、
作田
「まあ、モノにもよるけど、多分大丈夫。死ね、とか裸で帰れ、とかじゃなければ――」
作田
と苦笑いで応えようとして、彼女の鋭い視線が遮る。
ハル
「お願い、茶化さないで。私、今、いっぱいいっぱいなんだから」
作田
そう言って深呼吸をするハルちゃんの緊張した雰囲気に気おされて、僕は真顔でうん、と応える。
ハル
「作田くん、」
作田
「うん」
ハル
「あの、――あのね、」
作田
「うん」
ハル
「私、ずっとね、」
作田
「うん」
作田
ハルちゃんはそこまで言うと、もう一度深呼吸をして。
そして、じっと僕を見て――涙を浮かべた眼で、じっと僕を見て。
そして、ゆっくりと口を開いたんだ。
ハル
「私、作田くんのこと、――」

(了)

動画もしゃべりも未熟な私ですが、何か琴線に触れるものがありましたら、ぜひサポートお願いします。