小説【 アイドル 】

ふたりが出会ったのは中学時代の修学旅行。忘れられないまま離れて暮らし、大学3年の春、彼は同じ日に同じ場所に立つ…会いたいと願った6年越しの恋。

※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓

アイドル【idle】偶像。崇拝される人や物。人気者。あこがれの的。熱狂的なファンを持つ人。

   ***

はじめて彼女に会ったのは6年前。俺は中学3年で修学旅行の2日目だった。

午前中に皇居の周りと国会議事堂を見学し、解散後グループの男子5人と自由行動で表参道から明治神宮に向かった。

その参道で俺はスマートフォンを拾った。半分砂利に埋まっていて拾うとバッテリーはあったがロックで画面はひらかず「放っとけよ」と仲間たちには言われた。「そこら置いとけ」

「誰かに持ってかれるよ置いてったら」と俺が言っても「落としたヤツ戻って来るって。行くべほら」と仲間は気にせず参拝に行こうとした。

「ちょっと届けてくる」と俺は来た方を指さした。「さっき交番見たし」来るまでの途中で見たのを憶えていた。

「あったか交番なんて」

「遠いって。めんどくせって」

渋る仲間たちに「いいよ先に行ってて」と俺は言い置いて引き返した。別にいい子ぶったわけじゃない。ただ気が小さいだけ。スマホがどうなったかと参拝のあいだずっと気にしているのは嫌だった。放置してもし帰りになくなってたら? 持ち主の手に戻ったとは言い切れない。なぜ届けなかったと修学旅行のあいだじゅう気になるのは勿論、山形に帰って親父の顔を見られない気がした。親父は警察官をしている。表参道で交番が目についたのはたぶんそのせいだと思う。

電話が鳴ったのは参道を引き返す途中で画面を見ると女の名前が出ていた。なんという名前だったかは憶えてない。どうしようと一瞬迷ったが出るしかなく「はい、もしもし」と出ると、

「あ、出た出た、早く」と最初の女の声は途切れ、

「あ、もしもし、すみません」と次に出たのは少し低い声の女で「私あの、その携帯電話の持ち主で」と言った。「落としてしまって、取りに行きたいんですけど、そちらはどちらですか?」

「あぁ、明治神宮の、途中の道って言うか」と俺が答えると、

「あ、じゃあ行きます。すみません待っててもらえますか?」と早口ですまなそうに言った。

「いやここだと、たぶんわかんないって言うか、見つけられるかどうか」参道は広くて人通りが多かった。スマホは白いカバーを付けていたが平凡と言えば平凡で「今どこですか」

「竹下通りです。原宿の駅に戻るとこで」

「あ、じゃあ橋、鳥居に入るとこの橋の上で」と俺は提案した。「線路の上にかかってる。そこまで行くんで」

「わかりました。ありがとうございます」

「じゃあ」と切りかけた電話から、

「ごめんなさい」と声が聞こえた。

約束の神宮橋に走って向かうと4人の女子、学生服のグループがいて一番背の高いショートカットの子がまっすぐ来た。「すみません。さっき電話したあの」

それが彼女だった。俺の手にしたスマートフォンを見ていて、

「あぁ、はい」と俺は返した。もっと年上の女を想像していた。同じ中学生らしいのは彼女とその仲間たちの雰囲気でわかった。

「ありがとうございます」と彼女は両手で受け取り「ごめんなさい」とお辞儀した。

「いやぁ、交番行こうと思ったら鳴って、かかってきて」

「そうですか」

「うん、よかった」と俺がほっとしてうなずくと、

「ありがとう」と彼女もほっとした顔で微笑した。

「ううん」それから彼女のむこうで待っている女子たちが気になり「じゃあ」と俺は鳥居の方に戻った。

「ごめんなさい。ありがとう」

俺は一瞬振り向いて手をあげたがとまらず、走りながら鳥居の手前でもう一度振り向くと彼女は仲間たちに囲まれて原宿方面に戻っていくところだった。その細い背中が目に焼きついた。

   ***

※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓

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