春 / 清水優輝

桜の蕾が膨らむ前に彼は中央線に消えたらしい
噂で聞いただけだけど

着信履歴をフリーダイヤルが埋める毎日だ
フリルたっぷりのパンツを買った
洗濯するたびほつれる糸を見つけてほしい

おみそ汁に乾燥わかめを入れすぎたとか
ついに花粉症になっちゃったとか
そういうことをお話しようよ

桜の開花前線が北へ北へあがっていく
天気予報のお姉さんは嬉しそうだけど私には関係ないし

通信制限がきてyoutubeが見られない
ぬいぐるみとダンスパーティー ららら 楽しくないわ
手を取ってくれる人はどこへ行ったの

靴下って洗濯すると片足いなくなるよね
あのタレント、最近テレビで見ないけど何してるんだろう
白い壁に向かって話している

散った桜が川を埋め尽くして呼吸困難になる忍者 任務失敗 
そんなのいないよ

既読無視で終わった会話を未練がましく数えている
買ったパンツは一度もはいてない
日記に白紙が続いてるのに日常は終わってくれない

線路を眺めてる 線路を眺めてる
彼の好きな食べ物も嫌いな食べ物も覚えているのに
本名は今も知らないままだ

葉桜はそよそよと風を受けて笑っていた
緑の光 透き通る葉脈 虫食い穴 きみはいない 

エゴサをやめてアプリも消した
向こうでボールあそびをする子どもたちに
私が泣いている理由は分からないでしょう

ああ、春でした