1-6 陰謀の店【セーブカンパニー】
中に入るとすぐに、首にスカーフを巻いた極上の美人が、愛想よく話しかけてきた。
DMを見せて名乗ると、にこやかに奥へと通される。
クーラーも快適に効いているし、この特別待遇は悪い気しないぜ。
でも、案内された席も、どう見てもケータイショップのカウンターだ……。
「担当のものが参りますので少々お待ちください」
柔らかな声で告げられる。
ふわりとした巻き毛といい、大人びた色っぽい顔といい、迫力満点のボディといい、
「あなたが担当でお願いします!」とノドまで出かかった。
「お待たせしました。担当の広井です」
奥から出てきたのは、なんだか若々しい女の子だった。
ショートカットがキュートだが、さっきのスタッフのようなゴージャス美女じゃない。
どっちかといえば、子供っぽくて、体型も凹凸が少ないぜ……。
けれど、顔は文句なしに可愛いし、なによりニコニコしてて、すごく性格がよさそうだ。
「弊社ではお客様の人生をあるポイントにおいて保存致します。そして、回数に制限はあるものの、その箇所からやり直すことが可能です」
「そんなことができるなんて、夢のような技術だな。いったいどうやって?」
「かいつまんでご説明しますと……」
ぜんぜんかいつままれていない小難しい説明が続いたが、ほとんど聞き流した。
文系の俺は、科学的なことは理解のハンチュウにないぜ……。
それでもかろうじて耳に残ったのは、
物理学、心理学、医学、工学、計算機科学という各分野のトップが集まり、福岡市からばく大な資金援助されて実現した、最先端の技術
……なのだという。
「そんなものすごい研究を、どうしてカンパニーなんかでやってんだ?」
どう考えても、カンパニー……民間企業の手掛ける事業とは思えないぜ。
「セーブに関する研究は、あまりにも広範多岐な分野をまたぎます。そのまま官で研究しようにも、それぞれの担当領分間での調整というか、足並みの統一が困難ということが現実問題でした」
「ああ。つまり、縄張り争いで、足を引っ張り合うわけか」
身もフタもない俺のひと言に、広井さんは「たはは」と苦笑する。そんな顔は、女子高生みたいに初々しい。
「それで、半官半民の会社を設立し、各分野のトップやエース格の研究者が出向という形で集まり、横の繋がりとして包括的に研究することで実現した技術なんです」
「にしても、セーブカンパニーって……もうちょっとネーミングセンス、なんとかならなかったのかねえ」
俺はカウンターの上のご立派なパンフをつまみ上げた。
センスの悪い保険の営業用パンフにしか見えない。
広井さんはまたもや「たはは」。
うんうん。可愛い。
さっきの、ボンキュッボンの妙齢美人さんもよかったが、この広井さんって不思議だ。いつまででも話していたくなる。
きっと表情や反応が素直だからだろうな。
「しかし、そんな最先端の技術のモニターが俺だなんて光栄だねえ」
「選考基準はワタクシにもわかりかねますが、単純な確率で言っても、福岡市の全人口でたったひとりですから、宝くじなみかもしれません」
「しかも、タダ?」
「むろんです」
案内されるまま、書類に記入したり、指紋や網膜という生体認証登録をしたり(こんなの初めて見たぞ。さすが最先端)して、登録は完了。
肝心のセーブは、広井さんがノートパソコンをパタパタ操作するだけで、拍子抜けするほどアッサリ終わった。
いいのか、こんなので。
「これで……俺の人生がセーブされたの?」
「ええ。問題ありません」
「んで、その担当は広井さんひとりなの?」
「基本的に、専属の担当者は一名です。メンタルケアや機密のセキュリティが理由です」
……まあ、俺の人生を丸ごと覗かれるわけだもんな。そりゃ、大勢に見られるのはご勘弁だぜ……。
……て、ちょっと待て。覗かれる!?
ってことは……アレもコレもソレも全部見られちまうってことじゃねえかっ!!
「ちょっと待ったあああああーーーーーー」
俺の大声に、広井さんは目をぱちくり。
例のグラマー美女や、きりっと背の高い別の女性店員なんかも、何事かとパーテーション越しにこっちを伺う。
「お、お、俺の私生活丸見え!? 俺のプライバシーは!? 俺のプライベートは!?」
「あ、あのあの、そのその」
俺に気圧された広井さんは慌てて書類をペラペラ。
「あ、ご、ご安心くださいっ! 『被験者』のプライベートに関する映像には、防護処理が施され、第三者には閲覧できないと、ココに書いてあります!」
「そ、そうか」安心したぜ……。
ふと、ナミを放ったらかしだったことに気づいた。
やべえ。もう三十分以上話しこんじまった!
こりゃ、ナミの雪女のような顔が般若になっててもおかしくねえな。
「セーブも終わったみたいだし、俺はそろそろ行くよ」
「は、はい。あの……ちょっと……」
広井さんが声を落として俺に目配せした。
「じつはアタシ、まだ新人なんです。ほんと、つい最近なんですよ。バイトの面接受かったの」
「ば、バイト……!?」
福岡市のトップレベルの頭脳が集って実現した最新鋭の技術って話はなんなんだ!?
バイト使ってんのか、セーブカンパニー!?
「……だから、いろいろ不慣れだし、マニュアルだけはなんとか頭に叩き込んだって感じなんです。ていうか、なんでアタシみたいな新人がこんな大役を任されたのかも不明で……」
「俺だって、なんで自分がそんなサービスのモニターに選ばれたか、全然わかんねえよ」
「なんかアタシたち似てるの」
広井さんは、共犯者めいた親密な笑顔でクスッと笑った。
「そうかもな。なんか、運命的なモン、感じちまうな」
「う、うんめい……!? う、運命だなんて、そんな……」
「あ、いや、そんな大げさに受け取らなくても……」
あ。いかんいかん。さらに五分くらい経っちまった。
どうも、広井さんとは話が弾むな。運命ってのは言い過ぎにしても、俺たちって相性いいのかも。
「んじゃ、広井さん。また来るよ」
「は、はいっ。またのご来店お待ちしてまーす!」
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