ハヤトナミ顔

1-3 持たぬ者たちの戦い

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e_20_オジサン


 闇の中から現れたのは、犬を連れた散歩のオッサンだった。


キャラ (1)

「……オッサンかよ!」


 驚かせやがって。心臓がバクバク言ってるぞ。

 頭は波平、白のランニングはヨレヨレ、ステテコ履いて、足元はツッカケと、夏の伝統的スタイルのオッサンは、



「フシュルルルルゥ」


 ……と気味の悪い唸り声を上げた。


「……酔っぱらってんのか? このオヤジ」


pナミ

「ただの一般人はすっこんでて!」


 ナミは鋭く言って、俺とおじさんの間に割って入った。

 油断なく身構え、怖い目で相手をにらむ。


「お、おい。こんなオッサン相手に、なに殺気立って……」


「フシュルルルルゥ!」


 突然おじさんがナミに襲いかかった!

 拳を振り上げ……殴りかかる!

 ナミは、素早くその攻撃をかわすと、後ろにジャンプして間合いを取った。

 そして右手の平を頭上に掲げ……

 透明なボールでも投げるみたいにオッサン目がけて振り下ろした!


アリバの剣よ! 敵を討て!


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 とびっきり可愛い、しかも不愛想なくらいクールな女の子が、突然叫んだ恥ずかしいセリフ。

 シーン。でも何も起こらない。

「あ、あれ!?」


 ナミが初めて人間的な、戸惑った声を出した。

 もう一度同じように右腕をオッサン目がけて振るう。

「アリバの剣よ! ちゃんと敵を討てえーーー」

 シーン。

 またも同じ効果音。

 俺はもちろん、オッサンもなんだか固まってしまっている。

 ナミは、キッと怖い顔で宙をにらむと、


「アリバの剣よ! いいかげん、さっさと、言われたとおりに敵を討てえええ!!」


 ヤケクソのように叫んだ。

 ……でも結果は同じ。

「う、うそ……そんな……チカラが……出ない」


「なんかキサンッその態度はッ! 年長者うやまわんか!」


 コテコテの博多弁で叫んだオッサンは、呆然とするナミに突き進み……

 猛然とゲンコツを繰り出した!

「!?」


 ナミはとっさに両手を交差させてガード!

 だが、受けきれず、そのまま冗談みたいにぶっ飛んだ!

 細い身体がゴロゴロ地面を転がる。

 きゃあ、とナミは悲鳴をあげた。

    ……女の子の悲鳴を。


chara7 - コピー (3)

 ドクン!

 その瞬間。胸に痛みが走った。

 頭の真ん中に血が溜まっていくような感覚。

 一瞬、何か忌まわしい光景が脳裏をフラッシュバックした気がした。

    だが、それがなんなのか理解出来ないまま、俺の中で『炎のような怒り』が爆発した。


pハヤト

「てめえ! ナミに何しやがる!」


 仁王立ちするオッサン目がけて飛びかかる。

 頭は真っ白、全身は燃えるように熱い。

 何もかもをぶち壊したくなる……そんな暴力的な衝動に身を任せ、

    全体重を乗せた拳をオッサンに打ち込んだ!


 ボグンッ。


 ゴムを巻いた電柱でも殴ったような手応えで、オッサンのヒョロイ身体はそのまま数メートルぶっ飛んでいく。

 しまった! やり過ぎたっ。フルパワーでぶん殴っちまった……!

 やべえ。オッサン、死んでねえだろうな……?

 だがオッサンはすくっと立ち上がると、真っ赤な目で俺をにらんでくる。

 死ぬどころか、ピンピンしてやがる。

 おまけに、なんだ、あの赤く光る目……本当に人間か?

 まごつく俺に、オッサンは思いのほか早いスピードで間合いを詰めてきた。

 あ然とする俺の頭を、オッサンのゲンコツが襲う!


「こン鉄拳ば、食らわんかキサンッ!」


 がごンッ!

 頭上に鉄骨でも落ちてきたような衝撃! 目の前で星が散る!

 一瞬意識が飛びそうになったが、かろうじて踏み止まった。

 な、な、な、なんだこのオヤジの力はッ! プロレスラーにでも殴られたみたいだ!

 くそっ。俺もすぐに態勢を立て直し、今度は本気でオッサンと相対する

 呼吸を整え…… ひじを軽くしめ……

 膝は柔らかく……相手の目を見つめ……

 俺の通う拳法道場『厳冬流』の基本の構え。

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「無敗の白帯、ナメんなよ!」


 スッと前にステップ。

    左、右のワンツーから右のローキック!

 厳冬流はパンチキック投げ技ありの総合格闘術で、無敗の白帯ってのは……今は説明する暇はねえっ。

 ガッ! ゴッ! ボグッ。

 オッサンの動きは鈍く、全弾まともにヒット。

 だが、やはり固いゴムのカタマリ殴ってるみたいな妙な手応えだ。

 ぶうんっ。

 オッサンの強烈なゲンコツが、俺の顔スレスレを通り過ぎる!

 力をセーブしたとはいえ、俺のコンビネーションまともに食らって、応えてねえのかよ!?

 さらにオッサンが追撃。

 俺の本能が、瞬時にその攻撃の気配を察知した。

 集中した俺にはスローモーションのように見えた。


 カウンター!

 ガゴッ!

 俺の渾身のストレートは、まともにオッサンの顔にめり込んでいた。

 ヒョロいオッサンに本気でブチ込んだら、ただじゃ済まない……はず。

 なのにオッサンは、


「……んあ? ありゃ、ここはどこか?」


 ……毒気を抜かれたような顔で、ぽかんとしている。

    怪我らしい怪我もない。むしろ、殴った俺の拳の方が痛ぇ。


キャラ (1)

「はあ……はあ……なんだ、このオッサン……?」


 若さと勢いでなんとか勝ったが、おじさんのパワーは、見た目からは想像もつかないほど強烈だった。

 おじさんは、「ワシなんばしよっと?」と首を傾げながら、ギャンギャン騒ぐ犬と闇の中に消えていった。

    どうも、自分がいきなり暴れだした事も覚えてないみたいだ。

「そ、そうだ……ナミ……」

 ナミは、夜の冷たい土の上にペタンと座り込み、ひどく真剣な顔で俺を見つめていた。


「だ、大丈夫か!?」


 駆け寄るが、ナミは何も答えない。

「今のオッサンなんなんだ……」

 俺の問いに、ナミは焦点の合わない瞳で低くつぶやいた。



「……悪意


「あ?」

人の心に…………棲《す》まう闇…………

 そうつぶやくと、ナミは気を失って倒れてしまった。

「お、おい!」

 あくい? ひとのこころのやみ? 意味がわかんねえ……。

 でも、とにかくナミをなんとかしないと。

 ナミを背負って鴻ノ巣山の暗い遊歩道を走った。

 ナミの正体。

 いま、何が起こっているか。

 さっきのオッサンはなんなのか。

 何ひとつわからないが、ナミをこのまま放っておくわけにゃいかねえ。

 無傷とはいえ隕石の落下でどうやら気絶したらしい俺を、膝枕して介抱してくれてたようだしな。

    愛想悪いし、口調も冷たいし、なんかコエー子だけど……

    中身はけっこう優しいのかもしれない。

 …………黙ってれば可愛いし。

 それに。

 突然現れたおかしなオッサン相手に、こんな細身で愛らしい女の子が、迷わず『戦おうとした』ことが気になる……

「アリバの剣よ敵を討て」とか言ってたな。まるで正義のヒーローだ。

 あいにく何も起きなかったが、ナミはそれにひどく驚いていた。

    本当なら……

    その言葉通り、力が発揮されて敵を討つことができたかのように。

 ……ははは。それじゃ、本当にヒーロー、いや、ヒロインじゃないか。

    そんなの現実にあるわけ……


「………………」


 でも俺は、その先を決めつけることができなかった。

 現実にあるわけがない、と。

 鴻巣山に隕石が落ち……

    謎の美少女が現れ……

    『敵』が登場した。

 これって、どう考えても、何かとてつもないことが起きているとしか思えない。

 俺の住む、この町……福岡市で。

   そして、この俺の目の前で。

 いま……何かが始まろうとしている。


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