就活日記3-2

5月31日 夜

「道東角打ち」イベントのため渋谷。詳細はこちらに。

イベント終了後、ヒラクさんに「俺はやったぞ、かしこ、お前はやったか?」と目を細め言い放たれてしまい、だんまりしてしまった。
そういうときは、「や、やってない……」とハイボールを片手にうなだれるしかない。

「友達が待っているので」と二次会を辞退、渋谷から新宿、そして中野に到着。中野に住む高専時代の友人は会社員だが、カメラマンとしても活動している。

今日も撮影だったらしく、レタッチをしながら個人として活動する苦しみ、楽しみのことを話してくれた。
個人でなにか始めることは、往々にして1人(しかも素人)対プロをやるということで、お金のこと、作法などなど、組織であれば上司や先輩が教えてくれることや守ってくれる範囲のことを、1人でもこなせるようにならなきゃいけないということがついてまわる。
やったらやった分だけ、そしてそれが良い結果を産めば個人の評価も上がるし、はじめた頃にあった制約などもクライアントとの信頼の上で取っ払われることになるが、そこまで続けることが難しい。
そして本業の会社員としての仕事も、クビにならない程度に続けなければいけない……ということを話していた。

会社員になったこともなければ、最近嫌々ながら個人事業主の申請をやっと出したばかりの自分には、到底同調できるレベルの話ではなかったが、その孤独感は少しだけわかる気がした。それをわかってしまった上で、私は、進路を決めなければいけない。

6月1日

早朝に起床。右目がかゆいことに気づく。寝ぼけており、少し強引にこすり二度寝をした(ことは覚えている)。
朝8時、本格的に起床すると、右目が開かなくなっていた。どうして。

鏡で確認すると、四ツ谷怪談のおいわさんのように、まぶたが重く垂れていた。変なところを蚊に刺されて、ぼこぼこに腫れてしまったのだった。

中野駅のスーパーで眼帯を買い、そのままトイレで目を消毒し、地味な綾波レイのような出で立ちで出かける。片目が見えないということは、こんなにいずいのか……なんとなく息苦しささえ感じる。

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大学時代の友人と遊ぶため豊洲へ。でかいショッピングモールで買い物をしたり中華を食ったり、休日の大家族のようなのんびりとした時間を過ごす。

「昨日はどうだった?」

と、前日に開催した道東角打ちを知っていてくれた友人に訊かれた。
こんな感じで、こういう人が来てくれて、これくらいの規模で……というのを話すと、友人は目を丸くして、

「え、すごいじゃん!」

と喜んでくれた。「すごい、なんというか、うん、そう、奇跡みたいな感じで……」とどもりながらも、やはり褒められることは嬉しい。
自分たちがやったことを褒めてくれる人がいるということは、本当に嬉しいことだ。

もし自分が来年からフリーランスとして働くとして、褒められるということや怒られるということは、とても重要だと思うし、ありがたささえ感じるだろうなと思った。一人というのは嫌だと思ってしまうからこそだ。
でも、別に褒められるために、怒られるために仕事をするのではない。
褒められなくたって、怒られなくたって、やるべきことはそこらにあり、それらを淡々とやっていくしかないのかもしれない。
そしてそれをやるのがとても難しい。少なくとも私はできていない。
幸い、私の周りにはフリーランスの先輩がとてもたくさんいる。彼らを観察していると、褒められるも怒られるも二の次で、自分が出せる全力をもって、そこにある事柄をひとつひとつ見て触って解決したり改善したり、その繰り返しをひたすら……という感じがする。

第一に自分のやるべき範囲のことに取り組めるかということを考えていくべきで、それができないうちは、きっと本当はフリーランスにならないほうが幸せなのかもしれない。

6月1日 夜

下北沢で、かずきゅんことさのかずやさんのイベントがあるということでお邪魔する。

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参加者は10名ほどだったけれど、謎の熱量(謎のやる気とも言う)のようなものがイベントしょっぱなから渦巻いていて、ちょっとびびった。

親方こと拓郎さんと隣合わせで座り、かずきゅんの話をいざ聞かん、と姿勢を正したが、今回はそういうイベントではなかったらしい。
参加者同士で自己紹介をしあい、地方での取り組みやそれらに対する希望や不安を共有し合うという形式みたいだ。

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なんとなく謎のやる気に気圧されて一歩身を引いて話を聞いていると、当たり前だが地方に住んでいる人は誰もいなく、拓郎さんと私だけが北海道から来ていた。

都会に住む人々がどんな距離感で田舎と関わろうとしているのか、実は知っているようで知らなかった気がする。
自分はずっと北海道に住んでいるが、ここ3年ほど月に一度は東京に行っている。その中でも何度か「田舎」について考えさせられるような用事をこなすために東京へいくこともあった。
都会から見た田舎、田舎から見た田舎は少しずつずれていて、それは悪いことでもなんでもない。住んでいるところや関わっている人が違えば、見え方は十人十色だと思う。けれど、目を背けてはいけない人々やその生活というのも確かにあって、普段東京に住んでいる人にとって、それらは見えにくいのだろうなという感想を持った。
北海道に住んでいると言うと、広大な大地、素晴らしい食、青い空……というイメージを持たれる。それが実際の風景として存在する場所もあるけれど、私が拠点としている釧路の夏は、濃霧、湿度、曇りの3点セットが基本だ。人口は減り続け、所得は低く、市民の拠り所はどんどんパチンコ店に変わっていくという現実もある。
私はそのことを考えるととても苦しい。詳細は取るに足らないので書かないけれど、私自身もそういった田舎の負の部分に触れて育ってきたからだ。自分が釧路で育った21年間の時間、辛かったことやまだ自分の中で受け止めきれていないことの方が多い。

うまく言えないけれど、そういう現実としての田舎の話をもっと都会でしたいなと思った。
たぶんそういう話ができると、いま都会で暮らしている人が、田舎との関わりをもっと楽に、現実的に考えられるような気がしている。
「田舎でスローライフ」「ていねいなくらし」、本当にそれらがいいと思っているのだろうか。

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