福岡昼

1-5 かけがえのない時間

風景 (1)



 次の日も朝からいい天気だった。

 福岡市ってところは夏場はぜんぜん雨が降らないんだよな。

 ベッドから起きるとひどい筋肉痛で身体が痛かった。

    昨日のおかしなオッサンとの戦いは、相当骨身にこたえたらしい。

 ナミは大丈夫なのだろうか。

 ジーンズとシャツに着替えて部屋から出た。

 朝の台所からはいい匂いがしてくる。

 母さんのはしゃいだ声と、シンジローの「ヒャッホーイ」というアホな叫び声も聞こえる。

 どうやらみんなもう起きてるらしいな。


風景 (28)


キャラ (1)

「っはよーっ……」


 エプロンをつけたナミがくるっと振り返った。

キャラ (1)


 振り返る直前までサワヤカな笑顔で、俺は初めて見るその愛らしい表情に、ドキュン! とさせられた。

 が、それも一瞬。

 その眼差しは、あっという間に氷点下まで急降下して……


メインキャラ (12)

「……………………」


メインキャラ (1)

「あ。お、おはよ。ちゃんとよく眠れたか?」


「まあね」

 なんなんだ、この変わりようは……。


母

「あ。ナミちゃん、お皿取ってくれる?」




「はあい。これですか? おばさま」

 コロッと愛想よくなったナミが、猫なで声を出す。

「ありがとねー」

 母さんは手早く目玉焼きとソーセージを皿に盛る。

 な、なんだよこの猫かぶりは……

 そして、俺にだけ向けられるキツい視線は!?


「弟。テーブルの上、片付けて」


 両手に皿を持ったナミがシンジローに命じた。


キャラ (13)

「いえっさ」


 シンジローは軽妙に答えて、猛スピードでテーブルを片付ける。

 オトウト、とあまりにもぞんざいな呼び方だが、俺に対する態度よりは柔らかい気がするぜ……。

 とにもかくにも、俺たちはテーブルに着いた。

    母さんとナミのお手製朝食を前に、お手て合わせて、

「「「「いただきまーす」」」」


 親父が出ていって以来、ずっとひとつ空いていた椅子が、四人満席になるのは久しぶりで、俺はなんとなく嬉しくなった。

 母さんは言うに及ばず、寂しがり屋のシンジローも嬉しそうだ。

 そして、ナミも。

 さっき一瞬だけ見た、素直で可愛らしい笑顔ほどではないにしても、その表情はほんのり柔らかだった。


画像1


 家族みんなの席で、『悪意』やら『アリバ』やらを聞き出すわけにもいかない。

 飯の片付けが終わるのを待ち、俺はナミを外に連れ出した。



「母さん。ナミとちょっと出かけてくるよ」


 そう言って玄関で靴を履く俺の肩を、いつのまにか背後に来ていた母さんが、ヒジでつついた。

「……なに?」


「あんた、うまくやりなさいよー。まだトモダチなんでしょうけど、私から見て、ナミちゃんそうとう脈アリ、よ?」


 ニヤニヤしながら小声でささやく母さん

 いや、そんなこと言われても……。

 だいたい、脈ありって、どこがだよ……。

 考えてみれば、とてつもなく可愛い女の子と知り合ったってのに、ちっとも気分が盛り上がらない。

    それよりも、同時進行している異常事態のほうに気がいってしまうのだ。

 ……もったいねーよな……だってのに。


 家を出るとき覗いたポストに、俺宛のダイレクトメールが入っていた。

『あなたの人生を"セーブ"しませんか? 一寸先は闇。転ばぬ先の杖で、余裕ある人生を』――セーブカンパニー

 謎のコピーが記してある。

 なになに……

    福岡市の全住人の中から、たったひとり、俺がモニターとして選ばれた?

 セーブってのは、あれだよな? ゲームでお馴染みの……。

 それが現実でできるならすごいが、はっきり言ってうさんくさいぜ……。

 でも案内を見ると、申し込み期限は今日の正午までだった。

 半信半疑だが、俺はそのセーブカンパニーとやらに行ってみることにした。

 シンジローも犬のようについてきそうだったが、大学生にもなって、兄弟べったりで行動できるかってんだ。

    こいつも、もう高校二年生なんだから、ちったあ自立させねえとな。


 セーブカンパニーは、西鉄『高宮駅』の前の高宮通りにあるという。

 ウチからそう遠くないな。

 俺たちは、夏の日差しがあふれる高宮通りを歩き、『セーブカンパニー』へ向かった。

風景 (22)


キャラ (1)

「ここがセーブカンパニーかよ……?」


見た目はケータイショップにしか見えねーが……。

「とにかく入ってみるか」

 何しろ、俺は、福岡市でただひとり選ばれたモニター様らしいからな。

 でも、考えてみりゃ、そういうの、詐欺の常とう文句じゃないか?

 ふと、ガラス越しに、カウンターに座った店員の女性の姿が見えた。

 どれもタレントや芸能人レベルに美人揃い

 な、なんだ、ここは!? 天国かっ。

「……ナミ。この書類によると、どうも、ここに入る資格があるのは、当選したモニター本人だけらしい」


キャラ (1)

「え。そうなの?」


「わりいが、ちょっと待っててくれるか?」

「う、うん。まあ仕方ないか。暑いけど」


画像3


 恨めしそうに太陽を見上げるナミ。

    まだ午前中だが、日差しは強烈で、すでに猛暑だ。今日も余裕で三十度越えるだろう。

「できるだけ早く済ませてくるぜ……無事を祈っていてくれ……!」


 言い残して、俺はセーブカンパニーの自動ドアへ突入した!

 ナミにはちょっと申し訳ないけど、美人とお話するのなら、女連れより男ひとりのほうがいいに決まってる。

 ケイから受けた失恋の傷も癒えてない今、俺に必要なのは、謎のツンケン美少女の冷たい視線じゃねえ……

    当たり前の美人のお姉さんからの、優しい応対なのだからっ。



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