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十五歳の女の子のための選書七冊

Kさま

 槙野です。
 先日は○○の××に関するご助言ありがとうございました。たいへん助かりました。お礼と申すのも憚られるのですが、Kさんは「お金を発生させるほどの仕事ではない」とおっしゃって、「いま十五歳の本好きの娘へのプレゼントを選んでほしい」と要望されていましたから、お言葉に甘えて、ただのひとりの本好きの大人として、娘さんへの推薦図書をここに記します。私はなにぶんばかみたいに本ばかり読んで生きてきたので、私の好きな本から十五歳の女の子が楽しめそうな作品を選ぶのは、それはそれは楽しいことでした。機会があったらお父さまからのプレゼントとして買ってあげてください。

選書1 木地雅映子『氷の海のガレオン/オルタ』

 この本の初読のさい、私はもう成人していましたが、十代前半で読めたらどんなによかったかと思いました。比喩が抜群に良質で、空想と現実のバランスが確実に中高生向けです。なにしろテーマが思春期向けです。弱点は(少なくとも本書の中には)それ以外のテーマが見当たらないことでしょうか。でも思春期に読むぶんにはそれ以外の用途は関係ないですからね。思春期性に特化しているからこそ、テーマにはものすごい強度があります。文体はやや脆い、あるいはアンバランスな印象ですが、それでも全体のエネルギーは高いので、ぐいぐい読ませてくれます。

選書2 梨木香歩『西の魔女が死んだ』

 2冊目はジュブナイルの定番です。おばあちゃんはファンタジー、そのこころもとなきノスタルジー。かつておばあさんという存在は年齢によってジェンダー規範から解き放たれ、激烈な戦争と男性優位社会を生き延びた強靱さ・優秀さゆえにすべてのくびきから解き放たれた存在であったわけですが、そのようなおばあさんへの夢がここに詰まっています。高齢化社会となった今のお子さんは知るよしもない、完全なファンタジーとしての老いた玲瓏たる女性を味わうのによろしいでしょう。文体はアルコール度低めで安定した端麗なスタイルで、それがこの作品と絶妙にマッチしています。

選書3 恩田陸『夜のピクニック』

 こちらも非常に有名な作品。買うのに困ることはこの先十年はないと保証します。恩田陸はドラマが上手く、いろんな分野が描けるので(なにしろ新幹線の冊子に連載しているくらいです。同じく連載しているのは沢木耕太郎です。しかし沢木耕太郎は思春期もののいい作品を書いていない)誰が読んでもだいたいおもしろい作家なのですが、この作品については思春期の特有の感情をすくいあげ、リーダビリティを確保しながらファンタジックな風合いも折り込んでいます。このあたりの作家はなにしろ端正な文章を書くから、もうそれだけで大人としては安心しちゃうところがあります。

選書4 三浦しをん『船を編む』

 辞書という、言語の地面みたいなものを地道に工事する人々の小説です。登場人物の数が多いし、背景知識を飛ばしながら(それでもわかるようにはしていますが、背景知識なしだとわからないしかけがある)ハイスピードで話が進むので、十五歳の女の子にはちょっと背伸びした感じがあるかもしれないです。一冊で若者が老人になるくらいのスピード感がある。文字と文字の書かれているものを好きで、そのために背筋を曲げてちまちまと作業しつづける、地位も名誉も求めない実直な老若男女の群像劇であります。親御さんとしてはそういう人生を志されても困るかもしれないけど、えっと、ロックスターになりたがるよりは安心かもしれないな。私はロックスターになりたいと思ったことがないから、わからないんだけど。

選書5 山田詠美『姫君』

 これは選書4よりさらに背伸びした感じで、標準的には十七歳のお誕生日あたりに贈るのが適切でしょうか。人間はお金に右往左往しますが、これを読めばいっぱつで「そんなのべつにどっちでもいいし、あればまあシャンパンあけますけど、なくても自分の人生は自分のものだし、みじめさとカネのあるなしは関係ないよな」とわかります。そういう小説です。親御さんとしてはこのような蓮っ葉な女の子になってほしくないとは思うのですが、しかし一方でこのような生命力は得てもらいたいところではないでしょうか。ぜったい生き延びられるタイプの主人公だし、あと今までの他の作品には薄いコメディ要素があるのもいいところです。山田詠美は教科書にも載っている立派な作家なんだけど、けっこうなコメディエンヌで、すべるのを恐れない勇敢なところがいいと私は思っています。

選書6 小川洋子『博士の愛した数式』

 小川洋子の少女向けといったら、『ミーナの行進』という名作があって、私としてはどう考えてもぜったいにこちらをおすすめしたいのですが、万人からの好かれやすさ、理系への目配せ(思春期女子への理系への抑圧を私は心底憎みます)、どこの本屋でも売っている現役感から、泣く泣くこちらを選びました。まさに十五歳のためのような本で、隅から隅まで上質、四十を越えた大人としてはもう太鼓判を捺します。若年のデビューからずっと安定して長編を提供している作家、さすがに基礎体力がちがう。このへんから読んで、その後、「この作家のほかの本を読もうかな」と思ったとき、十代後半で読むのにふさわしいものもいっぱいあるという豪奢なおまけつきです。小川洋子は本来とてもアダルトでエロスでフェティッシュでいけない作家でありまして、十八歳になったらぜんぶ読んでもらいたいです。

選書7 小野不由美『月の影、影の海』

 さて、このたびの選書の本命は小野不由美『十二国記』です。長いシリーズですが、一巻目の『月の影、影の海』をプレゼントされたなら、ご父君の仕事はもう終わりといってかまわないでしょう。娘さんにマッチすればその後を読み進めるし、合わなくてもまあまあ楽しい異世界ラノベとして消費できると思います。

 ごめん嘘ついた。あんまり楽しい異世界ラノベじゃないところがあります。この小説の「異界」は主人公に都合よくなくできていて、だからすごい苦労する。「異世界ラノベ」らしいイージーな自己肯定感はぜんぜんもらえないです。主人公は異世界に連れ去れるなり味方もなしに荒野に置き去りにされて浮浪児をやります。寒い、ひもじい、帰りたい、危害を加える者を撃破しなくてはいけない。それで『月の影 影の海』上下巻の上が終わってしまいます。私も十二のときにこれを読んだんだけど、完全に引きました。

 元の世界に帰る理由がなくなってからの少女の反撃がすごいんです。自分の生きている必要のなくなった世界、自分の存在がよぶんなおまけとしてしか扱われない世界(残念ながら現実の世界ではしばしばそれは事実です)、そこで何をなすか、どうやって生きていくのか(死ぬなんて冗談じゃない)。彼女は結局のところその荒廃した山野の「王」になるんだけど、豊かでない王国を背負う十五歳の王の苦悩もしっかり書かれていて、そして十五の子どもの好きそうな権謀術数や絢爛豪華もそなえられているんですね。思春期の子どもの、とくに女の子の、その視野を広げリーダーシップを理解し根拠のない甘えを焼き尽くすことをうながす物語です。「わたしたちはわたしたちの王である、そしてその国民である」、そういうメッセージが書かれている本です。

 もちろんその成長物語はシリーズ最初の一冊のテーマで、本シリーズの中では十二国のうちのたった一国のほんの少しのあいだのできごとにすぎない。お嬢さん、不思議なことはお好きですか。とくに理屈のとおった、もうひとつの科学であるような、つくりごとであるにもかかわらず理に沿わぬ動きをあらたかにしない魔法のようなものが満ちあふれる、世界は?もしも興味をお持ちになったなら、とくとご覧いただきましょう。なにしろ最新刊が今年のうちに出るのです。

※  Kさんより、「娘は『博士の愛した数式』はすでに読んで気に入っていたみたいだから『ミーナの行進』をプレゼントします」という、最高の返信が来ました。よかった。『ミーナの行進』はいいですよ、病弱な女の子がかばの背中に乗って学校へ行くんだよ、いいかい、かばの背中にだよ。

※ 『氷の海のガレオン』は少女本人には「ふーん」「わたしは人に合わせるのへいき」という感じだったそうです。それはいいことですよ、ガール。

※ ガール、十二国記は完全にはまったとのこと。しめしめ。顔を合わせずインターネットでたまに連絡する人の、さらに知らない娘さんにまで布教しましたが、まだまだだ。十二国記は全国の社会科の副読本にすべき。国語じゃない、公民とかだ。

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