1-4 カタギリ家 夜

 鴻ノ巣山から俺の家までは、歩いてそう遠くない。
 しかし、気絶した女の子を背負ったこの状況……オマワリさんに見られたらパツイチでピーポーだぜ……。
 誰にも会いませんように……。
 スラッとしてるのに妙に重いな、ナミ。
 柔らかくて気持ちいいけど。
 そんなことを考えながら、夜の住宅地を小走りに、家へと向かった。

 俺の家は緑の豊富な高台の住宅地にある鉄筋三階建ての戸建てだ。
 一階は駐車場になっていて、二階と三階が自宅部分になっている。
 言い忘れていたが、『片桐ハヤト』ってのが俺のフルネームだ。
 ナミを背負ったまま階段を上がり、玄関の鍵を開ける。
 背中に女の子を背負ってると、ポケットから鍵を出すのも大変だ。

「ただいまー……」

 俺はここで、母親と、アホな弟と三人で暮らしている。
 父親は……居るには居るが、母親と大喧嘩して出て行った。今頃どこかでくたばってるかもな。まあ俺はそれで全然構わないけど。

 ダダダダ! 落ち着きのない足音が響き、奥から走ってくる人影。

「兄貴、おかえりー!!」

 現れたのは、ツンツンした短い髪に、丸い目ん玉、ニキビ面の男だ。
 見つからないようにコッソリ入ったってのに、コイツはいつも目ざとく気づきやがる。『兄貴』といま言った通り、コイツは……

「……うお! ついにやりやがったか!」

 ソイツがゲーっと驚いた。

「あん? なにをだよ」

「次から次に女連れこむだけじゃ飽きたらず、ついに拉致してくるとはー!」

「……ふうん。ボク、ラチされてきたわけか」

 俺の肩のあたりで冷たい声が響いた。

「ナ、ナミ! 起きてたのか…!?」

「次から次に、ねえ」

 耳元でささやく声は完全に冷え切っている。
 いつのまにか目を覚ましていたナミを、俺は背中からそっと降ろした。
 柔らかくて気持ちいい反面、ナミは不思議とかなり重く、実は腕も腰も限界近かった。
 そのナミは、腕を組み、汚物でも見るような目で俺たち兄弟を見ている。

「あのなあ、このアホの言うこと、真に受けるな」

「あ、お、おれ…なんかマズイこと言った……?」

 ニキビ面の男は、怯えた顔をした。黙っていれば年上の女にモテそうな、元気いっぱいの明るい顔の造りをしているのだが、浮かべる表情はどうにも卑屈だ。

「別にどうでもいいけど。ところで、誰、これ?」ナミが吐き捨てるように。

「は、はじめまして!」

 ニキビ面の男は、鬼教官の前の新兵のように直立して気をつけする。

「こいつは『シンジロー』。俺のあとに作られた、母さんの失敗作だ」

「ええと、それって、つまり……弟?」

「まあ、そういう表現もあるな」

「ふうん……。どうでもいいけど。興味ないし」

「それに関しては俺も同意見だ」

「こ、今度の女の人はずいぶん怖い人っすねー」

「前回の女の人より怖くてゴメンねー(ギロリ)」

「ヒッ」

「……シンジロー。少し黙ってろ」頼むから。

「で。気絶したボクをラチってきて、むさ苦しい兄弟ふたりでどうする気?」

 冷たい目のナミは、スッと戦闘態勢のように重心を移動させた。格闘技経験者の俺にはそれがわかった。にしても、なんなんだ、この子は。なんでこんなに好戦的なんだよ……。

「ラチってねえよ。それにふたりじゃなくて……」

 と言いかけたところで、奥から母さんが出てきた。つまり、俺とシンジローの母親だ。

「おかえりー。玄関でなに騒いでんのー? ……って、あらあら、お客さん?」

「ただいま、母さん」と俺は言った。

「こんばんはぁ。お邪魔してますぅ」

 いきなりコロッと上品な声になったナミが小首を傾げて可愛らしく挨拶する。な、なんだこの豹変ぶりはっ。

「なあに、ちょっとおー。可愛い子ねえ! あなた、ハヤトの……?」

「トモダチです」

 真顔で即答するナミ。いつからだよ。……まあ、さらわれてきたとか大騒ぎされるよりは良いけどよ……。

「ねえ、母さん。この子……ナミって言うんだけど、体調悪いのに家が遠くてさ。泊めてやって良いかな?」

「え!? いや……ボクは……」ナミが驚いた顔で俺を見るが、無視した。

「もっち! 良いわよお!」

 飛び跳ねるように喜ぶ母さん。見た目も若いが、はっきり言って仕草も若い。なんというか、俺の母さんは愛想が良すぎるというか、とにかく人が好きなところがある。来客は基本的にウェルカムなのだ。
 俺の家は友達のたまり場になる事が多く、下手したら最大で11人くらい集まる。

「好きなだけ居ていいわよお。こんなに可愛い女の子とおしゃべり出来るなんて、母さん嬉しいわあ」

 戸惑うナミの両手を引っ張り、ぐいぐいリビングに連れていく。

「で、でも……」ナミは困った顔。

 とは言っても、ナミの顔色は悪い。目に見えて足元もフラついている。化け物みたいに怪力のオッサンに殴り飛ばされたんだ。無理もないぜ。

「一晩だけだ。とりあえずそれからはまた明日考えよう」

 強引に話をまとめた。まだナミに聞きたいことは色々ある。ここで、どっかに行かれるわけにはいかない。それに……キツそうなのは本当だしな。

「うっひょおおおおお。で? で? 三人で何して遊ぶんだ? 大富豪? UNO? スマブラ? くにおくんの大運動会?」

 来客でテンションが上ったシンジローが、俺たちがいつも遊んでいる古くさいパーティゲームの名前を連呼した。

「ねえ。弟が何か暗号言ってるんだけど、解読出来ない」恐々とナミ。

「はいはい。任せとけ。ようし。シンジロー。風呂で潜水ごっこをしよう。二十分ほど潜ったまま待機して指示ヲマテ」

「なっ。それ死ぬし! いきなり死刑宣告!? マジで俺、なにかした!?」

 シンジローはショボンとしながら自分の部屋へと消えていった。
 ちょっと可哀想だが、アイツが居ると何かと面倒だし、何を言い出すか危なっかしくてしょうがないからな。主に女方面のネタで(それで何度トラブルになったか)。

 母さんは、俺たちに晩飯を用意してくれた。俺の好きなハンバーグだった。
 食事の間、母さんは、興味津々にナミの事を聞いてきた。その度に、黙ってしまってうつむくナミをフォローして、俺は、ある事ない事テキトーにしゃべった。

 結局、「海外からの留学生で、ホームステイ先がトラブル。行くところがなくなってしまったところを、俺が助けてあげて……」という話になってしまった。
 母さんにウソをつくのは気が引けたが……仕方ないよな……。
 俺だってナミの事は何も知らない。
 まさか、鴻巣山で気を失って、目を覚ましたら膝枕してくれていた、謎の美少女……だなんて言うわけにもイカン。

 食事のあと、風呂から上がったナミは、母さんのパジャマに着替えると、客用の部屋に敷いた布団であっという間に寝てしまった。
 深夜。俺は、そっと自分の部屋を出て、「立ち入り絶対禁止」と母さん直筆の張り紙が張られたドアに近付き、中を覗き込んでみた。
 薄暗い中から、ナミの静かな寝息が聞こえてくる。
 寝息までなんだか可愛らしく、普通の女の子とは違う気がした。世には、こんな特別な女の子も居るんだな、と感心した。

 ナミ……おまえは何者なんだよ………。
 一体、何が始まろうとしてるんだ………。
 俺も自分の部屋に行き、ベッドに寝転がった。
 暗い天井を見つめる。

 あくい。
 悪意。
 人の心に棲まう闇。
 俺は、その言葉がひどく気になっていた。
 そして、『アリバ』という不思議な響きの言葉も。

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福岡市を悪の手から守る、仕組まれた同人ADVゲーム「福岡ファイト!」の公式ノベライズです。Twitter上で、オリジナル版ゲームのYouTube、キャラクター紹介、更新情報などを公開中。

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