人は誰しもが心に自分という大樹を育んでいるもの(ある日常の対話にて)

●こんにちは。昨日はお疲れ様でした。

>お疲れ様。昨日は面接どうでした?

●総じて楽しめたと思います、結果はどうあれ、自分ができることはやったと思うし。あとはご縁でしょうし、これからまだどうなるかわからないけれども。

面接を楽しめるのは、自分の持ってるものがあるからなのかもしれないですね。

>そうですね、あなたが思う以上に、あなたに魅力があるのはもちろんですし、あなた自身のまだ明確ではないかもしれないですが、核となる思いがあるからこそ、楽しめるんでしょうね。

●今日は特に予定もないので、お昼前に起きて筋トレして、昼寝して、適当にご飯作って食べましたけど、昼寝したことやご飯失敗しているのがちょっと気がかりです。

>そうした時間も必要でしょう。食事に関しては、ダイエットなど考えてのことかもしれないけれども、あまり無理せず、食べたいものを食べていいんですよ。

まずは何事も自分に対して許可しましょう。

振り返りはそれからです。

経験してから、振り返り、省みることがあれば変えていく。

何事もその繰り返しですね。

●食べたいものですね、、美味しいものが食べたい(今はお腹がいっぱいだけど)という漠然としたものしかないかなぁ。

結構、昔はお寿司が食べたいと思って安い回転寿司に一人で行って、結局食べ過ぎてあまり後味がよくないこともありましたね。

>食べ過ぎたという経験をあなたは得た、ということですね。自分に必要なものだけでなく、必要な量もあるということはとても大切なことでしょうね。

●食べたいものや、やりたいこと、そうしたことに対して、まだまだお金に対する意識や制約があるのが否めないですし、そうしたことについて改善策を見つけることが多いと思います。

そして時間もかかる。

仕事や資格で言えば、やっとやってみたいこと、目標の一つができたと思えても、お金がないことが自分の中でネックです。また、固定費、生活費、不足にどうしても目がいってしまいます。

>本当に不足なのでしょうか、確かにあなたはコーチングや心理学、そうした資格を取得し自分に箔をつけて、自信をつけたいと思っているかもしれません。

でも、資格があったら何事もうまくいくのでしょうか。それもわからないのが現実ではないでしょうか。

また、あなたは本当にそうしたことをやって生きたいかどうか、改めて見直す時間も必要なのかもしれません。

●行動しつつも待機。待機については、動かないこと(まぁ実際動いてないこともありますけれども)に対する不安というのがあるのも事実ですね。待機の先に、また一つ大きな気づきや幸せ、なりたい自分や行きたい場所があればいいのですが。

>待機について。なぜそれが出るのか、それはこれから先分からないことなりにもあなたは行動している上でわかってきたこと、経験したことがありますね。

それはそれで良いのです。

ただ、待機する心の姿勢があなたに必要なのです。

それはこの先どうなるか分からないことに対する不安を抱くのではなく、どうなるか分からないけれども、それでも自分は最高の未来を作れる、あなたはあなたであるだけで最高であって、その最高の自分が何をやろうと最高ですしこの先何でもできる、そうした自分自身に対する自信を持つことが何より大切なのではないでしょうか。

待機し先を信じる心の姿勢を、今は整えてください。

●確かに先ほどのお金のことも含めて、ないものに対して不安になり、現状に不満というか、いや、不満でしょうね、そうしたものを抱いているのはありますし、これでいいのかな、このままでいいのかなと、思ってしまうことはあります。

>先ほどの待機とつながっていますね、現状を肯定し待機せよ、その心の居座る場所が今あなたの中に、そして常にこれからもあるということを思い出しましょう。

●ありがとうございます。さて、今日はこれから、今午後もうすぐ4時になりますが、どうしましょう、、、暇というものを弄ぶのもまたあれですし。

>お昼寝はどうでした?ゆっくり休めましたか?

●休めました、とても心地よく眠れました。

>それはよかったです。体が求めることに素直に反応してくれたあなたに感謝します。

●こちらこそ、そのような時間を作って、そうしてくれた私に感謝します。

>運動もしっかりしてくれたことも、とても嬉しいです。

●私も、時間は遅かったけれども、体が温まりましたし、これからも継続して体脂肪を落とし筋肉量を増やして行きます、目指すは体脂肪10%。

>焦らないでくださいね、常に変化はしつつも、それは時に水面下です。まずは自分を信じて継続しましょう。

●ありがとうございます。お金についてまたお話してもよろしいですか?

>どうぞ。

●お金について、お金はエネルギーだとか、感謝だとか、道具だとか、また罪悪感や劣等感に影響されるなどいろいろ聞いてきました。

私もそうだなと思うこともありつつも、今はお金が思うように使えない、手元にあまりないという現実があります。

またこれから先、当面支出に対し収入が追いつかないのは明らかなので、どうしたらいいかと考えると、焦りますし、何とかしたいと感じます。

>お金について、お金があると、あなたはどうなりますか?

●お金があると、安心します。まずは。

先日も、預金が思っていた以上にあったことは、正直ほっとしました。

それは、額が危惧していたレベル感とのものでそうした安心感が生まれたというのもあります。

>そうですね、お金はあなたにとって、安心を与えてくれるありがたいものなのですね。

●お金があるとまずは安心できると思います、安心したいというのがやはりありますし、自分が心地よい生活をしたいというのもあると思います。

>今は心地よくないですか?

●心地よいと思える時もあれば、やはりどこかで不安を覚えることもありますね。

>お金に対しての不安ですか?

●お金に対しての不安です。こうした思いをしないほうが良いのはわかっていますが、どうしても、お金があれば資格を取れたり、講座をいろいろ受けたり、自分の可能性が広がるだろうし、食事や生活、住まい、奥さんに対する貢献、家族に対する恩返しや返済、いろいろなことができるのにと思います。

>今お金を使って一番したいことは、あなたにとって何なのでしょう。

●お金を使って、したいこと。。。そうですね、お金があったらやはりコーチングやNLPを申し込みたいと思います。

>それはやりたいことだから、だとおっしゃってましたけれども、それを体験したことであなたはどのようになりますか?

●私はそうしたことを体系的に学ぶことで、セルフイメージの向上が可能となるでしょうし、何が自分を責めたり阻害しているのか、また自分がどうして行きたいかをさらに深堀することができるのではないかと思います。

また、そうしたことを学ぶことで、自分が誰かに対してより、貢献できる人間になれるのではないかと思います。

>そうした自分になったら、あなたは何を感じるのでしょうね。

●私はおそらく、そうしたことを学び経験することで、まだ経験していないので何とも言えないですが、自分は成長していると自信を持てるのかなと思います。

またそうした資格を持つことで、自分は先ほど申し上げたように自信をよりつけられるんじゃないかとか、対外的に見ても、見栄えが良い、信頼の一つになるのでは、自分自身のパーソナリティの一つになるのではないかと思います。

>そう思う、ということは、今の自身に対して、やはり不足感があるのではないですか?

●自分に対して、不足感があるから、こうして悩んでいるのではないでしょうか。

自分に不足感があるから今の不足した現状がある、これまでの選択の結果とは言え、社会に対して不足しているものが自分にあるから、社会で満足に生きられない。私には生きづらさが常にありました。

今もあります。

敏感だとか繊細だとか、内向的だとか、しょうがないと思うこともある、でも何でこんなに不安にさいなまれたり、不足感、自己嫌悪、劣等感が生まれるのでしょうか、それは、収入も、キャリアも何もかもが不足しているからじゃないんですか?自分は社会に対して足りない存在である。

だからこの程度の生活、悩む現状があるんじゃないですか、満たされていたら、私が社会に対してもっと価値や力があれば、もっと収入もあって、人を動かし、影響をたくさん与えることができるんじゃないか、資格も何でもいい、欲しいものが今ないからこんなに社会に対して生きづらさを感じてきたのではないでしょうか。

>劣等感、不足感、そうしたことを感じているのですね。おそらく、あなたにはあなたのなりたいと思った大きな姿があるのだと思います。

確かに大きな夢と現実の相違、そうして歩んできた道が今というものであることは間違い無いでしょう。

●そうです、だからといって過去を全て後悔したり否定しているわけではありません。

音楽で生活が成り立たなかったり、仕事が続かなかったり、妻に暴力振ったり、両親に反抗したり、お酒に逃げたり、それはそれでよく無いことをたくさんしてきたと思います、でもどうしようもなかった、自分では精一杯頑張った。

もっとできなかったのか、何でそうなったのか、何でこうなってしまった、そう言いたくなる自分もいると思います。

でも、私は私なりの道を歩んだんです、どうか責めないでください。

>大丈夫ですよ、誰もあなたを責めたりしませんから。まず安心してください。

●御免なさい、いつもそう、自分の中で何かが足りない、何かが違う、そう思ってきた。

>違和感を感じることは、大切ですね。

●でもそれを感じながら、どうしたらいいのかわからず、周りに依存してきたと思います。

>なぜそう思うのですか?

●自分のことを責める自分もいるけれども、本当は他人を、社会を責めたかったんだと思います。なぜわかってくれない、なぜ生かしてくれない。誰に対してぶつけることもできない、そんな感情、甘え、、

でも訴えられない、嫌われる、怒られる、おかしいと言われる、そう思うし誰に訴えたらいいのかすらわからない、だから

>自分を責めてきたのですね

●本当は責めたく無いのに、やり場のない、何もできない、そんな無力感や虚無感をどうすることもできずにいました。だからそんなものを生み出してくれる自分に対して一番責めてきた、んだと思います。

>頑張ってきた、そう思う自分もいれば、何でこんなことしてきたんだと思う自分もいるんですね。

●でもどうしようもなかった、やれることはやってきた。

>それに対して、あなたが思う社会や他人からの答えが、求めているものと違った

●そう、そうやって他人、社会、自分以外のもののせいにする、そしてそんなことをいう自分を責める、そうしたループが存在している。

>そんなことないですよ?と誰かに言われても?

●誰かに言われても、この現実がそうしたループの証拠じゃないですか、そう思います、誰かに認められても、受け入れられない。

>確かに、過去の選択や行動の結果が今であることに変わりはないのでしょう。どんなことを積み重ねてきたとしても、今あなたはあなた自身を受け入れられない自分がいる。

そうしたものを作ってきたのは

●>私自身

●そう、だからこそ、わからない、抜け出せない、答えが何なのか知りたくなる、自分はこのままでいいのだろうか、このままでないとしてどうすればいいのだろうか

>そうして人は時に占いなど見えないものに対して、他人の口から出るものに手を伸ばしたくなる、そしてまた自己を構築し直そうとする。そこに対して、そのプロセスに対してあなたは何を感じますか

●怖い、と思います。

>なぜ怖いのでしょう

●それは結局、自分ではないから、なのかもしれない。私というものは、結局のところ、誰かのものである、誰かに作られた自己しかない

>だから虚無感や無力感を感じる

●そう、そして、そうしたことを感じず社会で強く生きる人たち、確固たる自己を確立している人たち、輝いて見える人たち、裕福な人たち、満たされた人たちとの差に愕然とし、劣等感を持つ。

そして、そんな自分に罪悪感を感じる。

>あなたにはそうした原罪のようなものに対する美学が根底にあるのでしょう。そうしたサイクルに生きる人の姿、そこから脱すべく苦しみながらも手を伸ばし続ける姿にあなたは美しさを感じる。

●そうかもしれません、救われたい、救われない、救われるために何かを求め続ける

>それが例えば、今のあなたでいう資格やセミナー受講のようなものなのかもしれないですね。果たして、それを例えば手にしたとして、あなたは救われるのでしょうか

●わかりません、もしかしたら、そうした経験を積んでさえ、埋められない何かが待っているのかもしれない、でも、それをすれば、少なからず自己否定やそうした負のループ、不健康な美学に苦しまなくなるのではないだろうかとも思います。

>今、苦しいですか?

●少し楽になっています。

>何かを求め続ける、その姿は、確かにある側面からすれば勇ましく、美しいのかもしれません。

ですが、正解のないこの世界で、何かを求め続けることに対して、あなたが見ているものが果たして正解となり得るのか、それすらもわからないのが現実です。

あなたは、空へ伸び続ける樹の上にある果実を手にしようとしているのかもしれません、そのために樹に登り手を伸ばす、でも果実をつけた枝も同じように伸び続けている、あなたは時に滑り落ち、また登る、遠くにあるあの果実にまた手を伸ばそうとする。

日の光に目がくらみ、果実が霞んで見えるかもしれない。その果実さえ手にして食せば、潤う、満たされると。

ですが、

あなたは本当に乾いていて飢えているのでしょうか。

あなたは何かを摂取することで満たされるのでしょうか。

本当に手にしたい、感じたいものはその枝の先にある果実ではなく、潤いでもなく、その樹に咲く花たちなのではないでしょうか。

あなたが求めているもの、それは芽吹いた先に美しく咲く花々なのではないのでしょうか。

そして、あなたは今、その樹を登るように生きていると言いますが、それは錯覚なのかもしれない。

本当はあなたが樹そのものであると。

●私自身が、樹そのもの。

>あなたはその果実に手を伸ばし、手にして満たされることを願っている。あなたはその追い続ける姿を美しいと感じる。

でもそれは永遠に手に入らないかもしれない、幻想かもしれない、幻想でなくともすでに虫に食われているかもしれない、あなたは満たされたいのではなく、そもそも美しさを求めている。

なぜか、あなたがあなた自身の美しさに気付けていないから。

あなたは勇ましさを求めている。

なぜか、あなたがあなた自身の勇ましさに気づいていないから。

あなたは手を伸ばし続けている、あなた自身が樹そのものであることに気づいてないが故に。

●だから、手を伸ばし続けても果実を手にできない、そもそもその手は自分の枝であり、私自身が樹であるから。

>あなたは、美しい樹であり花をつけています、あなたには見えなくとも、私からはそのように見えます。

これからのあなたの咲く花は、より多く美しく永遠に咲き誇る、そのように感じます。

またあなたは大きく伸びている。それはあなた以外のものからたくさんのことを得ているから、それも含めてあなたとなる。

●だから、本当は感謝であふれている、ただ自分が盲目になっているだけ。なのかもしれない。

>あなたという大樹を見守りましょう、それをどうかあなたの中に据えて、大切に育んでいきましょう。あなたの美しさや勇ましさに、私はいつでも感謝しています。

●私も改めて、感謝しようと思います。

>今日も佳き一日をお過ごし下さいね

●ありがとうございます。

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