1-7 妹。のような少女に闇はひそむ。
表に出ると、高宮駅前広場にある街路樹のベンチに座ったナミが、全身からドス黒いオーラを放っていた。
「な、ナミ……!?」
「ねえ……ハヤトだったよね? どうしても話があるから、顔貸せって家から連れ出したの。
なのに、どうして、ボク、こんなところで、灼熱地獄攻め味わっちゃってるの?」
「あ、いや、その」
「喧嘩売ってる? ……買おうか? 相場的に、買いどきだと思うし」
「ちょっと待て待て待て。遊んでたわけじゃねーだろ? セーブしてきたんだ。手続きは万事滞りなく完了だっ」
「……おそすぎない? それに、なんか店から出てくるとき、妙にウキウキ機嫌よさそうだったような」
「とりあえず、ハピネスに行くぞ!」
「はあ?」
「暑かったし腹も減ったろ? 近くのファミレスに昼飯食いにいこーぜ!」
「暑かったしお腹も減ってるけど、そういうので誤魔化されると思ってんの?」
「うぐっ」
「ねえ。…………ハヤトって、ぜったい女の子にモテないでしょ? はっきり言って、残念なタイプ」
「なっ、なにィ」
くっ。言いやがる……!
ケイにこっぴどくフラれた傷がうずくぜえ。
しかし、ここは変に逆らわず、まずはご機嫌取りだ。
そんなわけで、俺たちはハピネスへと移動した。
高宮通りを『西鉄大橋駅』方向に少し歩く……。
ハピネス。
九州地方を中心に展開する、黄色い看板にオレンジ色のロゴでお馴染みの、二十四時間営業のレストラン。
お手頃な値段が貧乏学生に愛されている。
俺たちは席につき、とりあえず日替わりランチを二つ注文した。
なんにしても、これでようやくゆっくり話が聞ける。
「……で、だ。ナミには色々聞きたい事がある。まずは……」
悪意ってなんだよ、と口を開きかけた瞬間、俺を呼ぶ声がした。
「おにーちゃん!」
見ると、ふたつほど離れたボックス席から、愛らしい女の子が手を振っている。
「お。『マユ』じゃないか。今日も来てたのか」
「うん!」
「誰? お兄ちゃん……てことは、妹も居たの?」
「……だと嬉しいが、違う。まあ妹みたいな……トモダチだ」
マユ。
近所に住んでいる小学生で、なぜかひとりで良くハピネスに来てる。
つい気になってしまって、話しかけたのがきっかけで、俺たちは仲良くなった。
以来、マユは俺を「おにーちゃん」と言って慕ってくれる。
ツインテールが可愛らしい、見た目も性格もすごくいいコだ。
本当に俺の妹ならよかったんだけど、実際は、ニキビ面の弟だもんな。神を呪うぜ……。
「妹みたいに思ってる女の子? ……まさか、そんな子との『ひと夏の恋』とか言い出すんじゃ……」
「なんの話だよ、それ……」
どっかで聞いた事あるようなないような。
「こんにちはー」
近寄ってきたマユが、礼儀正しく挨拶する。
うんうん。小さいのに感心な子だ。
「………こ、こんちは」
なのにナミのほうはぎこちない。コミュ力低いな、オイ。
マユが、どうしていつもひとりぼっちでファミレスに来てるかは知らない。
どう考えても複雑な家庭事情があるんだろうけどな……。
他人の俺が踏み込むのもどうかと思い、あえて聞かないようにしている。
「マユ。今日もひとりか?」
「……うん」
「じゃあ、俺たちも一緒していいかな?」
「うわーい。いっしょにたべよう!」
それから俺達は、三人で日替わりランチを食べた。
いつも通り、最近始まったアニメやマンガの話なんかで盛り上がった。
ナミに話を聞く機会をのがしたが、まあ、マユが嬉しそうだったからよしとしよう。
ナミからは後で改めて聞き出せばいいしな。
「おにーちゃんたちは、このあとなにするの?」
「ちょっと用事があるんだ」
……なんとなく、マユはまだ俺と一緒に遊びたいんだろうな、と感じたけど、そう答えた。
いい加減、ナミから話を聞き出さないと。
マユは一瞬すごく残念そうな顔をしたが、すぐに健気な笑顔を作った。
「うん。わかった。マユはおカイモノいくね」
「アピロスか?」
「そう。文房具、買わなきゃ」
俺たちは一緒に店を出た。
おごってやろうとする俺に、「おかあさんからおカネはもらってるから」と言ってマユは自分で支払った。
「じゃあね、おにーちゃん。それから、おねーちゃん」
たたたっと走り去るマユの小柄な後姿に、俺は手を振った。
ナミはマユの後ろ姿をじっと見つめている。
「……………………」
「どうした? さっきからぜんぜん喋らねーな」
「あの、マユって子……」
「ああ、可愛い子だろ」
「…………ひょっとしたら……いや、たぶん」
「マユが……どうした?」
ナミの真剣な顔を見て、緊張が走る。
そうだ。いま、福岡市でおかしな事が起こり始めているんだった。
まさか……マユが何か関係してんのか……?
「あとを追ったほうがいい」
「え?」
「『あぴろす』に行くってなに?」
「ああ。『野間ダイエー』っていうショッピングセンターのことだ。アピロスってのは、地元の人間の愛称だよ」
「すぐ追いかけよう!」
ナミはいきなり駆けだした。アピロスの場所もわからないくせに。相当慌ててるぜ。
「……わ、わかったよ。なんなんだ……」
でも、他ならぬマユの事だ。放ってはおけない。
俺はナミを連れて、野間大池方面、『アピロス』へと急いだ!
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