がんばるのは当たり前や

お客さんの事務所に入ると、およそ20人の冷やかな視線がこちらに向けられる。入社2年目の春だった。

「失礼します。システムのバージョンアップをさせていただきます。」

私はパソコンを借りて、CDを入れ準備をした。このシステムはバグばかりなのだ。修正しても、修正しても、バグが発見され、何度も入れ替えが必要になる。お客さんも、バグばかりのシステムに嫌気がさしていただろう。しかし、誰もはっきりしとした言葉で文句を言ってくる人はいなかった。むしろ、いつも作業が終わると、担当のやさしいお姉さんが「ご苦労様です」と声をかけてくれた。助かった。こういうお客さんで。そう思いながら「申し訳ありません」と言い、いつも逃げるように事務所を出ていた。

事務所の奥には、いつも白髪の紳士がいた。この事務所の中で一番偉い人で、大企業を定年退職後、この会社へ来たという。聞こえてくる声はやさしそうで、明るそうな人だ。話したことがなかったので、システムのことをどう思っているのか分からなった。

しかしその日は、違った。作業をしていると、その白髪の紳士がこちらに向かってきた。体が固まった。嫌な予感だ。
「おたくのシステムどうなってる!!」
するどく、大きな声に事務所が静まりかえった。
溜まりにたまった事務所全員分の不満を、怪獣のように炎に変えて吐いた。何を言われてるのかは、パニックでよく覚えていないが、
「こんな使えないシステムに、支払えない。返品する」
というようなことを言われた。

私は、プチン と切れた。

毎日残業、残業の連続。深夜に帰り、頭も体もクタクタ。できることは、全てやっているつもりだ。システムだって、私がシステムを作っているわけではないのに、いろんなお客さんに毎日謝ってばかり。
こちらも口から炎を吐き出した。
「がんばってやってるんです!!!!!」

すると、白髪の紳士は、さらに大きな声で言った。
「がんばるのは、当たり前や!」

最後は強烈な炎だった。やられた。
私は黙って、返す言葉を探した。どんなに探しても見つからなかった。

ほんとだ。これは、仕事だ。がんばるのは当たり前だ。
ここは学校じゃない。結果が全て。もう私は大人の世界にいるのだ。

「申し訳ありません」
と謝り、システムをバージョンアップさせてくださいと頼んだ。作業を続けさせてもらえた。作業をしていると、システム担当のお姉さんがこそこそと来て、「これ」と飴を3つくれた。励ましてくれたのだろう。いい人たちばかりがいる会社だ。できることは、完璧にしよう。それは当たり前のことだ。
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」
はじめて心から謝った。

それから、時間はかかったが、なんとかシステムは軌道にのった。白髪の紳士も、帰り際に「ありがとう」と声をかけてくれるようになった。やさしい人なのだ。あの時の「がんばるのは当たり前や」は、部下を守る言葉でもあったが、私を育てようして言った言葉だったのかもしれない。
あの時、私は大人にしてもらったのだと思う。
#大人になったものだ
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