無題

何者かになれると思った。何か成し遂げられると思った。

「Sさん」として仕事を始めた。Sという社会人になった。会社の歯車としてSは十分な人間になれた。でも他人が気持ちの悪い存在にしか見えない。歯車として存在出来ているのに、なぜか居心地が悪かった。誰も信じられなかった。

「R」として関わっていた友人とは連絡をとらなくなった。私はSになったから。Sとして生きている「Tちゃん」には恋人が出来た。「Tちゃん」にとって恋人はかけがえのない物だった。でも「Tちゃん」は「s」ではないのだ。Tの存在の半分は嘘で塗り固められている。

自分の人生を無に返したくはなかった。何か一つでも真実を残したかった。誰かに知って欲しかった。名前を「Y」と変え、自分の中に湧き上がる雲のようなものを必死に固め始めた。小説も書いた。エッセイも書いた。ブログも手を出した。時間がなかった。努力が足りなかった。才能がなかった。形になったものは一つもなく、誰の中にも残っていない。少しは残っているかもと、そう思い続けるしかない。

YouTubeもラジオもやった、イラストも描いた。現実世界で満たされない何かを補充するようにネットで活動した。すべてが中途半端だった。半端物に居場所はない。「Y」は私にはっきり述べる。

「君は特別なんかじゃない、何もできない半端物だ」

Yが憎らしくなる。それでもほんのわずかな気力で、Yを消したくなる気持ちを抑え続ける。

自分の居場所が欲しかった。どこか安らげる場所が欲しかった。そんな場所を作りたかった。でも私が増えれば増えるほど、どこの私が生きているのかわからない。

「居場所ならここにある。」

はなから間違っていた。この中だけに私がある。事実だけが真実で、感情も考えも事実として存在しない以上偽りである。


この記録に名前などいらない。ただ嘘だけを記すことでそれを私と定義する。


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