見出し画像

院長が倒れたこ

富山】院長が倒れたことを機に医師1人から3人体制に、検査は月400件‐大村仁志・富山駅前おおむら内科・内視鏡クリニック院長に聞く◆Vol.2

医師・歯科医師対象に無料で大腸カメラドックを提供中

2024年2月16日 (金)配信m3.com地域版

ニュースメールを登録する

 富山駅前おおむら内科・内視鏡クリニック(富山市)は14人分の個室・トイレを備え、鎮静薬や最新の内視鏡設備などにより内視鏡検査の負担を軽減し、WEB戦略などで富山県内一円から患者を集めている。このような設備を備え、スタッフを充実させるにはどのような工夫があったのか。院長の大村仁志氏に富山県内の消化器検査の現状や、同クリニックの開業までの経緯、開業してからの心境などについて聞いた。(2024年1月23日インタビュー、計2回連載の2回目)

第1回はこちら


大村仁志氏

――富山県内の消化器疾患や内視鏡検査に関する現状について教えてください。

 日本人の死因の1位はがんで、部位別罹患率をみると、大腸がん1位・胃がん3位です。にもかかわらず、いまだに、がん検診の受診率は低く(胃がん検診・大腸がん検診ともに30~40%程度)、結果として、消化器がんの死亡率は、全く下がっていません。

 富山も例外ではなく、県内で大腸や胃の検査を受けているのは4人に1人程度で、職域の検診を足しても4割程度です。定期的ながん検診が必要とされる40歳以上の人のうち、6割の人が受けていません。その理由は「内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)は苦しい」と、多くの人がマイナスのイメージを持っているからだと思います。内視鏡カメラへのハードルが高いと、胃がん・大腸がんの発見が遅れます。そこで当院は鎮静薬や最新の設備などを用いて、快適・便利・安全な内視鏡診療を行っています。

個室はリラックスした雰囲気で過ごすことができる(大村氏提供)

――ハード面の特徴は前回のインタビューで聞きました。ソフト面の充実はどのように進めてきたのでしょうか。

 医師は3人体制(平日2人、土曜3人)です。2021年10月の開業当時は私1人でした。2022年11月に、私が甲状腺の病気で1週間、診療を休まざるを得ないことがあり、「1人では自分に何かあったらクリニックを閉めなくてはいけなくなる。たくさんスタッフも雇っているのに……」と危機感を覚えました。幸い、甲状腺の腫瘍は良性で、大事には至りませんでしたが、2023年2月に医師を募集し、野澤優次郎先生を副院長として常勤で迎えました。また、予約の要望が多い土曜日の非常勤医として林援先生が加わりました。どちらの先生も、非常に優秀で人格も優れており、私以上にスタッフ・患者さんに喜ばれています。これにより当院の1日の検査の数は、大腸内視鏡が10件、胃カメラが12件ほどで、月に約400件以上となりました。

右が副院長の野澤優次郎氏、左は非常勤医の林援氏(大村氏提供)

 看護師は9人(正規職員7人、パート2人)です。当院は鎮静剤を使うため、点滴のルート確認や、バイタル管理などで患者さん1人に看護師2、3人が付きます。最低限必要な看護師の人数に加え、常に1、2人の余剰人員を設け、ゆとりを持って働けるようにしています。

――自身の経験が、医師・看護師の働き方を考える機会になったのですね。

 そもそも勤務医を辞めて開業した理由の一つに、「もっと主体的に子育てに携わりたい」という思いがありました。妻は皮膚科の医師で金沢大学の医局に所属しています。私も以前は金沢大学の医局にいました。医局が違い、夫婦2人とも勤務医でやっていくのは大変で、子育ては妻と妻の実家に任せっぱなしでした。また、金沢大学ですと勤務地は石川県内が多いので、「生まれ育った富山にも貢献したい」と思ったのです。

 開業後は自分の仕事の時間を調整し、現在7歳の長男と4歳の長女と過ごす時間が増えました。当院は火曜と日曜、土曜の午後が休診です。平日の休みを火曜にした理由は、息子の習い事への配慮からです。看護師の離職を防ぐためにも子育てや介護などへの柔軟な対応は必要です。子どもの急な発熱などの場合でもLINEの報告のみで支障なく休めるようにしています。若い看護師は経験が浅いと思われるかもしれませんが、看護師長は総合病院で内視鏡検査の実績を積んだベテランですので、師長の指導によって全員が統一したやり方を学んでもらっています。

子育て中の看護師が多く、カバー体制は充実している(大村氏提供)

――隣の建物は、親族が院長を務める「みわ矯正歯科」です。開業するにあたり、助言などはあったのでしょうか。

 みわ矯正歯科の院長・角谷瞳は姉、前院長の大村由美子は母です。母の家系はJR富山駅前で代々、歯科医院を開業しており、姉は4代目院長です。私は幼いころ、富山大学附属小学校に通い、放課後は母のクリニックに寄って宿題をしたり、習い事に行ったりし、夕方に母と一緒に帰宅していました。母の姿を見て医学部に進学して医師になり、「いつかは独立したい」という意識がありました。

 卒後臨床研修で専門領域を選ぶにあたり、当初は耳鼻科に行きたいと思っていました。しかし、母から「メジャーな診療科のほうが、幅広い患者さんの役に立つことができる」と言われました。また、「メジャーであってもスペシャリティーがなければ、開業してもほかのクリニックと差別化できない」とも言われました。

 母は40年前にJR富山駅前で矯正歯科クリニックを始めました。矯正歯科という先駆的な診療に特化したことで、ほかの歯科医院との差別化を図ったのです。つまり診療科を選ぶ時点では大きなニーズを捉え、スペシャリティーとしては富山県内ではまだ一般的ではない「負担の少ない消化管の内視鏡」で県内全域から患者さんを集める方針に至ったのは、母からの教訓です。

内視鏡検査室(大村氏提供)

――開業から2年4カ月が経過し、施設・体制の拡充などを経て今、どのような心境でしょうか。

 内視鏡クリニック業界はすでに成熟期であり、全国各地にいいクリニックができて飽和状態です。どこもどんぐりの背比べで、当初から危機感がありました。当院は二次検査に来られた患者さんが年1回の来院であっても、その後は生涯にわたって来てもらえるよう「内視鏡検査は苦しくて、つらい」というイメージを払拭しようとしています。「快適・便利・安全」というコンセプトは、ずいぶん浸透してきたと実感しています。今後は、北陸の内視鏡業界全体のすそ野を広げるように努め、胃がん・大腸がんが減ることに貢献できればと思っています。

――勤務医時代と比べて働き方はどう変わりましたか。

 もちろん開業後は、当直やオンコール業務・時間外の検査が忙しかった勤務医時代と比較して、働く時間は減りました。そして、現在は自分の診療の速さが、全てのスタッフの律速段階となるため、勤務時間内に集中して、1分も無駄にせず、止まらずに動き続けることを心掛けるようになりました。

 勤務医時代は臨床経験を積みながら、金沢大学の博士課程にも進みました。当時、自分が所属していた医局(金沢大学第1内科)は、肝臓病を中心とした研究が盛んで、入局者はほぼ全員、研究テーマを与えられ、従事していました。自分もC型肝炎ウイルスの基礎研究で博士号を取得しています。一方、臨床研究では胃がんにかかわる内視鏡(NBI拡大内視鏡や胃ESD)の領域で、学会発表・論文化の機会もいただきました。金沢大学消化器内科や、石川県立中央病院・富山県立中央病院などの、素晴らしい指導医の先生方から、丁寧にご指導いただいたことは、今でも感謝しきれません。

――富山駅前おおむら内科・内視鏡クリニックのこれからについて教えてください。

 病変の見逃しを防ぐため、2024年2月から大腸内視鏡においてエルピクセル社の「EIRL Colon Polyp」という病変発見に特化したAIを導入します。内視鏡検査は動画なので2次読影しにくいため、3人医師がいても複数で判断を共有することができません。甲状腺の病気で「医師1人の限界」を感じて3人体制にしたように、AIの力を借りることで診断の精度は上がるはずです。

富山駅前おおむら内科・内視鏡クリニック(大村氏提供)

 内視鏡検査の件数に応じて、ウクライナ・ガザ地区へ日本赤十字社を通じて継続的に義援金を送っています。能登半島地震の支援・寄付にも力を入れていきたいと思います。

 また、医師(歯科医師も含む)を対象に、無料で大腸カメラドックを提供しています。医師はつい自分の体のメンテナンスをないがしろにしやすいものです。多忙な医師にこそ、当院で検査を受けてほしいと思っています。お世話になった医師や同世代の医師の中にも発見が遅れ、重篤な状態でがんなどが見つかったケースがあります。啓発活動を通じて、内視鏡検査のハードルを低くすることが使命です。医師・歯科医師の方は、どなたでも、無症状でも、気軽に一度、大腸カメラを受けに来てください。費用はいただいておりません。「皆さまの健康をサポートできるきっかけとなれば」と考えています。

引用
https://www.m3.com/news/kisokoza/1191680

この記事が参加している募集

仕事について話そう

2000年富山国体少年男子メディカルトレーナー 2001年富山県立氷見高等学校男子ハンドボールメディカルトレーナー 2021年ハンドボール日本代表チームにメディカルトレーナーとして合宿に参加 2023年富山ドリームススタッフ