福海大学は、街区がそのまま敷地になったような巨大な大学だ。

　いくら総勢１１人もの大所帯とはいえ、手に負える広さじゃない。

　ササハラの提案で、特に怪しい場所を中心に、渦巻きのように捜索範囲を広げていく手法を取ることになった。なんでもFBIの捜査手法らしい。

　コイツが来てくれて本当に助かったぜ……。俺たちだけだと、間違いなく当てずっぽうに探しまわっていたところだ……。

　渦巻きの中心は、当然、爆弾魔と遭遇した講義棟。

　そこから、チームを割り振って、俺たちは捜索を開始した。

　シンジローたち第二チームが大学南東部。『外国語学棟』を中心とした一帯を担当させた。渦巻きの中心からは一番遠いエリアだ。

　コミネたち第三チームは大学北西部。主に『文系の講義棟』があるエリアで、文系学部のコミネには馴染みの場所だけに、捜索もやりやすいはず。

　そして、俺、ナミ、ヤノ、ササハラは、渦巻きの中心、一番可能性が高いと思われる『理工学部』エリアを捜索する。

　工学部『第１１号棟』をくまなく探し、次に理学部『第９号棟』へ。

　早々にボスを倒して油断していたが、時折、悪意に取りつかれた福大生に襲われ、戦闘になった。

　第一チームは、戦闘要員が俺とヤノしか居ないうえ、属性は氷しかない。それで意外に苦戦し、余計に手間取った。

　だが、一向に爆弾らしいものは見つからない……。

　祈るような気持ちで、シンジローに電話をかけた。

「……シンジロー。そっちはどうだ？」

『ダメだ兄貴。それっぽいのはないよ』

「『第一食堂』のほうも回ってみてくれ」

『わかった。兄貴も気を付けて！』

　コミネにもかける。

「……コミネか？　そっちはどうだ？」

『ハヤトか。それらしいものはない』

「『文系センター』を頼む。『天に轟く怒号』って文章がヒントだとしたら、文系センターが大学で一番天に近いからな」

『了解した』

　ちょうどそこへ、卓球のユニフォーム姿のカスガが通りがかった。試合前でナーバスになり、気晴らしに散歩でもしているのだろう。

「あー。ハヤトー」

「……よう。カスガ」

「なにやってんだー。さっきから妙にウロウロしてー」

「……まあ、ちょっと、探しもんだ」

「相変わらず落ち着きないなー」

「お前こそ、試合はどうした？　あっさり負けちまったか？」

「いやー。なんとか勝ち進んでるよー。調子は悪くない。去年負けたワンくんにもなんとか勝てたー」

「中国人選手に勝ったのか？　やるじゃねえか。しかも去年負けた相手に勝てたのはデカいな」

「おー。なんとかこのまま勝ち進むから、決勝くらいはおまえも応援にきてよー」

「……まあ、気が向いて、死ぬほど暇だったらな」

　カスガは手を上げて夏の木漏れ日の中に消えていった。

「ハヤト……いいの？　このままじゃ……」

「……………………」

　そこからさらに捜索の範囲を広げた。しかし、一向にそれらしいものは見つからない。

　今にもどこかで爆発が起こるんじゃないかと、気が気じゃなくなってきた。他のチームからの連絡がまったくないのが余計に焦りを生む。

　そこで、ササハラが方針を変えようと言い出した。

「制限時間が迫っている以上、情報を分析し、推理して、ピンポイントで捜索をするしかない。さっきから、ただひとつの手がかりである『天に轟く怒号』について、ずっと考えていた」

「何か閃いたか？」

「いくつか頭に浮かんだものはある。しかしそれすら先入観かもしれない。だからお前の耳には入れたくない。その上で、お前も考えてみてくれ」

「頭使うのは、おまえのほうが得意だろ？」

「確かに、記憶力や演算能力は私の方が多少はいい。だが、ハヤト。おまえには、発想力や、知的瞬発力がある。だからこそ、余計なことを聞かせず、思いつきを聞きたい」

「……………………」

　ナミも真面目な顔で俺を見た。俺は言った。

「……最初はな、『花火』かと思った。けど、革命だの思い知らせるだの叫んでいた悪意が、夜まで悠長に待つとも思えねーし、今日は花火が上がるようなイベントもねえ。そうすると、他に『天に轟く怒号』といえば、校内放送や非常ベルくらいしか……」

　イベント……？　校内放送？

「なにか思いついたのか？」

「インカレだ……。今日の日程は、テニス、水泳、卓球、柔道……そのうちスケジュールの一番最後にくるのが『卓球の決勝』！　今日最後の試合だけに、会場の記念講堂には、試合が終わった他の種目の参加者や関係者、応援なんかが大勢が集う！　相当やかましい声援になるぜ……！」

「ふむ。レトロな手だが、音量センサーかもしれんな」

「自己顕示欲の強そうな男だっただけに、ひとが大勢集まるタイミングを狙ってもおかしくはねえな」

「は、ハヤト。卓球って言ったら……」

「ああ。こんなカタチで、アイツが関わってきやがった……！」

　カスガは順当に勝ち進み、決勝までコマを進めている。間に合うか……。

　俺たちは卓球の決勝が行われる『第一記念講堂』へと急いだ。

　◆

　第一記念講堂に着いたとき、俺は、自分の判断が大間違いだったことに気付いた。

　人、人、人……。

　講堂やその周辺はモノや人間であふれかえっている。

　こんな中、爆弾なんて探せるのか……！？　いや、それ以上に、こんな大勢の中で爆発したら、とんでもない被害になる。

　そもそも、今さら避難なんてとてもさせられねえ……！　パニックになっちまう！

「ハヤトー。なんだかんだで、やっぱり来てくれたのかー」

「カスガ……」

「顔が暗いぞー。なんか、今から試合があるおれより緊張してないー？」

　カスガ！　ここはもうすぐぶっ飛ぶ！　危ねえから早く逃げろ！

　……喉元まで出かかるそのセリフを、この期に及んでも俺は出すことができない。

「……………………」

「んー。どうしたんだー。コワイ顔してー？」

「……カスガ……おれは……」

「さー。もうすぐ試合開始の号砲が鳴るし、そろそろアップもしとかないとー」

「！？　カスガ！」

「な、なんだー？」

「いまなんて言った！？」

「え。だから、試合開始の号砲。日程の最終プログラム開始の合図だよー。記念講堂の隣の広場で花火を打ち上げ……」

「……くそッ！　読み違えてた！！」

　昼に上がる花火があった！　音花火だっ！

「広場に行くぞ！　『天に轟く怒号』はそこだ！」

　ナミ、ササハラ、ヤノの反応もろくに見ないまま、俺は記念講堂から走り出た。全速力で広場へと向かう。

　どこだ……？　どこにある……！？

　広場にはテントが多数建てられ、出店もあって、学園祭みたいな雰囲気だ。ひとも多く、賑やかだ。

　考えろ。こんな中、どうやって爆弾なんて仕掛ける？

　しかもあんな目立つ法衣姿だった。ひと目があるうちは仕掛けていない。

　つまり、テントやらが設営される前。最初からここにあったもの。

　……閃きがあった。広場中央にそそり立つ時計台！

　ちょうどそのとき、ナミたちが到着した。

「は、ハヤト！　爆弾は……！」

「ナミっ。たぶんあそこだ。時計台！」

「ハヤトよお！　時計台の上のほうに、それっぽいのが設置してあるぞお！」

「当たりか！　……ヤノ！　あそこまで俺を飛ばせ！」

「わ、わかったぞお……」

　ヤノは言って、気合を入れながら俺の身体を持ち上げる！

「フンガアアアアアッッッッ！！」

　人間ロケットのようにヤノにぶん投げられた俺。

　高さ十メートルほどの時計台の上にしがみつき、なんとか着地！

　あった！　スピーカーのようなセンサーの付いたいかにもな形の爆弾。これに違いねえ！

　俺とヤノの人間離れしたパフォーマンスに広場が騒然となる。だが、今はそんなこと気にしている余裕はない！

　俺は時計台の上から爆弾を持ってヒラリと飛び降りた。

「あったぞ！」

「ハヤト。もう花火が上がるぞ」

「時間がねえ！　ヤノっ、なんとかお前の氷のアリバで……」

「……ああ……！　そ、そんなことって……」

　ナミが絶望的な声を出した。

「どうした！？」

「この爆弾はただの爆弾じゃない！　悪意のエネルギーが込められている！　しかも、属性は……『風』！！」

「風だと！　てことは……」

「氷じゃ防げない！　炎系かせめて風系じゃないと！」

　全身の血が冷たくなったようだった。今、ここには氷のヤノしか居ない。炎も風も、みんな別のチームだ……。

「は、花火が……上がる……」

　もう、こうなれば、残る手段はひとつしかねえ！

　俺は、爆弾を自分の腹に抱え込んだ。

「ナミ！　ササハラ！　ヤノ！　できるだけ離れろ！」

「なにするつもり、ハヤト！？」

「俺は無属性だ！　俺のアリバでなんとか爆弾を抑え込む！」