1-3 鴻巣山展望台 ~戦闘~

 闇の中から現れたのは、犬を連れた散歩のオッサンだった。

「……オッサンかよ!」

 驚かせやがって。心臓がバクバク言ってるぞ。
 波平ハゲ、よれよれの白のランニングシャツ、下はステテコ、足元はツッカケという夏のオッサンの伝統的スタイルだ。
 性格の悪そうな柴犬を連れたオッサンは、

「フシュルルルルゥ」

 ……と気味の悪い唸り声を上げた。

「……酔っぱらってんのか? このオヤジ」

「ただの一般人はすっこんでて!」

 ナミは鋭く言って俺とおじさんの間に割って入った。
 油断なく身構え、怖い目で相手をにらむ。

「お、おい。こんなオッサン相手に、なに殺気だって……」

「フシュルルルルゥ!」

 突然おじさんがナミに襲いかかった!
 拳を振り上げ……殴りかかる!
 ナミは、均整のとれた細身の身体にふさわしい動きで、身軽にその攻撃をかわすと、素早く後ろにジャンプして間合いを取った。
 右手の平を頭上に掲げ、透明なボールでも投げるみたいにオッサン目がけて振り下ろす!

アリバの剣よ! 敵を討て!

 とびっきり可愛い、しかも不愛想なくらいクールな女の子が、突然そんな恥ずかしいセリフを堂々と叫んだ。
 でも何も起こらない。
 シーン。
 そんな効果音が響きそうなほどの沈黙。

「あ、あれ!?」

 ナミが初めて人間的な、戸惑った声を出した。
 慌ててもう一度同じように右腕をオッサン目がけて振るう。

「アリバの剣よ! ちゃんと敵を討てえーーー」

 シーン。またも同じ効果音。
 俺はもちろん、オッサンもなんだか固まってしまっている。
 ナミは、キッと怖い顔で宙をにらむと、

「アリバの剣よ! いいかげん、さっさと、言われたとおりに敵を討てえええ!!」

 ヤケクソのように叫んだ。でも結果は同じ。

「う、うそ……そんな……力が……出ない」

「なんかキサンッ! その態度はッ!」オッサンが気色ばんだ。柴犬がギャンギャン吠えた。「年長者をうやまわんかキサンッ!」

 コテコテの博多弁で叫んだオッサンは、呆然とするナミに猛然と突き進み……ゲンコツをナミ目がけて繰り出した!

「!?」

 ナミはとっさに両手を交差させてガード。
 だが、受けきれず、そのまま冗談みたいに派手にぶっ飛んだ!
 細い身体がゴロゴロ地面を転がる。きゃあ、とナミは悲鳴をあげた。女の子の悲鳴だった。

 ドクン!

 その瞬間、胸に痛みが走った。
 頭の真ん中に血が溜まっていくような感覚。
 一瞬、何か忌まわしい光景が脳裏をフラッシュバックした気がしたが、それがなんなのか理解出来ないまま、俺の中で、真っ赤な炎のような『怒り』が爆発した。

「てめえ! ナミに何しやがる!」

 仁王立ちするオッサン目がけて飛びかかった。
 頭が真っ白になり、全身が燃えるように熱い。
 何もかもをぶち壊したくなるような暴力的な衝動に身を任せて、全体重を乗せた拳をオッサンに打ち込んだ!

 ボグンッ。

 ゴムを巻いた電柱でも殴ったような妙な手応えで、オッサンのヒョロイ身体はそのまま数メートルぶっ飛んでいく。
 ふと冷静になった。
 しまった! やり過ぎたっ。
 フルパワーでぶん殴っちまった……!
 やべえ。オッサン、死んでねえだろうな……?
 だがオッサンはすくっと立ち上がると、真っ赤な目で俺をにらんでくる。
 死ぬどころか、ピンピンしてやがる。
 おまけに、なんだ、あの赤く光る目……本当に人間か?

 まごつく俺に、オッサンは思いのほか早いスピードで間合いを詰めてくる。犬がギャンッと剣呑に吠える。ア然とする俺の頭を、オッサンのゲンコツが襲う!

「この鉄拳ば、食らわんかキサンッ!」

 がごンッ!
 頭上に鉄骨でも落ちてきたような衝撃! 目の前で星が散る!
 一瞬意識が飛びそうになったが、かろうじて踏み止まった。
 な、な、な、なんだこのオヤジの力はッ! プロレスラーにでも殴られたみたいだ!
 くそっ。俺もすぐに態勢を立て直し、今度は本気でオッサンと相対する。

 すばやく呼吸を整え、
 拳を目の高さに、ひじを軽くしめ、
 膝を柔らかく曲げて重心を少し落とし、
 体重を気持ち後ろに。
 俺の通う拳法道場『厳冬流』の構えだ。

「無敗の白帯、ナメんな!」

 スッと前にステップ。左、右のワンツーから、右のローキック。
 厳冬流は、パンチキック投げ技ありの総合格闘術だ。ちなみに無敗の白帯ってのは……今は説明する暇はねえっ。


 ガッ! ゴッ! ボグッ。
 オッサンの動きは鈍い。全弾まともにヒット。
 だが、やはり固いゴムのカタマリ殴ってるみたいな妙な手応えだ。
 ぶうんっ。
 オッサンの強烈なゲンコツが、とっさに動かした俺の顔スレスレを通り過ぎる。
 少し力をセーブしたとはいえ、格闘技経験者のコンビネーションまともに食らって、全然応えてねえのかよ!?

 さらにオッサンが追撃。
 俺の本能が、瞬時にその攻撃の気配を察知した。
 同時に、またも胸の中で妙な衝動が弾ける。それは、ドス黒い、『殺意』にも似た何かだった。
 集中した俺に、オッサンの攻撃はスローモーションのように見える。
 カウンター。
 殺すつもりの本気で。放つ。
 ガゴッ!
 俺の渾身のストレートは、まともにオッサンの顔にめり込んでいた。
 中肉中背とはいえそれなりに筋肉質の俺の一撃だ。ヒョロいオッサンに本気でブチ込んだらただじゃ済まない……はず。
 なのにオッサンは、

「……んあ? ありゃ、ここはどこか?」

 ……毒気を抜かれたような顔で、ぽかんとしている。怪我らしい怪我もない。むしろ、殴った俺の拳の方が痛ぇ。

「はあ……はあ……なんだ、このオッサン……?」

 若さと勢いでなんとか勝ったが、おじさんのパワーは見た目からは想像も出来ないほど強烈だった。
 おじさんは、「ワシなんばしよっと?」と首を傾げながら、ギャンギャン騒ぐ犬と闇の中に消えていった。どうも、自分がいきなり暴れだした事も覚えてないみたいだ。

「そ、そうだ……ナミ……」

 ナミは、夜の冷たい地面にペタンと座り込み、ひどく真剣な顔で俺を見つめていた。

「だ、大丈夫か!?」駆け寄る。

 ナミは何も答えない。闇の中に浮かぶ白い顔は、何かを考え込んでいる表情だ。

「今のオッサンなんなんだ……」

 ナミは焦点の合わない瞳で低くつぶやいた。

「……悪意

「あ?」

人の心に…………棲《す》まう闇…………

 そうつぶやくと、ナミは気を失って倒れてしまった。

「お、おい!」

 あくい? ひとのこころのやみ?
 意味がわかんねえ。
 でも、とにかくナミをなんとかしないと。

 俺はナミを背負うと、鴻ノ巣山の遊歩道を走った。
 開かれた展望台まわりと違い、うっそうとした樹々に覆われた山道は真っ暗だ。でもまあ、ここらへんは俺のポケットのようなものだからな。目をつぶってても歩ける。

 ナミの正体。
 いま、何が起こっているか。
 さっきのオッサンはなんなのか。
 何ひとつわからないが、ナミをこのまま放っておくわけにゃいかねえ。
 無傷とはいえ隕石の落下でどうやら気絶したらしい俺を、膝枕して介抱してくれてたようだしな。
 愛想悪いし、口調も冷たいし、なんかコエー子だけど……中身はけっこう優しいのかもしれない。
 …………黙ってれば可愛いし。

 それに。
 突然現れたおかしなオッサン相手に、こんな華奢《きゃしゃ》で可愛らしい女の子が、迷うことなく戦おうとしたことが気になる。
「アリバの剣よ敵を討て」とか言ってたな。まるで正義のヒーローだ。
 あいにく、何も起きなかったが、ナミはそれにひどく驚いていた。
 本当なら、その言葉通り、力が発揮されて敵を討つことができたかのように。

 ……ははは。それじゃ、本当にヒーロー、いや、ヒロインじゃないか。
 そんなの現実にあるわけ……
 でも俺は、その先を決めつけることができなかった。
 現実にあるわけがない、と。
 鴻巣山に隕石が落ち、謎の美少女が現れ、敵が登場した。
 これって、どう考えても、何かとてつもないことが起きているとしか思えない。

 俺の住む、この町で。福岡市で。
 そして、この俺の目の前で。
 いま……何かが始まろうとしている。


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福岡市を悪の手から守る、仕組まれた同人ADVゲーム「福岡ファイト!」の公式ノベライズです。Twitter上で、オリジナル版ゲームのYouTube、キャラクター紹介、更新情報などを公開中。

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