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【今生編】17.長銃の夜(上)

 泣いているのを誰にも知られないよう、アリアドネは城の裏手、特にひと気のない木戸へわざわざ遠回りし、そっと城内に戻った。
 足音を忍ばせ、できるだけ気配を消したつもりが、うしろめたさがふるまいにあらわれたせいか、普段なら出くわしそうにないところで、見つかるはずのなさそうな相手と鉢合わせる。
 上階の図書室にいるとばかり思っていたリィンセルだ。
 わざわざ室を出ずとも、階上の住人が呼び鈴を鳴らせば、階下から湧き出るようにお望みのものが城内のどこへでも運ばれてくるのが貴族の生活というものだが、ことさら読書には集中しすぎるきらいのあるリィンセルは、休憩がてら一階へ降りてきたらしい。
 ちょうど図書室にいちばん近い北階段が木戸と通じているのが、鉢合わせの理由のようだ。
 星星をつれ階段をくだるリィンセルは、のぼせたような顔つきをしている。
 読書ではないが、午前から控えの整理と目録の書き出しにかかりきりのリチャードとパトリックの兄弟は、今日の昼食と午後のお茶を二人してこもった室内でとり、紳士といえど行儀より合理性にまさるのが、年かさの者が成長の過程で得る割りきりであり、だらしなさでもある。
「いやだわ。リィンセルには私のこんな顔ばかり見られてるみたい」
「アリアドネがそんなふうに言うなんて、原因はやっぱりコハクのことかしら」
 歩み寄ってきたリィンセルは、顔をそむけて涙をぬぐうアリアドネの、肉づきの薄い腰まわりにぎゅっとしがみつく。ちょうど、子どもが母親に甘えるようなかっこうだ。
「別に、あの人がいつも私を泣かせてるわけじゃないわ」
 擁護する言葉が口をついて出たが、リィンセルにそう思われてもしかたがない。
 白と黒の両公爵家の因縁を聞かされたあと、ここ最近のアリアドネが、リィンセルの今後を案じるとともに、コハクの身の振り方を心配したり気にかけていたのは事実だ。
 まとわりつくリィンセルの肩に優しく手を添え、促すアリアドネの後ろに、ひたひたとついてくる星星は、居間の入り口までくるとその場で四肢をたたみ、行儀よく伏せの姿勢になった。
 あらかじめ階下へ知らせていたらしく、居間ではヴァイオラがお茶の準備を整えていた。お茶の時間につきものの菓子や軽食のたぐいが見当たらないのは、夕食までさほど時間があかないのもあって控えたようだ。
 いきなりアリアドネが同席してもヴァイオラは慌てずに、ふたつのカップへ温かいお茶をいれる。
「アリアドネはん、まぶたが腫れておられますえ。大事あらしまへんか?」
「あとで顔を洗ってくるわ。心配しないで」
 カップを受け取りつつ、アリアドネがそう念押ししてなお、石頭の執事の仕業とあたりをつけて不審を隠さないのが、ヴァイオラのいいところでもある。
 少々の無作法は承知で、長椅子に寄りかかるアリアドネは、リィンセルを胸元に抱き寄せ、無理やりに笑顔を作った。感情と表情を別々にするのはよほど慣れないと難しいものだ。笑みを浮かべれば自然と感情が上向く。
「アリアドネにそんな顔をさせるのは、コハクくらいだと思うの。それが良いのか悪いのかは別にしてね」
 よほど根を詰めて読書に没頭していたのか、リィンセルは渇いた喉をお茶で潤し、ほっと息をついた。
 甘えるリィンセルに寄り添ったアリアドネは、幼子の手元のカップに気配りし、自分がお茶を楽しむことは後回しだ。
「ええわけあらしまへん。コハク様は、アリアドネはんが姫様のお預かりになられたよそ様のお嬢さんということを、お忘れになっておられます」
 執事としてなら、コハクの態度は階上の住人たるアリアドネには不躾だし、紳士としても、妙齢の婦人に対するふるまいが作法に合わないということらしい。
 使用人の性分が染みついたヴァイオラの言い分はもっともだが、もとは踊り子のアリアドネだって、どうがんばっても貴族ほど上等な身分ではありえない。リィンセルに遇された今の立場はただのなりゆきだし、リチャードの求婚にいたっては破格の申し出だ。言い出したリチャードが常識外れなのはもちろん、アリアドネが断るのも僭越といえる。
 身分の違いを理由に、よもや求婚を断られることはあるまいとの了見がリチャードにあったとは、アリアドネもさすがにそこまで穿った考えは持っていない。
 紳士でもあり執事でもあるコハクの心情が、踊り子から書生扱いになったアリアドネに親しみをおぼえるのは自然なことだろう。
 ふと立ち上がったヴァイオラは、開け放した戸口へ歩いていき、そこで待ちぼうけの星星を片手間に構ってやる。
「アリアドネはん、頼まれた白根草は階下でマアサが煎じてますえ。あとで厨房まで取りにきてくんなまし」
「ありがとう。助かるわ」
 お茶をすませたリィンセルが、星星をつれて図書室にとんぼ返りするのを居間から送り出したあと、アリアドネは煎じ薬に蜂蜜をまぜたものを持って使用人の部屋を順にめぐり、ミント入りの手水で寝汗を拭くなど看病に追われ、コハクとのことで思い詰めないよう努めた。

 今日の朝食をともにした階上の住人が、ふたたび晩餐室に顔をそろえた夕食後は、リィンセルにせがまれて全員が図書室に集まった。
 小作人の誰かが届けたという菓子のことを、リチャードとパトリックにたずねるつもりだったアリアドネは、あてが外れてがっかりしたものの、高い天井まで届く梯子つきの書架にどっさりと蔵書をたくわえた城の図書室に足を踏み入れ、さっきまでの落ち込みがあっさり昂揚する。
「本当にすごいわ。こんなにたくさんの本があるなんて」
 書物に蓄えられた知識に重きをおかない貴族の貧しい書斎より、アリアドネが王宮の控えの間で目にした書架のほうが充実しているぐらいだが、それがあくまでこじんまりした一室に見合う規模に対し、このシミくさい図書室はまさしく公爵家の歴史と権威、スノードロップ家の家風の両方がよくあらわれている。
「せっかくだもの。アリアドネも好きなだけ読むといいわ」
 そう言いながら蓄音機のそばに寄りつくリィンセルは、パトリックに頼んでレコードをかけさせる。
「近ごろは本どころじゃなかったわね」
 数え切れない本の並びに目を輝かせるアリアドネのそばへ、リチャードがやってきた。
「今夜のところは、本はひとまずおあずけにして、一曲踊っていただいても?」
「私は踊り子だけど、紳士とご一緒するなんてめったにないのよ。それでもよろしい?」
「もちろん。僕がリードします」
 リチャードはアリアドネの手をとり、滑るように足を踏み出した。
 遅れて、コハクがお茶や酒を運んでくる。笑いかわすリチャードとアリアドネの二人が、軽やかな音楽に乗って踊るのを横目に、いつもの執事らしいすまし顔で銀盆を小卓へ置いた。
 さっそくパトリックが近づいたので、「お酒を?」とコハクがきけば、「コーヒーがいい」と言われた。
「姫様は、あたたかい牛乳を。これでよくお眠りになられますよ」
 砂糖を落とした牛乳をリィンセルが受け取るそばでレコードが曲を終え、リチャードとアリアドネもお茶を飲みにくる。
「コハクは、今夜はまだ執事の役を?」
「恐れながら。ご用がございましたら、呼び鈴でお知らせください」
 気安く問うリチャードに応じたコハクは、役にたがわず慇懃だった。
「ラズーリ嬢、遅くならないうちに姫様をお部屋へ」
「分かってるわ。執事さんもお疲れさまね」
 言葉はかわしても目をあわさない二者を見くらべ、リチャードとパトリックの兄弟は妙な顔をしている。
「二人はいつもああなのですか?」
 コハクが部屋を出ていくと、リチャードがきいた。
「ときどき口論になっちゃうみたいなの。仲が悪いわけじゃないのに、どうしてかしら。わたしもふしぎだわ」
「リィンセル。それを飲んだらお部屋に戻るのよ。もう寝る時間だわ」
 子どもっぽいのか大人びているのか、口の達者なリィンセルに、アリアドネは困った様子で取り繕うように言った。
「おかしいわね。星星が落ち着かないの。妙に気が立ってるみたい」
 いつもなら大抵、リィンセルにまとわりついている星星が、先ほどから図書室じゅうをうろうろと歩き回って、両耳の動きもせわしない。尻尾がしなる鞭のようにゆれるところを見ると、機嫌が悪いか、興奮しているらしかった。
「星星、わたしのお部屋で休みましょう。つかれてるのかもしれないわ」
 牛乳を飲むのもそこそこに、リィンセルが促した。
 これをもっけのさいわいと、アリアドネが子ども部屋につき添っていく。
 リィンセルを寝間着に着がえさせ、ベッドに寝かせておやすみの口づけをしたアリアドネが図書室に戻ると、そのあいだに階下から呼び出されたコハクが顔をそろえていた。
 白雪姫が席をはずしたあと、ようやく酒にありついたパトリックが、グラスをおろして話し出す。
「さて、僕と兄さんがまとめた目録によるとだね。菓子のディライトを届けたのは村の小作人で、ターナー家の奥さんのようだ」
「それはたしかなことなの?」
「城の使用人のメイが受け取ったそうだが、どうも人づてに預かったものらしい。そのメイも今は階下で寝ついているし、詳しいことはまだ本人から聞けていない」
「メイは村の人間じゃないのか」
 階下のことなら執事にたずねるのがいちばんだとばかりに、リチャードがコハクに目線をやった。
「同じベニントン公爵領でも、隣村から住み込みで奉公にきてる。通いで勤めてる近所の使用人なら、このあたりの村人とは顔見知りなんだが。メイだとおそらく、よそ者との見分けがつかないだろう」
「紳士のみなさんは、村の小作人をよそおった人間が、どこからかお菓子を持ち込んだとお思いなのね?」
 昼間、煎じ薬を飲ませるためにメイの部屋にも立ち寄ったアリアドネが、かたい声音できいた。
 寝ついた使用人の中で、まだ幼いメイは高熱を出し、蜂蜜入りのあたたかい煎じ薬をスプーンで飲ませるあいだ何度も、まわりに迷惑をかけたことをしきりと謝っていた。
 せめて熱がさがるまで、病人のメイに事情を問いただすのは酷だったし、彼女の受け取った手作り菓子が原因らしいことは、階下でそれとなく広まっている。まだ子どもといえそうな年頃の使用人が、気に病むのは当然だ。
「調べればすぐにわかりそうなことを、わざわざ村人がするとは思えない。それに、ここらの領民が白雪公や城仕えの人間を害するとは考えにくいからね」
 パトリックが言ったように、ベニントン公爵あっての領民であるし、そもそも城周辺の村人の多くは、煙霧京で一年のほとんどを暮らす白雪公およびその家族の、人となりをじかに知る機会にめぐまれない。もし恨みを持たれるにしたって接点がなさすぎる、というのが、紳士三人に共通する見立てだ。その点はアリアドネにも異論はなかった。
「ディライト以外に、出どころがはっきりしない届け物は?」
「今のところはないね。使用人にも確認したが、どれも顔と名前が一致している。もっとも、使用人が嘘をついてたら、僕たちにはどうしようもない」
「それは……考えたくないわね」
 紳士たちにくらべてよほど、使用人や小作人に心情が近いアリアドネは顔を曇らせた。
「身内を疑いたくないのは、みな同じだ」
 ふと言ったコハクと、アリアドネの視線がいっときまじわる。
 若く快活な踊り子を正視できないふうに、眼鏡の下で切れ長の目をさまよわせたコハクは、彼女の反対側に立つ友人に話を振る。
「パーシー。今わかっていることはそれで全部か?」
「あとは、病人が回復しないことには話がきけないんでね」
「では、ラズーリ嬢。君はもう休んだほうがいい」
「……そうするわ」
 アリアドネがきびすを返すのに先んじて、コハクが扉を開けにいく。図書室から廊下に出たアリアドネに、コハクが「姫様のことを頼む」と声をかけるのが、室内にいるリグルワース家の兄弟にも聞こえた。
「よそよそしいかと思えば協力しあったり、君たちはよく分からないな」
 コハクに出番をうばわれ、おやすみの挨拶をしそこねたリチャードの言い口は、どこか恨みがましい。そんな兄に、弟のパトリックはあきれ顔だ。
「別に彼女を嫌ってるのではない。ただ、おたがい意見のあわないときがある」
 あちこちに置き去りの茶器やグラスを几帳面に銀盆へまとめるコハクの口調は、言い訳じみていた。
「リッキーとパーシーは今日一日、目録の取りまとめで疲れただろう。夜ふかしせず、早めに休んでくれ」
「なんだい、つれないやつだな。とはいえ、さすがに今日はくたびれたよ。寝室に引きあげるとしようか、兄さん」
「厳格な執事に逆らっては分が悪い。ではコハク、明日にまた会おう」
「ああ。二人ともおやすみ」
 前後して図書室を出ていく兄弟を、コハクが見送った。

 カサブランカ城に住み込みの使用人が寝起きする部屋は、厨房や貯蔵庫、裁縫室といったものと同じ階下にある。
 電気がなかった時代から、日差しの入りにくい階下へ光を取り入れるため、使用人の仕事場が集まる城の裏手は一部地面を掘り下げ、半地下のようになっている。
 使用人は男女別にわかれ、多くは二人部屋か、ときに三人以上の大部屋を割りふられる。個室があたえられるのは年季に応じ、上級使用人に限られた。
 こまごまとした仕事を片付け、ほかの使用人たちと挨拶をかわしたコハクが床についたのは、日づけの変わった夜半すぎだ。
 雪花亭では、寝床に入ったあと眠気がくるまで本を読んですごすこともあるコハクだが、この夜は気疲れもあってかすぐ眠りについた。
 ぐっすり眠っていたはずのコハクは、ただならない物音で目を覚ました。
 枕元のライトテーブルに置いた銀縁眼鏡をかけ、時計をたしかめると、床についてから二時間経っていない。
 いやな予感がしたコハクは起き上がり、室内履きをつっかけて、寝間着の上に執事のフロックコートを羽織った。
 通路に顔を覗かせると、あたりでは男性の使用人のほとんどが寝間着のまま部屋の外に出て、不審げに耳をそばだてている。
「なにごとだ?」
「分かりません。今、庭師のケビン爺さんが外の様子を見に」
 手近の若い使用人を掴まえ、コハクがきいたものの、要領を得ない。たしか、ティムという名の若者だ。
 女性使用人の部屋があるほうから、寝間着の上体にショールを巻きつけたヴァイオラが走ってくる。その後ろには、シャツとズボンで軽装のサフィルと、さっき聞いた庭師のケビンが一緒だ。
「コハク様! なんやらおかしなことになっておりますえ! 銃を持った連中が大勢、城を囲んどります! さっき、わてらもこそっと見てきんしたが、どいつもこいつもならず者だらけで、まともなやつがおりんせん!」
「そんなバカな……!」
 ヴァイオラとコハクを中心に集まった使用人たちが不安にかられる中、また別のひとりが階段を駆け下りてきた。
「電話が通じません! たぶん、電話線をどこかで切られたんじゃないかと……!」
「コハク様、どうしましょう?!」
「急いで階上のかたがたに知らせろ! 一階は危ないから、いったん二階の……そうだな、窓のない衣装部屋へ。ほかの者は手分けして、一階の戸締りをできる範囲でたしかめて回るのと、寝こんでる使用人を起こしてきてくれ。毛布をかけて、冷やさないようにするのを忘れるな。ああ、なるべく灯りをつけるんじゃないぞ。着替えができそうな者は動きやすい服のほうがいいが、無理はするな。ヴァイオラは姫様とアリアドネを、サフィルはリッキーとパーシーのところだ。ケビンさんは自分と来てくれ。終わったら全員、衣装部屋に集まるんだ。では、行け!」
 コハクが号令すると、ヴァイオラをふくめた使用人の男性たちがいっせいにばらけた。

 昼間の約束どおり、リィンセルと同じベッドで眠っていたアリアドネは、星星のうなり声で目が覚めた。
「星星? どうしたの?」
 窓に向かって身を低くし、ぐるぐると恐ろしげな声をあげる雪豹の様子に、気を張りつめたアリアドネが、やすらかな寝顔のリィンセルを目下にかばいつつ、あたりの様子をうかがっていると、子ども部屋の扉が激しくノックされ、飛び上がるほど驚いた。
「アリアドネはん! すぐに姫様を起こして、衣裳部屋まで来ておくんなまし!」
 ヴァイオラの声だ。ひどく焦っている。
「なにかあったの?!」
「説明はあとで! 早よう!」
 ヴァイオラは言うだけ言い、足音が廊下の先へ走り去った。
「……リィンセル、起きて! 室内履きとガウンを着るのよ!」
「うぅん……まだ眠いわ……」
 いつもならぐっすり寝入った時間のリィンセルは、アリアドネに揺さぶられても寝ぼけ眼で、なかなか意識がはっきりしない。こういうところはたしかに子どもだ。
 ふにゃふにゃで正体のないリィンセルの体に、どうにかガウンを着せ、室内履きに両足をつっこませたアリアドネは、寝ぼけているせいでいつもより重い小さな体を腕に抱きあげた。
「さあ、星星もついてきて。リィンセルを守るのよ」
 用心深く扉を開け、すき間からヌラリと這い出た星星の白銀の肢体に続き、リィンセルを腕にしたアリアドネもそっと廊下へ足を踏み出した。
 ヴァイオラに言われた衣裳部屋へ駆けこむと、アリアドネたちより先に、ガウン姿のリチャードと、寝間着に軍給品の外套を着こんだパトリックが室内に潜んでいた。
「アリアドネ! 姫様もご無事で!」
「ねえ、なにが起こったのか分からないままじゃ、どうにもできないわ。説明してくれる?」
「長銃で武装した集団に、なぜか城が囲まれている。村に駐在の警官に知らせようにも、電話線まで切られたそうだ。今、コハクたちが使用人に指図して、どうにか手を打ってくれているところだ」
 リチャードは手短に言いながら、そこらじゅうに吊るされた衣装の中から冬物のローブを取り、アリアドネの肩にかける。
「勇敢な君も相当、焦っていたようだな。姫様をお守りするためにも、君は君で自分を大切にしなければいけない、アリアドネ」
「ありがとう。あなたのおかげで冷静になれたわ、リチャードさん」
 そこで、病人をかかえた女性使用人たちの集団が、幾人かの男性使用人とともに、衣裳部屋へなだれこんできた。
「みんな、無事だった?!」
「アリアドネさん! 窓のないこの部屋だったらひとまず安全だろうって、コハク様が。全員が集まったら、また別のご指示があるはずです」
「そうね……。パトリックさん、あなたの考えはどうかしら」
「軍人の僕から言わせてもらえれば、ここを囲んでる連中は荒事に慣れてるに決まってるし、侵入してくるのは時間の問題だろう。なんせ要塞とはわけが違う。どんなに厳重に施錠してたって、窓のひとつも叩き割れば簡単に入りこめる。ただし、連中が派手に撃ってくれば、銃声があたりの村じゅうに響いて、家でぐっすりの間抜けな警官もさすがに起き出すだろうね」
「助けがくるまで持ちこたえればいいってこと?」
「夜明けまでだいたい四時間弱だ。闇にまぎれての襲撃をたくらむ連中なら、日が昇る前に決着をつけたがるはず。それまでの辛抱だな。僕がなんとかしよう」
 腕の中のリィンセルがしっかと目を覚ます気配に、アリアドネの関心がそちらへうつる。
「……なんだか大変なことになったみたいね。ほかの人たちは大丈夫かしら」
「安心して。この夜を必ず乗り越えて、朝日を見せてあげるわ」
 すり寄る星星に気づいたリィンセルは、アリアドネにしがみつく細い腕を片方外し、銀星の縞模様がある額を撫でてやる。
 毛布にくるまれての移動を未明の時間に無理強いされた複数の使用人は、衣裳部屋の固い床に寝かされ、呼吸が苦しげだ。そのうちのひとり、まだ幼い少女メイのそばへ、リィンセルを抱いたアリアドネがにじり寄る。
「こんなことになって辛いだろうけど、なんとか持ちこたえてちょうだい。きっと助けるわ」
 寝汗に濡れた前髪を指ですくと、高熱で真っ赤な少女の顔がかすかにうなずいた。

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