スケッチ / 鯨野 九

いじきたない耳が
海にまで繋がって
魂をよぎる列車の
轟音が聴こえない

幸福に慣れきった人々の寝息が、私を夜に標本する。

昼下がりの列車に乗っている
もっと懐かしいステーションに
まどろみと静謐のあわいにあるどこかに
辿りつける錯覚にとり憑かれて
まばゆい列車に乗り続けている

(あかるい光は
 網膜をすすいでも忘れられない気がして
  いつからだろう目をそらした)

昼下がりの列車に乗っている
凪いだ日々に眠ったふりをする
でも てのひらには
終点まで清算された血がすでに
陽炎のように匂いたちながら
いつまでもいつまでもこぼれ落ちてゆく

寂しさを
月へ放り投げる方法を
ずっと捜していた

胸をふさいでも満ちてくる
ただとても悲しい予感がする
さよならの拍子に胸が鳴る
くるぶしが疼く
もうどんなふうに歩いても
悲しい踊りしかなぞれない

いじきたない海を
耳にまで繋がせて
魂を絶やす潮騒の
轟音ばかり欲しい

(私は
 かたちを間違えた海だから
  いつか塩の柱になれると思う)

あてどない私の魂は
どこまで届くだろう
漁り火のために
いつかかき消すために

轢死体はまだ私の声で「痛くて苦しいよ」とさざめく。