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あおもり犬と「奈良美智:The Beginning Place ここから」展

まるで地面から生えてきたかのように佇むそれは圧倒的な存在感を放っていた。すべての輪郭が丸みを帯び、心を和ませるそのフォルム。上半身だけで8メートル近くはあるだろうか。美しく降り積もった雪を思わせる純白。俯きながら静かに目を閉じ、身を曝け出すその姿にはどこか哀しみが漂っている。建物の屋外にいるため周りにはまだ雪がうっすら残ったままで、より一層切なさを際立たせる。しかし同時にホッとため息が出るほどの「癒し」が、存在そのものとして屹立していた。

奈良美智《あおもり犬》

現在、青森県立美術館では「奈良美智:The Beginning Place ここから」展をやっており、前々からこの《あおもり犬》を見たいなーと思っていたので、2月下旬、新幹線を使って訪問してきました。

青森県出身の現代美術家、奈良美智さん。にらむような目つきのちっちゃな女の子の絵を数多く描いており、ポップさ、キュートさ、親しみやすさを兼ね備えたその作品群は見る者に特別な「身近さ」を印象付ける。アートを通して「個」を表現し、「反戦」「反核」を訴えながら、同時に寄り添うようなあたたかい手触り。そんなやさしい感触の作品を作るアーティスト。
青森県立美術館で奈良さんの展示会が開かれるのは10年ぶりとのことで、期待を胸に足を運んでみることに。


で、到着。まだ美術館の周りには結構雪が残っていた。
本企画展は大きく5つのテーマに分けられており、順を追って見ていくことで、奈良美智の作品がどのように転換していったのか、その軌跡にどんな「一本の幹」あるのかを探り出す構成となっている。
なお館内はほぼすべて撮影可能でした。


1 家 House / Home

《Romantic Catastrophe》(1988)

一番初めに訪れることとなるスペースでは、奈良さんが1979年から2年ほど在学していた武蔵野美術大学時代に描いた絵を中心に展示がされている。元々これらの絵は、ドイツ留学をするにあたって手放していた作品で、学生たちが不要な作品をためこむ「小屋」に放置されていた。しかし奈良さんがアルバイトで講師をしていた予備校の教え子がそれらをひそかに持ち帰り所蔵。そんな経緯があって展示会への出品は本展が初とのこと。よく知られたかわいい女の子の絵とはまた違った印象のものが多くて興味深い。構図や色彩表現はこの頃から巧みだなあ。


《Merry-Go-Round》(1987)

この絵はなんなんでしょうね。シュールな絵ですが、空からぬるーっと落下しているキツネが目を引きます。


2 積層の時空 Space-Time in Layers

《I Want to See the Bright Lights Tonight》(2017)

続く「積層の時空」というスペースでは主に2017年以降の作品が展示されている。近年の作品は徐々にサイズが大きくなっているようで、こちらの作品も220×195とわりと大型。強い存在感を放つ。
キラキラとした美しい瞳は、見つめるほどに様々な気持ちが湧き上がり、可愛らしさに癒されながらも同時に言いようのない哀しさを覚える。


《Slight Fever》(2021)

眼帯をしている女の子。色の上に何層も色を重ねており、体温が伝わってくるような質感が。これらの作品は東日本大震災以降に作られたもので、描かれた女の子はどこか愁いを帯びた表情をしている。
しかし初期作品と比べるとずいぶん作風が変わるもんだ。そしてこれだけ印象が違っていてもちゃんと「奈良美智の絵」だとわかるのもまたすごい。


《Midnight Tears》(2023)

今回一番観たかった作品。2023年に作られたもっとも新しい大型の絵画。零れ落ちそうな涙。暗い背景とどんよりとした空気。何層にも重ねられた色と色。女の子の表情からは言いようのない悲しみが伝わってくる。見ていてこちらまで泣きそうになるほどの悲しみが。混沌とする世界。人の心がそうであるように世の中はグラデーションで出来ている。絶望的な現実に身を浸し、自身と暗闇の境界線さえあやふやになりながら、それでもその体温は、流れる涙は、確かな熱を帯び、世界を見つめる「目」には"祈り"が込められている。
リリカルな絵だ。でもかつてないほど「直情的」な絵でもある。その「悲しみの先」を見つめる表情が、私の心に強く焼きつけられた。


3 旅 Travel

《Ennui Head》(2022年)

東日本大震災のあと、絵が描けなくなった奈良さんがアーティストとして取り組むことが出来たのは、”粘土を手でこねる”ことだった。2メートルくらいあるこの作品には、そこで培われた「いま」が表現されている。


《Mumps》、《The Last Match》(ともに1996)

女の子というモチーフを繰り返し用いているけれど、油絵だったり、色鉛筆だったり、白黒の鉛筆画だったり、表現の幅が広い。そして何より可愛らしい。


山子ちゃん。

絵画だけでなく、段ボールで作られた作品、彫刻、小屋、木製のバーなど、奈良さんのルーツに関わる様々な展示が互いを邪魔せず、楽し気にそこら中に配置されている。


《アフンルパル—二つの顔》(2018)

2014年夏に訪問したサハリン島の旅の記憶や、アイヌ民族の聖地に着想を得て製作された作品なども。奈良さんにとっての「旅」。あるいは「場所」に対する憧憬と敬意が感じとれる。


《春少女》のバナー

作品の置き方にも工夫がこらされていて、ひとつの展示スペースを観終わったあと、戻るルートの途中で上部に置かれた作品を発見したり、きょろきょろ見て回るのは宝物を探すようで楽しい。復興への希望を込めて製作された《春少女》からは新しい季節を願うような、そんな想いを。
ちなみに私が行ったのは結構人が多い日で、ここのスペースは特に写真を撮っている人が多かった。


4 No War

《台座としての「森の子」》(2023)

頭の上をぐるぐる取り巻いている犬たちが王冠のように見える2メートル以上ある大きな彫刻。個人的にはここの展示スペースが特に好きだった。
描かれた女の子たちは元気でやんちゃそう子たちばかり。照明もはっきりとした明るさに調整されていて、ポップさを演出していた。


《Peace Girl》(2019)

「反戦」と「Peace」をポップに打ち出した作品。


《From the Bomb Shelter》(2017)

かわいい絵柄と、込められたメッセージ。


《SWEET HOME GATE》(2019)

にしても可愛い。この絵とか大好き。


反核・反戦をテーマに描かれたドローイング。

ひとつひとつじっくり眺めたくなるねえ。


《Eve of Destruction》(2006)

社会への問題意識が表現されたものもたくさんある。特に震災以降からはその側面がはっきりと読み取れる作品の数が増えている印象。この絵もパッと見いつもの小さな女の子が描かれているように見えるけれど、背景は焼け野原になっており、まだ煙が上がったままだ。「個」の重要性。この時代の絵にはそんな想いが込められているとのこと。


5 ロック喫茶「33 1/3」と小さな共同体 Rock cafe "33 1/3" and a Small Community

《ロック喫茶「33 1/3」再現》(2023)

最後は奈良さんがかつて作った「33 1/3」を再現した場所へ訪れることとなる。「サーティスリー」と言われたこのお店は、当時としては珍しくロックが聴ける喫茶店。外装・内装・椅子・テーブルにいたるまですべて手作りで製作したんだって。D.I.Y精神すごいね奈良さん。そしてそれを再現してくれるだなんて粋な展示だなあ。

店内もちゃんと再現されている。
お酒がずらり。
小学生の頃、ラジオを通して音楽の楽しさを知り、中学生の頃からはロックやフォークにハマったとのこと。


《melody》

ちょっと見つけにくい場所に配置された作品もあり、探検してるようなわくわくした気分に。


常設展とあおもり犬

《あおもりヒュッテ》という小屋の看板。

企画展のあとに常設展に行ってみたら奈良美智と棟方志功についての展示が行われていた。この絵もかわいいね。


《PUFF MARSHIE ~パフ・マーシー》(2006)

立体にしてもやっぱり奈良さんの作品には独特の親しみやすさと生命力がある。


《あおもり犬》(2005)

いつか見たいと思っていた《あおもり犬》とようやく邂逅。でかい。そしてなんというかすごく癒される。冬場はガラス越しからしか見ることができないのだけど、それでもこのモニュメントの存在感は圧倒的だった。

奈良さんにとっての「はじまりの場所」を示し、そのヒストリーを追うことで作品の変転を知り、見終わったあと、鑑賞していた私たちも「ここから」という前向き気持ちになる、そんな豊かで素晴らしい企画展でした。夏になったらまた行きたいな。《あおもり犬》をもっと近くで見てみたいし。


戦利品として手に入れた《あおもり犬》のスノードーム。




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