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外に出るという効用

「井の中の蛙 大海を知らず」

SNSなどの急速な普及により国民総監視社会などと言われる昨今において、クレームや批判、反対運動、事件などのニュースや記事を見聞きすると、たまにこの言葉を思い出します。
また、LGBTやダイバーシティ、SDGsなど多様性を認める社会の実現を訴える理由も原点は同じかもしれません。

根っこにあるのは、知らないモノへの恐怖や不安なのではないでしょうか?

外国人、障がい者、同性愛者、他宗教、貧困、病気、死など、頭では理解しているつもりでも、いざ自分の近くに来ると不安で恐ろしく感じ、排除しようとする。
しかし、もし過去に直に接したことのあるものであれば、多少は不安が減り、許容することが出来るのではないかと、私は考えています。

そのために必要なことは、外に出ること

異文化を知る、殻を破る、気づきを得ると言い換えてもいいかもしれません。
今、自分がいる組織や集団から一歩出てみて、異なる価値観や文化を持つ人と会い、話しをすることが一番の近道だと思います。

外に出ることの効用

複数の組織や集団と接して、
他者の価値観や異文化を知る

①自分の強み弱みの明確化
②自分の価値判断の軸を補強できる
③自分の立ち位置の確認と新たな視点の発見


④他者や異文化などに対する許容範囲の拡大

①自分の強み弱みの明確化

私は今、プロボノという活動をしていますが、そこでは様々な業界で働く方々と7人程度のチームを組んで活動にあたります。
メンバー全員が普段はそれぞれ別の会社で働いていますので、仕事の進め方の違いや考え方の違いなど多くの気づきを得られます。
そこで気づいたことの一つは「意外と公務員のスキルも通用するじゃん!」ということでした。

公務員の仕事においては、文章能力、特にその正確性に関しては結構厳しいチェックが入ります。
いわゆる「てにをは」と呼ばれるものから、誤解を与えないような表現や言葉のチョイス、誤字脱字や文章の流れ、見た目の体裁や分量にいたるまで、結構細かく修正されます。
したがって、実は文章を扱うことには比較的強くなるのです。

実際、プロボノの活動中に関係者にヒアリングした内容を議事要録としてまとめた時にチームメンバーに「スゴイね!?」と驚かれたのが印象的でした。
私としては、ヒアリングの内容を録音もしていなかったので、書き漏れていることがあるのではないかと不安だったのですが、チームメンバーには分かりやすくまとまっていると評価してもらえました。

公務員は専門スキルも無く、誰にでもできる仕事が多いと言われていますし、同僚や先輩後輩とも同様の話をすることが多々あったので、なんとなく公務員という職業を過小評価する傾向にありました。
しかし、いざ外に出てみるとそんなことはなく、文章能力以外にも、異動=転職といわれるくらい幅広い知識や経験を得られる職業でもあり、社会的信用力も高いので、むしろ結構強みはあると思います。

このように、外に出てみることで普段自分が接しているものとは異なる具体的な比較対象が出てきます。
すると、一つの組織や集団の中では評価されなかったものが、他と比較してみることで強みになることもあり、より自分の強みや弱みが明確になるという効用があります。

②自分の価値判断の軸を補強できる

公務員の世界では、新しい事業を始める時や難しい課題に取り組む時などには、必ず他自治体の事例を参照しますが、これも大きい括りでは他者の価値観や異文化を知るための行動と言えます。
よくある手法としては、まず文献やインターネット、メールや電話で直接問い合わせしてみるなどの「調査」です。
次に、実際に行ってみる「視察」があります。
さらに、これは人材育成の意味合いが強くなりますが、「派遣(出向)」があります。

海外の異文化を知る過程に例えるならば、「調査」は旅行雑誌やインターネットで調べている段階で、まだまだ想像の域を出ません
「視察」になると、現場に行ったり関係者に話を聞いたりするので、だいぶリアリティが出てきますが、これは海外旅行と同じで、要は観光名所に行くようなものでイイ側面しか見ていません
これが「派遣(出向)」となると、普段の仕事や生活もそこに移ることになりますので、言ってみればホームステイや留学です。イイ側面だけでなく、課題や悩みも見えてきます

つまり、外に出てみることで判断基準となる軸が補強され、より明確になるという効用があります。
実際に、私も2年間派遣に行ったことで、中にいるだけでは分からなかった自分の組織の良さや課題に気づくことができました。

自分の立ち位置の確認と新たな視点の発見

これは①自分の強み弱みの明確化とほぼ同じですが、複数の価値観や視点が入ることで②の価値判断の軸が明確になると、自分が今どの立ち位置にいるのかが見えてきます。
それが分かることによって、今までの自分では気づかなかった新たな視点を発見することがあります。

先日「吉祥寺フォーラム2018 吉祥寺で語り合う❝都市の本質❞とは」という講演を聞いた時にこんなエピソードがありました。

ある駅前の老舗の和菓子屋さんが、近所で行われていたマーケット(マルシェ)に出店してみたら、自分のお店があまり知られていないことに気づいた。
駅前の一等地に長年、店を構えていたので当然誰もが知っていると思っていたが、小さな店舗なので覗き込まないと中が見えない上に、老舗なので一見さんは入りにくいと感じていたため、実は素通りする人が多かった。
しかし、マーケット(マルシェ)に参加して店の外に出てみると、自分たちは古臭いと思っていた和菓子道具も一般の人や子供たちにとっては珍しく、その道具を巧みに使う職人の仕事にも興味津々だった。
これがキッカケで、お店にも来てくれるようになった。

お店の外(マーケット)に出てみたら、知られていると思った自分のお店は意外にも知られていなかった、という自分の立ち位置を確認できた。
また、マーケットという仕切りのない空間に出たことで職人の作業風景が見える化されると、自分達は弱みかと思っていた道具や作業風景も強みであるという新たな視点を発見した。
これも外に出たことによる効用の一つと言えます。

④他者や異文化などに対する許容範囲の拡大

自分がいる組織や集団から一度出てみて、異なる価値観や文化を持つ人と会い話しをし、上記の①~③のような経験をすることが、他者や異文化などに対する許容範囲を拡大させると私は考えます。

アメリカの心理学者シェリフらが行ったサマーキャンプ実験(泥棒洞窟実験)というのが興味深かったのでご紹介します。

キャンプ地で少年たちを2チームに分け、目標を設定してお互いのグループを競わせると、チーム内の連帯感が高まる一方で、相手チームへの敵対心が強くなった。
仲直りをさせるためには、レクリエーションなどの融和策よりも共通の危機(給水トラブルで水が飲めないなど)への対処の方が効果があり、両チーム一丸となって協力した。
つまり、「チーム間の競争」という目標よりも優先すべき「危機への対処」という上位目標を作り出すことで対立を解消できた。

この「上位目標の設定」も興味深かったのですが、私がより興味を抱いたのが「メンバーの入れ替え」です。

対立した2チームを解散させ、メンバーを入れ替えて新しい2チームを再編した。
すると、敵対していた少年同士が同じチームになったことで簡単に仲良くなった。

これは言わば、同じチームで固まっていたメンバーを強制的に外に出したことにより、前のチームの排他性が弱まったと言えます。

これを現実社会に当てはめてみると、さすがにメンバーチェンジは簡単にはできませんが、自らが外に出ていろんな組織や集団あるいは個人と接することで、メンバーチェンジをせずとも新しい価値観や視点、気づきを得ることができ、自分とは異なるモノや知らないコトへの許容範囲を拡大させることができるのではないでしょうか。

冒頭の言葉「井の中の蛙 大海を知らず」は、中国の思想家である荘子の秋水篇に出てくる一節ですが、のちに日本人が文言を追加したバージョンがあるそうです。

「井の中の蛙 大海を知らず されど空の高さ(深さ、青さ)を知る」

どんなに頑張って外に出たとしても、世の中の全てを知ることはできませんので、大なり小なり❝井の中の蛙❞であることには違いないのでしょうが、それでも空や井戸の外の世界に想いを馳せることのできる蛙でありたいと思っています。

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