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平成八年生肉之年

 ここは老舗デパート、マルコシモール。日曜の人がごったがえす屋上遊園地で、長野県警の威信をかけた大捕物が行われていた!!

「松尾クンッ!あすこだッ!」

 平岡警部が、指さすと浴衣の男が雑踏をすり抜けていった。

「待てェッ!」

 松尾刑事が駆ける。しかし署内一の健脚も、人混みには太刀打ちできず。たちまち後姿が遠のき、このまま逃してしまうのか、と思ったその時だった。

「ええぃ!どいたぁ!」

 見かねた平岡警部は怒声を張り上げると、2発空へ発砲した。一瞬訪れる静寂。ピエロが逃げ出すのを皮切りに、観覧車待ちの列が蜘蛛の子を散らすように逃げだした。平岡たちは再び後姿を追いかける。雑踏に道を阻まれては発砲を繰り返すこと二回。彼らの猛追により、ついに浴衣の男は屋上の手すりに追い込まれてしまった。平岡と松尾が拳銃を構える。

「両手を上げてこちらを向け!」

 松尾刑事が叫ぶ。男がゆらりと手をあげた。紺地の浴衣、紫帯の後姿に照準を合わせる。浴衣の裾が風ではためくと、男はくるりと向き直った。

「噂に違わぬ奇怪な奴……。」

 平岡警部がうめくように呟いた。松尾も息を飲む。
 両手を挙げた浴衣姿の男。遠目に見ればあなたにもそう見えただろう。だが頭部は黒頭巾に覆われ、相貌に人らしき器官は無い。のっぺらぼうか。否、顔には赤身肉を模した仮面が嵌められている。仮面に空く双眸は2人を凝視していた。
 世間では"お肉仮面"と呼ばれる男。この怪人物こそ、「桐箱生肉事件」の重要参考人だった。

「200世帯だ。」銃把を握り直し平岡は続ける。「肉を送りつけた理由は何だ。」

「なんでしょうな?」その瞬間、体を翻すと仮面の男は屋上から飛び降りた。「知りたくば、私を腑分けなさいッ!」

 それが最後の言葉だった。






 平岡警部へDNA鑑定の電話が届いたのは、1ヶ月後のことである。

「あいよ。」

「平サン、あんたの言うとおりだったよ。」

「ああ?」

「生肉はぜんぶ仮面野郎の体で出来てる。」

【続く】


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