小説【 夢で会えたの 】

夫の恭司が死んで半年。琴美の夢にはよく恭司が現われる。成仏できない彼の霊か。再会を願う琴美の空想の産物か。ありありとした存在感に戸惑いながら、琴美は夢に身を委ねようとする…今は亡き人との再会の物語。

※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓

まどろみのなか物音がして松永琴美が目をあけると夫の恭司が寝室に入ってきた。スーツに鞄を持ったいつもの出勤時の格好で、琴美に気づくと「ただいま」と微笑する。

「おかえり」と琴美は体を起こし「遅い。ずっと待ってたんだから」とふくれると、

「寝てたじゃない」と恭司は笑顔で鞄を置く。ネクタイをはずす。

「待ちくたびれたの。どこ行ってた?」

「出張さ。名古屋」

「あぁ――」そうだ名古屋に行ってたんだ、と琴美は思い出す。

「話したろ。忘れた?」タンスにネクタイをしまっていた恭司は振り向き「ほんと人の話聞いてない」と笑う。

「え」と琴美はドキッとし、

「いつも上の空で」とスーツを着替える恭司の背中に、

「そうだった?」と琴美は真顔で聞いた。「私そうだった?」

   ***

そこで琴美は目を覚ます。目尻が涙で濡れていた。

時刻は5時すぎでカーテンの外は明るい。体を起こして寝室を見まわしたが恭司の姿はない。夢だった。

恭司が急死したのは半年前。去年の11月14日。出張先の名古屋のホテルで心不全だった。

仏間は寝室の隣りにある。恭司の遺影のほかに彼の両親の写真があった。父親は恭司が幼い頃に病死し琴美は会ったことがない。女手一つで恭司を育てた母親は5年前にやはり心不全で他界。しかし高血圧による慢性の心不全で恭司とは違う。恭司は低血圧だった。日頃から健康に気をつかい煙草は喫わず酒もほとんど飲まず、毎年の健康診断の結果は良好だった。

   ***

一人娘の理沙は看護師になって3年目の25歳。勤めている大学病院はわりと近くで通勤に使うスクーターだと15分。深夜勤の時は朝9時前に帰宅する。スクーターはカーポートの隅が定位置でとめるとハンドルにロックをかけ玄関に向かう。自宅は築40年の2階建てで建て替えを検討し始めた矢先に恭司が死んだ。

玄関の鍵をあけつつ理沙はリビングのカーテンに気づく。まだしまっているのはおかしかった。ママは寝坊? それとも外出? 玄関を入りダイニングに来て「わぁ」と驚く。暗いなかに琴美が座っていた。

「おかえり」と琴美は目を上げる。

「ただいま。どうしたのカーテンもあけないで」と理沙は窓辺に行きカーテンをあける。

「ごめんご飯つくってない」と琴美は椅子に座ったまま詫びる。

「寝坊した?」

「ううん。パパの夢見た」

「パパ?」と理沙は振り向く。

「うん」と琴美は目を伏せてうなずき、

「どんな?」と理沙はキッチンに行く。

「帰ってきたんで『どこ行ってた?』って聞いたら、出張だって。名古屋って」

「名古屋?」理沙はキッチンでまた振り向く。

「話したろ、忘れたのかって」

「へぇ――」

「いつも上の空で――確かにそうだった。ちゃんと話を聞いてないこと多かった」

「夢の話でしょ」と理沙は流しで手を洗う。

「名古屋で倒れたって連絡来た時も、ピンと来なくて」

「ショックだったからでしょ、それは」

「話を聞いてたら、もっとちゃんと話してたら、体調不良も訴えてて、気づけたかもしれない」

「そんなことないよ」と理沙はため息をついて水をとめる。「健康診断でもどこも悪くなかったじゃないパパ」

「そうだけど」

「多少働きすぎでも特別じゃなかった。不摂生もしてなかったし当日お酒も飲んでなかった。それで心不全なんて――」理沙はタオルで手を拭く。「寿命だったのよ」

「すぐそう言うけど」

「もう半年じゃない。原因わかんなくてモヤモヤするのはわかるけど、そろそろ考えて。元気になろうってして」

「うん――」と琴美はまた目を伏せる。

理沙はイライラしたことを後悔した。しかし謝らずに琴美を見ないまま食事の準備をした。

   ***

※収録の短編集は4月20日発売(税込400円)↓

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