やるか、やらないかだ。やってみる、なんてものは無い。

表題は、スターウォーズ・エピソード5というSF映画の中のセリフである。ジェダイの騎士というスーパーマンになるために修行する主人公ルークが、師匠から出されたトレーニング課題について、「やってみます」と言ったのに対し、師であるマスター・ヨーダが言うのである。原文の英語ではこんな感じ。

Do, or do not. There's no try.

試しにやってみる、などという半端な気持ちでやるなら、やるな、と言っているのだ。試しにやってみる、なんていう気持ちでやるものは、所詮、その人にとっては真になすべき重要なことではないだろうし、仮に重要なことであったとしてそんな気持ちでやっても達成できるわけがない。それだけの意味が込められている。さすがは、マスター。言うことが違う。簡にして要を得ている。

現代社会は、「やってみる」があふれているのではないかと思うことがある。あらゆるところで、あらゆる人が、あらゆることを、試してみている。そうして、それが良いことだと思われている。人間にはあらゆる可能性がある。やってみるに越したことはない。やってみて失敗しても、失敗は成功の母、次に成功するための糧となる。

まことに結構な話だけれど、気楽にやってみては気楽に失敗して、また気楽にやってみては今度は何となく成功してみたいな生き方は本当に面白いのだろうか。恋愛で言えば、気楽に好きになって、気楽に告白して、ある時は成功して、失敗したときは、「なあに、女(男)なんて星の数ほどいる、次、次!」と別の人にまた告白する類ということになるが、わたしなら、まずもってこういう手合いと付き合いたいとは思わない。

成功か、しからずんば死か。……まあ、失敗イコール死ということにすると、一度しか失敗できないことになるので、大分、窮屈なことになるかもしれないが、たまには、そういう気味合いでやってみれば、やろうとしていることが果たして大事なことなのか、大事なことだったとして、成し遂げるためにはどうすればいいか真剣に考えるようになる。失敗イコール死という気持ちで、一度、物事について考えてみることをお勧めする。なに、もしも考えようとしてそう考えることに失敗したとしても死ぬことはないから安心しなさい。

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