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計画的無差別テロ事件:京都アニメーション放火事件

凄惨な被害に会われた全ての方に、心の回復とご冥福をお祈りします。


敢えてこの事件を冷静に検証することで、今後の対応、対処に対して少しでも力になればと思い、今回書いています。

1.殺人というよりテロリストの心理に近い執念

今回の事件、様々な視点で報道を全て観てきましたが、非常に強く感じたのは比喩ではなく、これはテロリストの思考と犯人像が重なったという点でした。

本当に殺人が目的なら、実行は別の方法を取ると私は思いますが、言ってみればトラックに爆弾を積んでビルに突入する反社会勢力と似たような無差別犯罪だと思われる点が多いと思います。まず、憎悪の対象が不明確で、動機も個人や集団というより、思い込みによる一方的な主張という点が、被害にあった会社の側とには共通点が無いということです。

そもそも会社側には脅迫が何度も過去にあったそうですが、この脅迫自体が会社側に何の落ち度も無いということから、犯人の一方的な思想による犯行ということがこの事件の特殊性を物語ります。これは目的は、自分の思想が社会と合致しないことから起こる、ある目的を達成するだけの無差別テロ事件と言えます。動機はアニメそのものではなく、妄想からくる犯人の想像が現実と重複したという部分がこの事件最大の要素です。

・報道に見る検証の問題点

ところが多くの報道では、殺人者の心理分析のようになっており、この点、地下鉄サリン事件同様、単なる確執や憎悪やその犯人の動機を基準に報道していることは、この事件の重大な部分をスルーしてしまい、放火による大量殺人だけが取り沙汰されるのは、非常に危機感を覚えます。単なる無差別殺人ではありませんね。

2.津山事件との相違は、犯行は追い詰められての焦燥感が無いこと

このガソリンを大量に撒いて火を付けるという犯行自体、準備に多大な労力を要します。まず携行缶を事前に2つ購入、加えて使用目的を偽装してガソリンスタンドで購入、更には台車とバケツの準備、ハンマーと包丁という、放火が未達成、及び妨害にあった場合の回避策や、対策を既に準備してあることです。この点もテロリストの行動と重なります。

そもそもテロリストは社会全体への不満や鬱憤は、ほぼ無く、むしろ自身の思想が世間では非常識、あるいは排除されることへの抵抗という意味では、テロリストの論理で歪んだ正義がそこにあります。単なる自己正当化の目的達成というだけなんですね。

今回の犯行、犯人は盗作という事を根拠にしていますが、犯人は会社と接点がありません。つまり、会社の制作した作品を見て単にそれだけを根拠に、自分の思想は世間では拒否されているか、あるいは直接関係しているかはどうでもよく、自分は正当であるが、周りは正しくないというこの社会との乖離、相反に対して怒りを覚えてテロ行為に及んでいるわけです。それも、社会に対して怒っているわけではなく、単なる自分の正当性だけを根拠にしている点が異常なんですね。


3.犯人は犯行の重大性と矛盾点、その異常性

この点も地下鉄サリン事件の実行犯と行動が似ています。つまり、目的を達成する方向性が、なぜか無差別テロに向かうという点です。思想が違うのなら、その違いを対象に訴え、その点で拒否して逆恨みなら行動は思想と一致しますが、不特定多数の個人思想が総体的に自分の思想と異なるのは、一般的にそれが正常と理解できるはずです。普通は、自分が正しいから皆殺しというのは、社会に対しての制裁という思想が背景に無いと行動は起きないと考えられます。

しかし、地下鉄サリン事件の場合、実行犯はこうした制裁をするという動機自体は松本智津夫本人以外は実行犯にはありません。彼等は、ただ命令が正しいと自身で思い込んでいるため、行動と思想が一致してはいないのです。ただそのサリンを撒くことだけが目的になっています。重大性を思い浮かべるという思考はまず無い点が異常と言えます。サリンを撒くと人がどうなるかは知っているのにも関わらずです。しかし殺人は実行犯の目的ではないのです。あくまで結果としてなっただけ。思考が狂ってますよね。

・建物を狙うことだけが目的になっている

京都の事件もここが酷似しており、無差別テロであって殺人ではなく、目的はあくまでガソリンで会社を燃やして消去することだけ、それが結果として大量殺人になったということです。この、結果的に多数の犯人が知らない被害者を生む事自体、犯人の脳裏に一切無いのが、誰に対しての『死ね』なのか、考え方自体が通常の思考性では理解できないわけです。殺す=燃やすとなるなら、対象はハッキリ個人か盗作された作品かのどれかになりますが、犯行は建物自体が対象となります。

盗作の疑いが相手に否定されて、逆恨みという構図では、どう考えても不特定多数の会社関係者とか、社長、経営陣ではなく、建物を狙うという行動が奇妙に思えるわけです。放火が目的であって、包丁とハンマーは、この放火が未達になるのを防ぐための準備だったのではないでしょうか?つまり、施錠や警備がされた時、それを突破して放火をするというための準備でしょう。犯人の犯行の対象が建物に集約されているのが、この事件の特徴だと思います。まるでテロリストが施設を占拠するのと同じで、建物を爆破するか、燃やして消去するのが目的になっているわけです。

会社を恨むのなら、そして動機に基づいた計画性があるなら、合理的に会社を訴える手段に出て以降、それを拒否したはっきりした対象に向けて報復をするはずですが、この動機がガソリンを撒いて火をつけることだけに集約され、目的の達成を完全に履行したかを自身で見る前に、現場から逃走しています。つまり、大量殺人の意図ではなく、規模の大きな放火をすればそれで終わりという、目的が放火であって盗作を根拠にした報復になっていない矛盾点がここにあるわけです。狂っているとしか思えません。

・無差別テロ対策が必要・動機を解明しても不毛に終わる

自ら盗作の証拠となる根拠を放火して消去する・・・どう考えてもこの思考は脳に障害があるか、思考に欠陥があると思えてならないわけです。私はテロリストすべてに当てはまるとも思いませんが、思考性に欠陥が生じやすい環境による刷り込みや思い込みなどの論理性が見当たらない点が、一般的な殺人事件とは全く違うと思えます。ですから、放火殺人事件ではなく、放火無差別テロ事件という視点は、この事件には必要ではないでしょうか?その意味で、こうした事件は、まず防ぐ手段を事件性を踏まえて考えていくことが必要だと思います。少なくとも一般的思考や常識が通用するような事件ではないですね。

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