1-9 偽りのアリバの目覚め
俺たちはまず、食品売り場コーナーをまわってみた。
このあたりはどこのスーパーも変わらない。かごを下げたおばさんたちが、ゆうげの買い物を楽しんでいる。
騒ぎはまだ全体へは広がりきっていないようだ。
「ハヤト。あれ」
ナミが指さしたほうには、見慣れない栄養ドリンクの試供品が並べられていた。
「ココロにツバサを。アシタにユメを。『レッツ・プル』……?」
へんなコピーが書いてある。新発売のエナジードリンクらしい。
「ちょうどいい。もらっておこう。これ、きっと役に立つよ」
全部で五本あった。
試供品を独り占めするのは気が引けるが、非常事態だ。仕方ないだろう。
マユの姿はない。
ナミの話によると、ナミには悪意を発見するレーダーのようなものが備わっているが、超強力な悪意であるマユは、自分の気配を消すことができるらしい。
あれ以来、マユの『脳内放送』もない。
俺たちはさらにアピロスの中を捜索する……。
アピロスは、専門店街とスーパーとの二ブロックに分かれている。
一階には出入口がいくつかあったが、そのすべてが防火シャッターで閉鎖されていた。
上は四階まで。最上階には『屋上遊園地』なんてもんがあって、大きくはないものの観覧車まである。
騒ぎは、下から少しずつ少しずつ上階へと伝播していっている感じだ。
大勢のひとが、不安げにうろうろし、小走りに駆けていく。
紳士服売り場に行ったとき、突然、マネキンが動き出した。
「ナミ、危ねえ!」
マネキンが繰り出した腕から、とっさにナミの身体をかばう。
「ちょ、ちょっと! どこ触って……!」
「ナミ……。悪意って物にも憑依すんのか……?」
「いや! これは……マユが操ってるんだよ!」
「やれやれ、かくれんぼの次は鬼ごっこか! ぶっ壊してやるぜ!」
緩慢に動くマネキンに拳を叩き込む。
人間相手じゃないから、遠慮はいらねえ……!
さらに、ローキック。ミドルキックをお見舞いする。
マネキンは腰のあたりからへし折れて、動かなくなった。
「なんだ。意外に手応えねえな」
(クスクスクス……)
突然、マユの笑い声が脳内に響いた。いきなりやられると、心臓に悪いぜ……。
(こんどはもっとくふうしなくっちゃ。がんばってね。お兄ちゃん)
「くそ。遊んでやがるな」
その後も、時々動き出すマネキンをぶっ壊しながら俺たちは進んだ。
『遊び』と称するマユがいかにも居そうな、ゲーセンや本屋、おもちゃ売り場なんかを調べるが、見つからない。
四階までをひと通り調べたあと、俺たちは一階へ戻った。
今や、アピロスは大混乱だった。
店内放送で、防災シャッターが制御不能になったことが告げられた途端、パニックが発生した。
『慌てないで落ち着いて行動してください』なんて言われたって、そりゃ無理だろ……。
客たちは我先にと一階へ殺到していた。出口は一階だけだから無理もない。
でも、上階に行くほどひと気がなくなって、捜索はしやすかった。
「あとは。屋上遊園地だな」
「遊園地?」
「ああ。アピロスの屋上は遊園地になってるんだ。考えてみりゃ、そこが一番クサいよな」
「行こうよ」
しかし、エスカレータも階段も混乱した大勢の客で埋まってしまっていて、まるで身動きはとれなさそうだ。
「まいったな……上に行けねえ」
「他にルートはないの?」
「そうだ。エレベータを使おう」
エレベータも混雑していたが、幸い、立ち入り禁止のフロアにある従業員専用のやつは、誰も使っていなかった。
関係者以外立ち入り禁止のドアからズカズカ進む。
ナミは別に止めたりもしなかった。
ここで変に「勝手に入っちゃダメだよ!」とか言うような生真面目なタイプじゃなくてよかったぜ……。
ボタンを押す。
チン。
しばらくしてエレベーターが到着した。
ナミが乗り込み、自分も乗り込もうとした瞬間、(クスクス)とマユの不気味な笑い声が耳に響いた。
「!? 待て!」
「え」
ナミを抱きしめ、エレベータの外にジャンプした。
ブッという不気味な音がして、ワイヤーの切れたエレベーターは闇に吸い込まれるように、アッサリ落ちていった。
少し間を置き、すさまじい音と衝撃。
(あっれー。ざんねーん。もうちょっとだったのにー)
「……………………!!」
床に倒れ、ナミと抱き合ったままの俺の脳裏に、無邪気なマユの声が響いた。
「………………冗談じゃねえ……」
「……ハヤト……?」
俺の腕の中でナミが顔を上げる。前髪がハラリと顔にかかっている。
「……乗ってたら……たぶん死んでた。……イタズラの域を、越えてやがる……」
ナミを離し、立ち上がって俺は天井をにらんだ。
あたかも、そこにマユが居るかのように!
「もう……お尻ペンペンじゃあ、すまねえぜ! マユ!」
(おこったの? こ、こわくなんかないよ!)
戸惑ったマユの声が響く。
今や、俺にもはっきりと感じる。マユは上だ! 屋上だ!
がしゃがしゃん!
突然、通路の防火シャッターが落ちてきた。
(お兄ちゃんはもうそこから出してあげない!)
がしゃがしゃん!
俺の前後が重たいシャッターで閉じられる!
「どけ!」
拳を放った。
ばがんっ。シャッターがぶっ飛んだ。
「え……!?」
俺の目の前に、次々と防火シャッターが降りてくる。
「邪魔だ!」
俺はそのシャッターをぶん殴って破壊する。
「……うそ……」
ナミが何か言ってるが、俺の耳には入らない。
「……許せねえ」
身体の中に、マグマのように熱い何かが漲っていた。
拳が、全身が、熱い。
「……マユは本当に優しい子なんだ」
「……………………」
「なのに、マユに、誰かを殺させようとしやがった。こんなことさせて、一番傷つくのはマユなんだ!」
「…………ハヤト……」
「これが悪意のせいだっていうんなら、俺は悪意を許さねえ……!」
唖然とした顔のナミを横目でうながし、非常階段へと走る。
「マユのところへ行くぞ!」
螺旋状の階段を駆け上がっていると、逃げ遅れたらしい客の青年と、大柄な中年のガードマンが、いきなり立ちふさがった。
様子がおかしい。目が赤い。
「フシャルルルルルルルウウウウ」
ドス黒い吐息。悪意か!
そのままの勢いで、ガードマンを殴りつけた。
信じられないほど身体が軽い。頭の中でイメージした通りに身体が動く!
俺のパンチで、悪意ガードマンは簡単にぶっ飛んでいった。
「やっぱりだ! ハヤトに……」
はあはあ言いながら追いついてきたナミが何かつぶやいた。
客の男がわけのわからない喚き声をあげて襲い掛かってくる。
ガツン!
まともにパンチを食らったが、たいしたダメージは受けていない。
反撃のパンチを放つと、客は、マンガみたいにぶっ飛び、壁に激突して動かなくなった。
「……アリバだ! アリバが宿ってる!」
(へえ。すごいチカラだね)
せせら笑うようなマユの声。
(でも、そんなのじゃ、マユはたおせないもん)
「倒す? ……お兄ちゃんはマユを倒すんじゃねえ」
(……じゃあどうするの?)
「救うんだ!」
(…………)
「俺はお前を絶対に助ける! 待ってろよ、マユ!」
(…………まってる)
ぷつん。脳内放送は切られた。
たぶん、これが最後の脳内放送だと直感した。
「行くぞ! ナミ!」
屋上へ。
マユの待つ、屋上遊園地へ!
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