レンタルなんもしない人『<レンタルなんもしない人>というサービスをはじめます。』  徹底した無害性、そして有用さを求められることへの復讐

ギブ&テイクのコストがかぎりなくゼロに近い存在

 この数ヶ月で複数の友人から「Twitterで活動しているレンタルなんもしない人というのがいて、あなたとは思想的に合わない部分もあるかもわからないけど、現象としてはおもしろいと感じるんじゃないか」というような、迂遠なおすすめをもらった。私はTwitterを見る習慣がない。ところがこのたびは書籍『<レンタルなんもしない人>というサービスをはじめます。』(河出書房新社)が出たというので読んだ。本ならTwitterをたどるよりめんどくさくないから読める。読んでみて、たしかに思想的にはぜんぜん合わない感じがした。個人としてはもう完全にいろいろ無理である。だから友人たちの言うように「現象として」解釈するしかない。

 現象として位置づけると、「レンタルなんもしない人」のサービス内容は、だいいちに人間関係上のギブ&テイクのコスト抜きに他者存在を提供することである。人間は他人の存在を感じたいが、親密な関係であっても職場などの関係であっても、人間関係があれば相互性が生じる。長期的な関係にはギブアンドテイクが成立している。している、というか、ギブされたらテイクしてしまうし、ギブされない、またはテイクできない場合には距離を取る。

 この距離感というのはたいへんにめんどうなもので、距離感をはかること自体がかなりのコストになる。昔は「お前は農家の長男だから田んぼを継いで十八になったら隣村から嫁をもらえ」みたいな感じで自動的に関係性が決められていたから、このコストはあんまりなかった。でも今は幸いなことに私たちには人権があるので、関係は個別具体的に作る。それはとてもハッピーなことだ。でも疲れることでもある。もちろん。

 そんなの人権を得ているんだから当然ついてくるコストだろ、自由意思で関係を作って自由意思で維持したり解消したりしようぜ、という考えは、たぶん人間関係上の(ある種の)強者の論理である。私はこの種の論理をヌンチャクみたく振りまわして生きているから、ギブ&テイクに疲れた人々の切実な気持ちはよくわからない。わからないが、ギブ&テイクのコストがない存在に需要があることはわかる。私たちが自由に人間関係を作れる世界を手に入れた以上、自分に負債の感覚を与えない人間をそこいらに置いておきたいという需要は確実に生じる。生じるのはわかるけど、そんな需要がサービスでもって解決されるなんて思ってもみなかった。そんなわけで私は本書冒頭でかなり驚き、その後、「そんなサービスを提供可能な人間がほんとうにいるのか?」と思った。

無害さの内実

 だって、人間は、ただ同席しているだけで、負債の感覚を覚えるものだからだ。時間はコストである。会話もコストである。それをギブしてもらうだけの何かが自分にあると、どちらかが(または誰かが)アピールしてはじめて、人間が同じ場にいる状態が生じる。私は野蛮だからすぐ人に「会いませんか」とか言って、自分のギブがあんまり相手にとって価値がなさそうだったら「では」みたいな感じで帰ってくる。相手が自分と会うことに対してかけたコストはあんまり気にしない(野蛮だから)。でも多くの人はそうではない。もっと洗練されている。時間を取らせて申し訳ないと思うし、相手が自分に興味を持たなかったら心理的に打撃を受ける。プラスの感情があればいいかというと、そうでもなくて、好意の種類が合わなければ気持ち悪いし、場合によっては身の危険を感じる。

 レンタルなんもしない人はかなりテクニカルにこの問題を解決している。テクニックで負債感をゼロに近づけ、かぎりなく無害な存在になることに成功しているように見える(私は知らない人が同席しているだけでいやだから、依頼者の気持ちはぜんぜんわからないが、どうやらうまくいくケースが多いようなのだ)。本書ではその詳細が開示されている。その部分だけ読んだら実用書みたいである。

 でも、そのテクニックには前提がある。この前提のために、修得できる人は相当少ないと思う。前提は以下の二つである。ひとつ、寄り添わない。ふたつ、期待しない。

 人間には共感能力があって、他人がいると寄り添おうとする。いいことである。寄り添わないと個人的な人間関係は成立しない。でも前述のとおり、人間関係に疲れた人が大勢いるからレンタルなんもしない人の需要が発生したのだ。そこにいる、しかし、寄り添わない、さらに、排除しない。これができないと、「ただいる」ことはできない。共感能力が(部分的に)ない、もしくはスイッチを切ることが必要とされる。そんなスイッチ見たことない。貴重だ。同時にどこか危険なものにも思われる。

 共感のスイッチを入れたり切ったりする職種はある。でもそれはだいたい「共感する」ほうのスイッチを入れることで成立している。たとえば医療者や教育者は自分が担当する患者や生徒に(それなりに)寄り添う。ケアする職種には多かれ少なかれ、そうした寄り添い機能が求められる。一時的にテクニカルに人を愛する能力、といってもいい。感情労働の最たるものだ。でもレンタルなんもしない人は共感を切るほうのスイッチを入れている。通常「共感しない」をやると、そこにいることが(大げさにいえば)加害的になる。なんだかいやな感じ、早くいなくなってほしい感じを与える。でもどうやらそれがないのだ。本書にはそのようすも詳細に記されている。

 レンタルなんもしない人が成立する第二の要件は相手への期待のなさである。期待は親密な関係のスタートや維持には必須だけれど、侵襲的なものでもある。だから多くの大人が自分の相手に対する期待を、少なくともそのまま態度に出さないようコントロールしている。期待感の表出をコントロールすることが人間関係の初期(もしくはその場かぎりの同席)の必須条件であるといってもよい。一方、まったく期待しない人は人間らしくなく、人間がその場にいてほしいという欲求を満たさない。

 レンタルなんもしない人は依頼人に何かを期待しないし、させない(なんもしない)。しかし、「おもしろい依頼があるといい」という期待は表明している。無料でサービスをしていて、しかし「お金くれたら、そりゃうれしいよね」「こういうかたちでくれたらいいよね」という期待も持っている。そうした期待の開示のさじ加減が実にプロフェッショナルだ。対面する相手にはプレッシャーを与えず、しかし人間っぽさを適度に出す。

有用であることへの期待を憎悪する

 よくもまあそこまで、と私は思う。期待のコントロールは多くの人がやっているけれど、徹底するのは疲れる。共感スイッチ(本書ではそういう表現はされていないけれど)の切り方に至っては、どうやっているのか見当もつかない。本書を読み進めて、動機、と私は思う。こんなの、すごく強い動機がないとやれないよな。

 結論から言うと、レンタルなんもしない人というサービスの動機は「有用であれ」というメッセージに対する憎しみ、もっといえば復讐である。もちろん本書にそう書いてあるのではない。非SNS的で野蛮な私の解釈である。

 有用であれ、と社会は言う。よい成績を取りなさい、よい仕事をしなさい、社会に貢献しなさい、役に立つ人間でありなさい、価値のある人間でいなさい、なお「よい」「役に立つ」「価値がある」の内容は随時変更します。ーーこのようなメッセージから逃れられる人間はいない。私たちは常に自分の有用性をジャッジされる。有用でないと職場から追い出されたり、無視されたり、悪意をぶつけられたりする。そして、「有用であれ」というメッセージを完全に内面化した人間は死ぬ。ほんとうだ。大げさに言うのではない。だっていつも有用な人間なんかいないからだ。

 私たちは「自分、まあまあ有用じゃないかな」「この場では有用じゃなかったけど、別の場(次の職場、新しい人間関係、あるいは過去に属していた場や観念的な場)ではきっと有用だよね」と思って生きている。意図的にぼかして生きている。ぼかせなかったら、どうするか。死ぬのだ。「おまえは有用じゃない」というメッセージがその人にとって耐えられなくなった段階で死ぬ。私は四十一年生きてきてそういう死に方を二回見た。珍しいことではない。「有用であれ」というメッセージに追い込まれて身近な人が死を選んだり病を得たり自分の目の前からいなくなったりした経験は、けっこうな割合の人がしているんじゃないかと思う。

 レンタルなんもしない人は、たぶんこのメッセージを全力で拒否している。少なくとも現在信じられている有用性の概念を拡張したいのだと思う。だから「スペックゼロ」を標榜する。「赤ちゃんはなんもしてない。かわいいと思われたいとも思ってない」と書く。

 私は「有用じゃなくても生きていていいに決まっているだろ」「生まれた人間は全員生きていていいに決まっているだろ」みたいなことをよく書く。書くけど、書いているだけである。実生活では既存の有用性にしたがって収入を得て生きている。有用性への拒否が全力ではない。それを全力でやってくれている人がいるというだけでも、よかった、と思う。本書は千五百円である。印税はだいたい十パーセントだから、著者に払う「よかった」代が百五十円。安い。

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槙野さやか

短編ブログ『傘をひらいて、空を』(http://kasasora.hatenablog.com/)を書いています。依頼原稿は 「文藝」19年春季号(河出書房新社)書評、「フミナーズ」短編連載(https://fuminners.jp/)ほか。kasa.sora@gmail.com

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