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長野県の山奥の里に伝わる、祭りの儀式の歌

夏休み明け、カワシマは肌の黒さ加減からすると相当夏を満喫したようだ。イガラシも夏を楽しみはしたが、カワシマのような楽しみ方ではなかったため肌はそれほど黒くなってはいない。

2ヶ月学校に行くことはなくても前期座っていた席に無意識に向かっているイガラシにカワシマは振り向いてニコッと笑った。

イガラシはカワシマに話しかける。
「すっげえ日焼けだな、ハワイにでも行ってきたのか?」
「ハワイかあ、行きたかったなあ。ていうか、そんなにひどいか?俺の日焼けは」
「ああ、土産をたかろうかと思ってたのに残念だ。ハワイじゃないならどこに行ってきたんだ?」
「俺の祖父母が長野にいてさ、親の帰省について行くのが夏休みの恒例なんだ。まあ、と言っても海もないし田舎だし、爺ちゃんの畑手伝ってたらえらい焼けたよ」

想像していた方向とは違う焼け方だった、カワシマのことだから相当遊んだ夏休みだと踏んでいたがまさかだな、とイガラシは面白がって話を続ける。

「長野か、行ったことないな。近くの県にも縁はないし、思い浮かべるのは、スキー場とか?あとは……姥捨山って長野だっけ」
「それだけかよ…」と、カワシマは苦笑しながら言った。

「民俗学だっけか、そういうの。そうだなあ、案外この話とか他県の人にとっては珍しいのかな」
「おっ、この話ってなんだよ。教えろよ」

なんだか少し笑みが消えたように見えたカワシマは上手く笑みを取り戻し、聞いて後悔すんなよなんて言った。イガラシはこの手の話が好きでそれほど身構えず聞き始めた。

「話っていうか歌なんだけどさ」


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いっせーせーの よいよいよい
草野仁が里に来る
筋骨隆々大男
酒を開けよか 餅つこか
可愛い我が子も差し出そか
うちの姉さはどこいった
草野仁に食べられた
草野仁は落っこちた
地獄の亡者も食べられた
ぽんぽん仁が突く鞠は
愛し姉さのガシャドクロ
観音様は御冠 (おかんむり)
草野仁を木に変えた
この木なんの木 気になる木
名前も知らない 木ですから
名前も知らない 木に なるでしょう

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「爺ちゃんが教えてくれた村に伝わる儀式の話に纏わる歌なんだ、初めて聞いたときはおかしな話だと思ったけど夏祭りにやる儀式にそっくりなんだ。昔から伝わる歌だっていうのに草野仁なんて馬鹿げてると思うよなあ。でも今ならこの歌のことを考えると、草野仁が如何に危険かハッキリと分かる。これは明らか。明らかなんだよ。最近テレビに出てるのを見ないのはもしかしたら関係あるかもしれねえぜ。あと最後の観音様が木に変えたって件、あれはきっと比喩だな、名前も知らない木になるんだ、分かるだろう?不思議そうな顔してるな、うむ、確かにこれには二通りの考え方があるな。でもどっちにしろ草野仁の無力化で考えは収束するはずなんだ。それだけ名前っていうのは権威として機能していたんだろうな。だけどな、俺にはイマイチわからないところがあるんだ。それはこれが罰としての象徴かどうかなんだよ。幼い頃は、草野仁みたいなことはしちゃダメよなんて親に言われたり、世界ふしぎ発見!で没収される仁くん人形を見ては天罰よって親に言われて育ったもんだから疑問に思ってなかったんだが果たしてこれは観音様が下した罰なんだろうか。怒ったといえども観音様はただ抗いようのない天罰を下すんだろうか、草野仁には慈悲は無かったんだろうか、お前はどう思う?」


その日から、カワシマとは疎遠になった。


【出典】アルコ&ピースANN コーナー名「家族」
    サイコメールまとめより抜粋
    ラジオネーム:二階角部屋






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