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Fate/Revenge 13. 混沌の王

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     13.混沌の王

 昼日中の大魔術を隠すため、璃正りせいと神父服の女性が大きなアーチ窓のカーテンを次々と閉める。室内が暗くなると、キャスターの展開する魔法陣がくっきり見えた。絨毯の薄暗い床に青白い魔法陣が浮き上がる。
 慌てて壁際に移動しながら、ウォルデグレイヴがしげしげと観察する。アンはただ言葉もなく、過去世の投影たる大魔術に見入る。アルトリアはホムンクルスの美女の隣に立ち、璃正と神父服の女性も長椅子の後ろに入りこんだ。床の魔法陣が巨大なので、そこしか立つ場所がなかったのだ。
「ランサーよ、中心の円の中に立つがいい」
「分かった」
 ランサーは器用に複雑な魔法陣のどこにも足を下ろすことなく、中心に輝く六芒星の中に立った。彼はにっこりとウォルデグレイヴを振り返った。
「愉しかったぞ。そなたには感謝している」
「ランサー、わたしは」
「悔いはなかろう? 愛しき騎士王に会えたのだ。自らの忠誠を隠すことなかれ。そなたは忠義者だと最初に言ったではないか。さらばだ、ウォルデグレイヴ」
「ランサー!」
 ウォルデグレイヴが長身を乗りだして目を見開く。ランサーが前に向き直る。そして、それきり人形のように動かなくなった。直立し瞬きもしなくなったランサーにアンははっとした。
 僕は人間でさえない。それは本当だったのだ。彼は生きて動く戦士ではなく、神が鋳造した神造武装としての本性を現した。
 じゃらんっ!
 妙な音がしたと思ったら、魔法陣の中心には蛇のごとく蜷局を巻く、長い鎖があった。
 セイバーたるアルトリアはぎょっとしたように鎖の山を見つめる。
遠坂とおさか、君は私の背後に。私がタウを啓いたら君は降りてきた英霊をつかまえろ。解るか」
「はい。王冠の投影の中心に英霊を閉じこめればいいのですね」
 明時あきときがすらすらと答えると、キャスターたるドクトル・ファウストが微笑んだ。
「流石は遠坂の血筋よ。呑み込みが早い。正確に中心からずれないようにすれば、後は聖杯の召喚システムが令呪れいじゅの縛りを掛ける。そこまで制御できればいい」
 あっさりとキャスターは言ったが、つまり、聖杯のシステムが及ぶまでの間、明時は自らの魔力のみによって過去の英霊の写しを統御し、支配しなければならないということだ。信じがたいものを見るようなウォルデグレイヴの前で、明時がにっこり笑った。
「できます」
「宜しい」
 キャスターが一同を見回して言った。
「予め知らせておくぞ。此度の失態で聖杯は本来のシステムに戻らなくなるだろう。さまざまなルールが設定されていたようだが、それらは全て少しずつ破壊されていく。いずれは二度、三度と呼び出される英霊が現れたり、以前に呼び出されたはずの英霊が前回の聖杯戦争のことを覚えておらぬといった不具合が生じるはずだ。あるいは、本来であれば呼び出されてはならないような存在が呼び出されるといったこともな」
「つまり、英霊の召喚システムに不具合が残ると?」
 興味深そうにウォルデグレイヴが乗りだす。彼は魔法陣の光に触れないように身体をわずかに逸らした。キャスターが小さく首を振った。
「厳密に言うと、英霊の座から英霊を転換するシステムに綻びが出るのだ。次の六十年後には用心するのだな。今までとは違う聖杯戦争が展開されるであろう」
「覚えておきます。ドクトル・ファウスト」
 明時が優雅に会釈すると、キャスターは面白そうに見やった。
「では我が最大の奥義を見せようぞ。そなたら、しかと見届けるがいい」
 キャスターが両腕を広げると、魔法陣の上にさらに魔法陣が現れた。明時とウォルデグレイヴは目が離せない。もちろんアンも。この世ならぬ光の乱舞が始まった。
「この世の善とこの世の悪と絶対空間の交わりのうちに生ずる日没の青い瞼の娘、女神ヌイトに到る道。絶対的無限光アイン・ソフ・アウルを降り来たらせよ……」
 キャスターが呪文を詠唱するたびに、魔法陣の上に魔法陣が現れて光のツリーに変わる。魔法陣はそれぞれ光の色が違っており、赤や白、黄や緑、青、紫、光り輝く銀や金、さまざまな色の光が部屋の中を横切ったかと思うと、全く違う色の光に変わり、魔法陣となって宙に浮くのだ。
 璃正は初めて見る大魔術に目を奪われた。
 ああ、これが明時さんの見たい世界なのだ……ぼんやりと理解できた気がした。この世にいくら生きたとしても手に入れることのできない神秘を、彼は見たいのだ。魔術によってしか到達しえない不思議な世界を。
 魔法陣は十層にまで連なった。
生命の樹セフィロトか」
ウォルデグレイヴが瞬きも惜しんで見つめる先で、キャスターがアンを振り返った。アンは悲痛な顔で壁に張りつきながらも乗りだし、必死にキャスターを見つめていた。キャスターが優しく微笑む。
「別れの時が来た。笑っておくれ、アン」
 アンは涙をこぼしたが、ぐいと拳で振りはらった。彼女は華やかな娘らしい明るい笑顔をつくって見せた。
「大好きよ、あたしの魔術師キャスター
「私も、そなたが大好きだ。忘れないよ」
「あたしも。あたしもあんたのこと、絶対忘れない」
 美しい娘の笑顔の頬を透き通る涙が伝う。キャスターは振り払うように前を見て、明時に合図する。明時はキャスターの後ろから手を伸ばし、その手のひらを開いた。そこには淡い紅色さえまとう大きな黄玉シトリンがあった。
 キャスターの詠唱が響く。彼の魔術は根源に限りなく肉迫し、本来であれば不可能である時空間を越えた召喚を可能とする。だが、その代償は彼自身の生命……キャスターの姿はふんわりと光をまとい、ぼやけはじめた。
正六角形ミクロプロソプスをめぐらせる真実よ。王子にして息子、仲介の心霊よ、眩く輝く神霊のうちに王冠を。400と32のゲー、タウを啓き、世界の処女を光臨せしめん。王冠に在りしものを物質にも在らしめよ!!」
 キャスターの姿は金色の光の粒と変わり、天上へと消え去っていく。その光の中で明時の黄玉が輝きを放ち、崩壊していく。彼がこの戦争のために力を蓄えてきた石も、キャスターの大魔術を継承した瞬間、ひびが入った。
 明時の声が呪文を継いだ。
「王女の四人に守られし国よ。月によって結ばれる三つの三角、ぺー、ツァディ、コフ、レッシュ、シンに集うタウ、救われぬ処女を受胎せしめよ。イェキダーとグフの結ばれし刻、閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ、繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する」
 アンも知っている呪文が始まった。とうとうアサシンの英霊が魔法陣の裡に降りたのだ。後は実体化させるだけ。明時の手の上の宝石はとうに砕け散り、彼の額には玉の汗が浮く。ただの召喚儀式なら明時は宝石など必要とはしなかった。しかし明時の意識のうちで、その英霊はあまりにも強く、魔力による誘導に肯んじない。明時は力ずくで英霊の首に縄をかけ、引きずり下ろさねばならなかった。
「告げる……汝の身を我が下に、我が命運を汝の剣に、聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ! 誓いを此処に! 我は常世全ての善と為る者、我はこの世全ての悪を敷く者、汝三大の言霊纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
 ごうううっ……
 部屋の中を風が渦巻いた。十層の魔法陣が上から一つずつ消えていき、そのたび新たな英霊の輪郭が浮かんできた。

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