例えばそんな夜の話。

――午前2時12分。
浅い眠りのまま2時間が過ぎ、どうしても深い眠りに落ちることができないいらだちに目が覚めたあなたは、あと4時間しかない睡眠のための時間を他のことに使おうと決めて起き上がる。
朝になればまたせわしない一日を過ごすことになるのだから今は一分一秒でも体を休めておくべきなのだとあなたは分かっているのだけど、中途半端に眠れない状況ほど逆にストレスが溜まるものはないのだから、それならいっそのこと起きていたほうがずっとスッキリするじゃないか――と、あなたは自分に言い聞かせながら寝室を出て、キッチンへと向かう。

電気をつけたキッチンの眩しさにクラクラしながら流しの蛇口を開いて、適当にそこら辺に置いていたコップを掴んで水を飲む。真冬の時と違ってなかなかキン、とした冷たさにならない水道水が、気づけば痛みすら感じるほどに乾いていた喉をぬるく湿らせながら流れ落ちていく。

そもそも『水道水が何もしなくても飲める』だけで十分に幸せな環境なのだと思うし、冷たくなるまで水を出し続けるのもうるさいしもったいないと思いもするけど、やはりそれでもこの中途半端なぬるさはいけない。

あなたはコップを流しに置きながら、今日帰ったらペットボトルにでも水を入れて冷蔵庫で冷やしておこう、と考え、その考えに思わず口元が歪む。
別に水を買ってきて飲めば間違いなく旨い水を飲めるのだし、何より普段私は水よりもコーヒーを飲む方がずっと好きなのだから、敢えて旨くも不味くも好きでもなんでもないただの水道水を後生大事に冷蔵庫で冷やす必要はまったくないはずなのだ。

――ああ、ほら。
コーヒーのことを考えたものだから、無性にあのカフェインの刺激が欲しくなったじゃないか――と、あなたはまた苦い笑みを浮かべる。

いや、飲みたいのなら飲めばよいのだろうけれど、それでも心の何処かに在る『もしかしたらまだ眠れるかもしれない』という希望が、コーヒーを淹れることをためらわせている。

これがもし今が例えば4時過ぎで、逆にもう眠ったら起きれないとなれば、むしろ起き続けるためにコーヒーを喜んで飲むだろうに……と思い、あなたはそこでふと我に返って大声で笑いそうになる。
どうせまた眠ってもあの中途半端な浅い眠りのなかを漂うだけなのなら、いっそのことこのまま起きてたほうが良い――さっきそう考えたのはあなた自身なのだ。
そんなあなたがコーヒーを飲むのにいちいちためらう必要がどこに在るというのだろう。

あなたは苦い笑みを大きなあくびでごまかしつつ、やかんにぬるい水道水を注いでコンロに乗せ、お湯を沸かし始めた。

(原典:ならざきむつろ記念館『例えばそんな夜の話』 BGM:アルケミスト「一日の終わりに」Dir :こんやしょうたろう)
#例えばそんな夜の話

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