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【始祖編】11.

 スノードロップ家と白雪公のなりたちを語るには、退嬰の現ワトリング王朝に三人の女王が連なる当代より、アルビオン史を数百年余さかのぼる。
 まだアルビオン大英帝国が成立する以前、『白き断崖の岸辺』……アルビオン王国の時代だ。
 中世アルビオン国内に勃発した百年戦争を挟み、ビーフィッド王朝は前後期に二分される。
 冗長な前期の歴史が過ぎ、後期ビーフィッド王朝の趨勢が語られたのちに、王冠戦争で現ワトリング王朝が成立する。
 その前期ビーフィッド王朝最初のアルビオン国王、すなわち『調和王《バランサー》』の御世に、騎士エンドリュー・ニヴァリスがいた。このエンドリュー(ENDREW)が後年、『はじまりのおわり(END)』と揶揄される最初の白雪公となった。
 エンドリューの父・ナサニエルも王仕する騎士であり、または植物研究者、植物収集家《プラントハンター》であり、若き日にはキャラバンに随行して大陸を巡る冒険に出たという。そのとき、今でいう温室を小型化した『水晶の小匣《セキエイ・ナサニエル》』をもちいて、異邦の植物をかずかずアルビオンに持ち帰った。その中には新種の待雪草《エルヴェジー》もあった。
 エンドリューの母・メイランは、遠き唐人の国より嫁した人だった。かの婦女の異国の名は春を先触れする花であり、アルビオンでの『最初の花』を意味するプリムラになぞらえ、ナサニエルが『水晶の小匣』に入れて冒険行から持ち帰ったのは、待雪草の新種と、そしてプリムラの苗だと評判になった。
 東夷唐人の血を引くエンドリューを卑しむ者は多く、しかし気高さを失わない騎士の精神を調和王は重くしたので、一介の武人にすぎなかった彼の家名・ニヴァリス氏は次第に栄えた。
 己が家名と両親につきまとう謂れなき外聞を、剣ひとつで振り払い、騎士エンドリュー・ニヴァリスは、内外の多くの戦いで勝利をおさめた。
 調和王が即位まもないころ、アルビオン軍は海を越えて大陸に進出し、小アルビス人との戦いに勝利した。このとき調和王は、ある小アルビス人の剣士のひとりを臣下として、アルビオン内地へ連れ帰った。
 小アルビス人の剣士には息子スタブリスがいた。
 スタブリスは老いた父に代わり、やがてアルビオンの騎士となった。
 エンドリューとスタブリス、武勇を誇る二人は歳も近く、互いに異邦の血脈を受け継ぐ者として通じ合い、ほどなく僚友となった。
 小アルビスとは、大アルビオンたる本国の、海峡を挟んだ欧州大陸の飛び地、ブリタージュ公国を当時はこう呼んだ。時代は前後するが、特に白と黒の両公爵家の伝承でのスタブリスは、『小アルビス人の剣士の息子』との呼び方が一般化している。
 このスタブリスが、アルビオン王国でレイントン公爵領とセングレン姓を得て、初代黒馬公となる。
 ブリタージュ公国のポワッソン地方を所領にする伯爵家がスタブリスの出自で、もとの姓はルグランといった。
 のちに、海峡に向かう要塞を擁するブリタージュ公国の領土を騎士エンドリューの軍勢が攻略、前期ビーフィッド王朝の調和王の手により、欧州フランセーズ王国からアルビオンに割譲された。
 小アルビスを治めた調和王に、スタブリスの父はこうべを垂れて忠誠を誓った。
 一方、エンドリューは東夷の血を受け継ぎながら、自身の戦功により調和王に重んじられた。
 エンドリューは生まれながらのアルビオン臣民、対してスタブリスは小アルビス人の息子だからとよそもの扱いされる。遠き唐人の国の血を分けられたスタブリスの友と、小アルビス人の剣士の息子の間に、いかほどの差異が横たわるというのか。境遇の似た二人だけに、スタブリスの不満と憤懣は、歳月とともに増した。
 あるとき、エンドリューは、朋輩スタブリスの疑わしき動向を捉えた。
 大陸での領土の割譲と併合をくり返す調和王の廃位を目論むフランセーズ王国が内偵役に糸引いたのが、ブリタージュ公国の流れを汲む小アルビス人の息子スタブリスだった。
 エンドリューはすぐさま、己が王君にかの国の企てを申し上げたてまつるとともに、朋輩スタブリスの惑いを自身へと痛切になぞらえ、なにとぞと寛恕を請うた。
 騎士の徳と高潔を尊ぶ調和王は、エンドリューの公正なおこないを褒め称えた。
 己が血の源に囚われ心眼を濁らせたスタブリスは、僚友の慈悲深いはからいに七重の膝を八重も折るほどに罪を謝した。
 王君の廃位を阻みせしめた騎士エンドリューは恩寵を賜り、王女のひとりを妻に迎えてベニントン公爵位と新しい家名のスノードロップをあたえられ、ついにはビーフィッド王族に連なった。
 縁戚になることで、調和王はエンドリューにいっそう親しみをこめて接した。
 エンドリュー・ニヴァリス=スノードロップ、新たなベニントン公爵に嫁した調和王の娘、王女はタマラといった。

 やがて王女タマラは、夫エンドリューの子を生んだ。
 生まれた男児ソロモンが歩き始める前に、タマラはエンドリューの屋敷を去った。
 タマラは、父たる調和王の決めた結婚を反故にし、みずからスタブリスを択んだ。
 調和王は娘の自侭に怒り、たいそう嘆いたが、騎士エンドリューは、なにかと窮屈な王女の境涯をおもんばかってタマラを許し、妻の役を解いて自由にした。そうして、朋輩スタブリスに、今度こそ王女の御身が安からんことを、とくれぐれも頼んだ。スタブリスのほうも、熱情にまかせた軽挙を畏れつつ、こうなったからには償いに値するだけのことは必ずして差し上げると、いかにも僚友らしくエンドリューに誓約した。
 次にタマラはスタブリスのところで、男児ダビデを生んだ。
 騎士エンドリューの貴き心はタマラを解放したものの、今や大きく栄えたベニントン公爵家に仕える人々はみな、不貞をけっして快く思わなかった。可愛らしいソロモンぼっちゃまの血色のいい赤い頬や、よちよちと歩くがんぜない足どりを見るにつけ、我が子を置き去りにして心の痛まないかつての奥方様の非情な仕打ち、そして自分たちの旦那様を逆恨みし妬んだ腹いせに、他人の妻を掠め盗ったとしか思えぬ簒奪者スタブリスを、とうてい許す気になれなかった。
 前夫のもとを去ったタマラは幾たびも、父王の過ぎたエンドリュー贔屓と小アルビスへの圧政に諫言を上げ、スタブリスの家人に賢女良妻と讃えられた。
 そんな調子だったので、騎士エンドリューと小アルビス人の息子スタブリスは朋輩のまま、互いの家同士は次第に険悪になった。
 月日が流れ、不貞の王女タマラが夫を違えて生んだ二人の男御子、ソロモンとダビデの異父兄弟は、二人してアルビオン王宮でおこなわれる宴へ初めて招し出された。
 なんでも大人と同じようにしたがるソロモンは、口うるさい傅役のファーロン・ボイドのところから逃げ出してきて、広い宮殿の庭の噴水のそばで休んだ。小さなダビデは、父母に放っておかれたのが退屈になり、庭に出て遊ぼうと噴水に近づいた。
 なにも知らないソロモンとダビデは、噴水のところで出会ってすぐに仲良くなった。
 噴水のふちに腰かけたダビデが、子供らしく両足をばたばたさせながら、お母様にもらった子馬のことを話し、行儀よく隣に並んだソロモンは、お父様がくれた自分の温室のことを話した。
 赤ん坊のころからずっとお母様がいないソロモンの大人びた態度は、小さなダビデに立派なお兄さんができたようで、とても嬉しく誇らしかった。
 ソロモンとダビデの二人は、そうとは知らぬまま、ひそかに兄弟になる約束をして、それぞれの家に帰った。
 幾年かが過ぎるうち、ソロモンとダビデは、下婢を通じて手紙をやりとりするすべを知り、王都でのたがいの家を宛名のない書簡が行き来するようになった。
 慎重なソロモンは弟からの手紙を読み終えるとすべて私室の暖炉で燃やしたが、まだ幼いダビデは兄をしのぶよすがに、いくつかは文机の引き出しに隠していた。
 兄弟の秘密の約束は、雪降る真冬になって家の大人たちの知るところになった。
 弟ダビデのお母様は、悪戯っ子のやんちゃをたびたびきつく叱りつける人であったけれど、この時は口を極めてわが子を責め、ついには激しく泣き出した。
 兄ソロモンのほうも、なんだかわけも分からず、怖い顔をした傅役のファーロンに、お父様をお慕いしているなら、公爵家の名誉を傷つける軽率をなさってはいけません、とくり返し諭された。
 こんなふうになると思いもよらなかったダビデは、年少の弟らしく急に心細くなって、すぐにでも兄ソロモンに会いたくなった。窓から外に目をやれば、しんしんと雪が降り積もっていた。
 尊敬するお父様の名誉にかかわることをしたソロモンは、邸の二階にある子ども部屋の窓から雪の降るのをながめて、母なし子の自分がどのように償うべきなのか考えていた。
 憐れなソロモンに母を失わせた下世話な事情について、周囲の人々が口を閉ざしたのは却ってソロモンの類推をたくましくした。息子の誕生そのものが母の存在意義を脅かし、よって母はソロモンのもとから姿を消したように思われたのだった。
 そうしていると、邸の表の馬車道の先から、白い雪の中に真っ黒な馬の駆けてくるのが見えた。駿馬になった、かつてのダビデの子馬だった。
 ソロモンは急いで邸の表に走り出た。門のところまできた黒い馬はたたらを踏むと、手綱をひくダビデをソロモンの前におろした。
 兄弟の約束をした二人は積もる雪の中でいだき合い、ひさしぶりに会えたことをひとしきり喜んだあと、どちらからともなく悲しい顔になり、互いの家に起きたことを話した。
 しばらく会わないうちに、二人の兄弟はずいぶん大人びて成長していた。
 ダビデの紅潮した顔つきをしみじみ眺めて、ソロモンは以下のように思った。
(彼のようにすぐれた弟は、この世のどこにもいないだろう。彼の兄は自分であり、自分の弟は彼なのだ。ただし、この世にはそのことを認めたがらない頑迷な人たちがいる。では、自分たちが約束された兄弟であるには、この世のくびきから逃れていくべきではないか)
 この世で人が人たりうるのは、肉体を持つからだ。人は肉体を失えば、目に見えない霊魂のみの存在になる。ソロモンは、かつて大陸東部より流れ来た傅役のファーロンにそう教えられた。
 誰にも見えぬ霊魂にくびきはかけられぬ。さまよい歩き、どこにでもいける。自由になれる。
 思慮深いソロモンは、少々思いつめやすいふしがあった。そしてダビデも、兄ソロモンの純粋さに傾倒した。思惟を突き詰めていくところや、敬慕するものに影響を強く受けるのは、いずれもこの年頃の思春期にはありがちなことだ。
 ソロモンはみずからの胸元に手をあてて、ダビデに問いかけた。

―― きみの兄のふところには、短剣がある。お父様からいただいた、ほかでもない自分の短剣だ。弟ダビデよ、兄には母がおらぬ。母から賜った子馬もない。そして弟ダビデ、お母様よりいただいた青毛馬に乗り、今ここにあらわれたきみは、つるぎを持ち合わせない。どうだろう、兄の持つ短剣できみは、この兄の心臓を引き裂いてはくれまいか。そうしてくれたら、兄はこの胸の血で濡れた短剣を抜き取ってのち、つぎに弟のきみの心臓を刺し貫いてくれよう。肉体を滅ぼせば、霊魂は人の世のくびきから逃れられる。われわれは、まことにたましいの兄弟となるだろう。……きみは兄の言うことをおそれるのか? おそろしいのなら、やめておく。二度として、弟をこわがらせるようなことは口にすまい。

 兄をみつめるダビデの黒い瞳が、降る雪のむこう、寒さのために潤びている。くちびるは色をうしない、白い顔の輪郭はおののいていた。

―― いいえ、お兄さん。ぼくは、おそろしくて震えているのではありません。お兄さんのお気持ちの強さに感じ入っていたのです。ぼくはなんと尊い兄を得たことでしょう。われわれはまことの兄弟にちがいありません。われわれ二人の心臓の血潮で兄弟のあかしをたてることができれば、きっとみながこれまでの頑ななふるまいを詫び、分かってくれましょう。

 弟を見かえすソロモンは思った。ダビデの黒い瞳は、自分にそっくりだ。赤い頬と、白い顔も。なのになぜ、人々はああして自分たちを兄弟とみとめてくれないのか……。
 この世では、兄弟は兄弟になれないらしい。ならばこの世の外で、兄弟は兄弟に戻るとしよう。
 ソロモンは上着のふところから、父より賜った短剣を取り出した。冴え冴えとつめたい短剣の柄を、弟の手に握らせる。こわいか、と兄は兄らしく訊いた。ダビデは、お兄さんの生ける心臓に死をさしあげる弟でいられるのか、それがこわいのです、でもやれます、ときっぱり答えた。弟ができると言うなら、ソロモンにおそろしいことはもうなかった。
 ぽつぽつと雪のとまる兄の上着の胸をめがけて、ダビデは力いっぱい短剣を突き立てた。短剣の鋭く尖った切っ先が、あたたかい血の通う弾力で張りつめた若い肉を切り裂いて、ソロモンの脈打つ心臓をたしかに貫いた。
 死の衝撃と激痛にうめき苦しむ兄は、それでもキッと気強く、自分の心臓を重く傷つけた短剣をあらん限りの力で引き抜いた。胸からふきだした熱い鮮血が、足元にしたたり落ちて白い雪が真っ赤に染まる。その白と赤の色彩のうつくしさと、兄の今わの際の形相の凄絶さに、弟は怯えながらも逃げ出しはしなかった。
 ソロモンは、自分の命のともしびが尽き果てるまでに、兄の血に濡れた短剣で弟の心臓を深々と刺し貫いた。

 乗り手をうしなった駿馬の物悲しげないななきが遠く耳に届き、いやな胸騒ぎをおぼえたファーロン・ボイドは主人の邸を飛び出した。
 雪の積もる表の馬車道では、空の鞍を背に、つやつやとした毛並みの立派な青毛馬が、所在なさげに同じところを行ったりきたりしている。その駿馬の馬蹄が雪を踏みならした場所に二人の少年が横たわっていた。流れ出た赤い血潮の熱であたりはぬかるんでいるのに、血をうしなってつめたい体たちはあとから降る雪を溶かせずに白く隠れかかっていた。ファーロンは、長く生きてきてこれまで一度も発したことのない悲痛な声でのどを裂いた。
 わけも分からずあえぎながらファーロンはひざまずき、横たわった黒髪の雪をぬぐいさる。ファーロンがこれまで大切にお育てしたソロモンぼっちゃまのお顔が、まるで蝋人形のように生気のない青黒いものに変わり果てていた。
 では、となりに倒れたのは誰かと疑わしく、ファーロンが確かめてみれば、ソロモンぼっちゃまによく似た少年だ。肉体のくびきを逃れ、命の緒を手放してますます、二人の少年たちの決然と黙した顔かたちは兄弟そのものになっていた。この少年は不貞の王女タマラと簒奪者スタブリスの血を引く、罪業の子ダビデであり、母なし子ソロモンの異父弟だと、ファーロンはすぐさま悟った。
 異父兄弟の二人は不思議と、たがいに僧衣のような黒装束だった。二人の髪は黒く、二度と開かれることのない双眸も黒い。血の気の絶えた顔の色は白さをとうに越して青く濁った。血にぬかるんだあたりはあとから降る雪に凍えて、赤い氷になった。
 ファーロンはひざまずいたまま、死んだ兄弟とともに吹雪の中で涙さえ凍てつかせた。ソロモンの傅役は、赤い氷の一部になりかかっていた。やがて、馬車道の先に人影があらわれた。
 氷の彫像のごときだったファーロンが、軋むようにして雪に白く濡れた頭をあげた。道の先に、不貞の王女タマラが外套を風雪にたなびかせ、まなじりを決して立っていた。
 ビーフィッド王家に多くみられる黒檀のような髪、氷雪のごとき白皙に赤い血色の透ける口唇。
 激しい雪に吹きさらしてなお、どこかねばついたような美しさの衰えない王女タマラが、ファーロンにはおぞましかった。あれはファーロンの大切な旦那様であるエンドリューの高潔な心を、無慈悲で穢らわしい言葉の刃にえぐって傷つけた。ソロモンぼっちゃまを、憐れな母なし子にした。不貞の王女は、ニヴァリス=スノードロップ家にとって許しがたい女だ。
 道の先まで突き刺さる、ファーロンの嫌悪を知ってか、王女タマラは化粧の紅に濡れた口元を歪め、憎々しく呪詛を吐く。
「ビーフィッド王家と、ベニントン公爵家に呪いあれ。アルビオンは退嬰し、妾《わらわ》の息子を死なせた者の家に、小アルビス人の剣士の家の祝福を奪った者どもに、大いなる禍いあれ」
―― 誰が、誰の息子だと、どの口で言うのだ!
 ファーロン・ボイドは、声なき声に絶叫した。
 死んだ兄弟の間に転がる、血塗れの短剣を、ファーロンは取り上げた。ソロモンぼっちゃまに、傅役ファーロンが使い方をお教えした、慈悲の十字短剣<ミセリコルデ>だ。授けた主人エンドリューよりも、扱いは馴れている。
 凶気の呪いを口にした女は、もはや王女ではない、滅ぼされるべき魔女だ。
 赤い氷にまとわりつく死の拘束を振り払い、十字短剣を手にファーロン・ボイドは立ち上がる。凍えた身体の奥底で煮えたぎる憤怒の劫火が陽炎のようにもうもうと、傅役にして執事ボイドの使命を燃やした。
 短剣を向けられた魔女は、賎の生まれの執事の不遜をあざ笑った。魔女はまごうことなき不貞の王女であった。このときファーロンの心は決まった。たとえこの先いくたび身体が怒りの炎に焼かれても、心は二度と溶けない氷塊と化した。
 十字短剣を握った執事は雪を蹴り、魔女に躍りかかった。
 終わりはあっけなかった。
 魔女であろうと不貞の輩だろうと、刃を知らぬ王女ならば十字短剣に抗しえない。
 雪中に斃れる遺骸がひとつ数を増やし、三体になった。それだけだ。
 たとえ死した魔女を祭壇に捧げても、ファーロンの大切なソロモンぼっちゃまは二度と生き返らない。いたいけな異父弟ダビデもだ。罪業の子にも命の摂理は等しい。
 呪いの魔女の亡骸を対価に取引しては、魂を冥府より奪い返すという悪魔が気の毒だろうとの些少の慎みは、ボイドの氷塊の心中でわずかばかり残っていた。
 雪のとまるたてがみを震わせた駿馬は、ファーロンをあとに、白い世界のいずこかへ走り去った。

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