無の肖像 / 早乙女まぶた

水槽の中で傘をさした
痛みが入ってきそうだったから
そこは静かな憂鬱の花園で
でも心臓が音を立てる
その音がやわらかく泡を壊した
いつからかぼくは
水に逃げたさかなだった

耐え切れない弱さ
朝が来る前に睡眠薬を灯す
閉め忘れた窓の隙間から
現実の断片が差し込んできて
気づかれないように強く目を瞑る

ぼくはそれを見下ろしていた
夜をゆっくり吸い込んでみても
向こう側からぼくを掴んで離さない鏡の、
その窓から一陣の風が吹いたら
またぼくは空虚な穴になった

ごめんねもう少しだけ生きていてね
世界に火をつける

憂鬱は水鏡に反射する
循環する冷たい和音
水の棺、燃え上がる龍宮城
いつか終わりは来るのだから
悲しみだって数え切れるはずで
泣いている花が震えるから
ここからはもう目を逸らして
ずっと先の青空を見よう

一言分の光が肺の中を満たす
その粒子が最後の不安と結ばれて
ずっと遠く、夜の向こうまで昇っていく
その終わりは浅い呼吸の水際のようで
だから思い出すことができた
ぼくも滅びゆく世界のひとつだったこと
先生、
これは手術の成果なのかな

包帯は水に溶けて
遮るものはもうなかった
ひとつの水滴が海に隠れるように
さかなは世界にとけた