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『数』の再定義への挑戦 中沢新一著『レンマ学』感想

私論

最初に私論を述べる感想とはなんぞやと思わなくもないですが、最初に立場をはっきりさせておかないと書けない感想もあるものです。

はっきり言うと私は『数』の再定義は必要ないと思ってます。今ある科学分野の超融合分野の名前を『レンマ学』と名付けてもいいけど、新たにレンマ学を打ち立ている必要はないと思います。

なんというかレンマ学は応用数学で表現可能な概念ばかりというと語弊があるけど、多くは応用数学やテンソル解析やテンソルネットワークで表現できて、ほかにも現代の学問の研究で代替できる概念をまとめ上げているものをレンマ学と名付けているので、あまり斬新さがないのです。

今までの総決算?

本書は『チベットのモーツァルト』、『森のバロック』、『アースダイバー』等で書かれていた概念をひとつにまとめようそしているように見えます。「南方熊楠」「仏教」「ユング心理学」「線形的思考批判」「粘菌」いろいろな今までの著作に出てきたキーワードが出てきて著者のファンならうれしい構成になってます。
ただおおもとに華厳経をおいているので、そこから外れたものはあまり出てこないので、そこは残念かもしれませんが、まだ「レンマ学」の第一部的な感じらしいので、今後に期待という感じですね。

今回は『非可換』が大きなキーワード

量子力学では定式化が2通りあるが、シュレディンガー方程式、つまり波動方程式から定式化する方法と、行列を使う方法がある。行列の非可換性に作者は注目しているようだ。
正直、私は行列の非可換性に神秘性は見いだせない。和に関しては交換できるし、積に関してはそもそも複数の要素を持つ集合のようなものに定義している時点で単項(この表現は正しくはないが)である自然数と違うのは当たり前ではなかろうか。
因と果を入れ替えたら別になるのと行列の非可換性はアナロジーに見えたらしい。この辺の類比はソーカル事件のような事態を起こすきっかけになるので私は嫌いなのですが、9~10章で定義しようとする新しい『数』の定義につなげるには必要なことだったのでしょう。

レンマ的『数』

正直、かなり驚きました。氏の著作の今までのものと、今回の『レンマ学』にもトポロジーの語が幾度も出てくるので、多様体の次数とその種類とかから数を定義したりするのを想像していたが、まさか行列とは…
うまく非可換を取り入れたなと素直に感嘆したものです。
ただ最初に書いたのですが、『数』に構造が必要なのか疑問と思うのです。私たちは数を数えたくて自然数を発明したのに、レンマ学のために構造などもって逆から数えたら違う結果になるようなものは正直つかうのをためらってしまう。科学は有用性を以て科学である。
ちなみに作者の打ち立てたかったレンマ的『数』はテンソルネットワークという分野でうまい具合に表現されている。

本筋とはずれるが…

超準解析について本書に出てくるが、参考図書を見る限り、私が勉強した本を参考しているようだ。中沢氏が書いているような便利なものではないのだ。使えるかどうかというのはものすごく気を付けないといけないもので、
簡単に適用していいものではない。なので昨今の応用がすごいことだと称賛されている。私も素人の独学だがローブ測度とかすごい発明だとわかる。
そこの発展に対して『レンマ学』からはあまり敬意が見えないようで、そのあたりが本書の嫌なところだ。
また9~10章でレンマ的数の定義を劇的にするためか、それは行列で表現できるといいたくなる箇所が多すぎる。

量子力学より…

筆者は量子力学より、統計力学や熱力学をまず下敷きに理論を展開したほうがよかったように思う。一にして多、多にして一。というのを一番研究しているのは統計力学や熱力学ですから。ちなみにハガレンの一は全とかいうフレーズの元ネタはデモクリトスの原子説らしいです。

まとめ

感想にまとめもへったくれもないのだが。今までの総決算ということとしてかなり期待以上の内容だったので、楽しめた。
ここ数年、数学の独学をしてなかったら、中沢氏は仏教から数学、物理まで知識が幅広くてすごいみたいに思っていたと思うが…
これを最後に著者の作品を読むのをやめようと思ったけど、やめるのをやめようと思うくらいにはいい本だった。


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