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金剣ミクソロジー④ギルガメッシュ、厨房に入る-①

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家&馬主(not JRA)に成り上がっています

ギルガメッシュ、厨房に入る

 1942年、いよいよ日本国内の空気はおかしくなっていた。太平洋戦争の開戦や満州での戦争の激化、ヨーロッパでの絶望的な戦局など、世界は激動の時代を迎えていた。特に日本では外国人排斥の気運が高まっていて、ギルガメッシュとアルトリアは長く冬木ふゆき深山みやまの洋館に住まいしてきたが、館の管理もままならないようになっていた。
「なあ、アルトリア」
 ギルガメッシュに提案されたとき、アルトリアもその方がいいと素直に思った。
「いったん住まいを我が故郷ふるさとに移さぬか」
「ああ。同意する」
 もう一つの家とも言うべきロンドンのホテルは、とうてい住めるものではなかった。まだ空襲にさらされていなかった日本と違い、ロンドンは戦火の下にあり、二人の愛したホテルもまともな滞在は不可能だったからである。アルトリアが広大な荘園を有するブルターニュも同様だった。すでにナチスドイツの侵攻は始まっており、いずれブルターニュの地も彼らの手に墜ちるのは確実だと思われた。
 二人にとって安住の地はギルガメッシュの故郷ウルクしか残されていなかった。
 といってもイラクも戦火の下にあった。そもそも、この時代、イラクは大英帝国の信託統治領──ありていに言えば植民地に過ぎず、対独代理戦争の様を呈してきたシリアやサウジの独立抗争に徴兵を強いられていた。それだけでなく国内は独立を求めるナショナリストと親英路線のエリート層、親独路線を進めたがるテロリストすれすれの活動家が三つ巴になって、騒然としていた。
 しかし、いつの時代も何故か、シュメルはそんな騒ぎと無縁だった。
 湿地の多い特殊な地形、厳しい気候、船なしには移動できない風土が他者の立入を拒み、いつから続くか判らないほど根深く絡みあった部族社会が、外の世界のしがらみを持ちこませないのだった。
 そんなシュメルでギルガメッシュは圧倒的なコネクションを有していた。
 ウルク周辺の広大な土地を持ち、ペルシア湾岸に多くの島を所持していた。しかし、これはペルシア湾の航行に彼が影響力を持つことを示していた。既に手にしていた油田と、原油の運び出しに欠かせないペルシア湾航路の中継地を手にすることで、ギルガメッシュは誰に対しても頭を下げる必要のない立場を手にしていた。
 はたで見ていたアルトリアが不思議に思ったのは、どうにも警戒心の強いシュメルの人々がギルガメッシュには心を開くことだった。ほんの少し話しただけで、彼らはギルガメッシュを王のごとく信頼し、彼のためなら尽力を惜しまないようになるのだった。
 だから二人は限られた期間ながら、シュメル時代さながらの葦の家に住むことになったのだ。
 族長でもある村長が二人の住む家に案内してくれた。ギルガメッシュは以前から村に住む権利を認められていたから、家を持ってはいた。二人は稀に訪れる程度で住んだことはなかったが。
「旦那に割り当てた家はここです。ずっと前から貴方がたの物だ。心配しなくていい。少し掃除はしていたけれど、何もないから、今夜は私の家に泊まるといい」
「そうしよう。明日、掃除の人手を借りたい。頼めるか」
 ギルガメッシュがゆるい長い白シャツを着て、頭にも白い布を被っている。腰を大きな赤いスカーフで縛っているのがギルガメッシュらしい着こなしで、それ以外は現地の人と同じだった。アルトリアも黒いチャドルを着て普段の服を隠していた。
 二人の前には村長の家と遜色ない大きな葦造りの邸宅があった。といっても水辺の浮かぶ家ほど全てが葦で造られているわけではなく、壁は葦を漆喰で固め、屋根を葦で葺いた二階建ての建物だ。一階は家畜を飼えるようになっているが、食料庫などにも使える。二階はかまどと水回り、客間、広い寝室に分けられている。明かりとりの窓も多く、家の中は涼しい風が流れている。この家が村長の家と同じで特別なのは井戸があることだった。
 ひと通り見てまわって、アルトリアは頷いた。
「これで私は充分だ」
 するとギルガメッシュが苦笑いして肩をすくめた。
「いささか簡素に過ぎるきらいはあるが、まあ、そなたがそう言うなら一度はよかろう」
 こうして二人はウルク近くの小さな村で暮らしはじめた。
 何もかもが冬木とは違っていた。二人が生活の基盤を置く日本、イギリス、フランスはいずれも進んだ国で、何かと便利な生活が約束されていた。しかしイラクの南部は昔ながらの──ギルガメッシュが生きた時代とさして変わらぬ生活が保たれていた。
 アルトリアも何度か訪れて当地の習慣は知っていたものの、何かと勝手が違う。
 二人は少しずつ生活の基盤を調えようとした。
 まずアルトリアは通いの家政婦になってくれる女性を捜そうとした。イスラームの習慣に従ってチャドルを身につけ、洗濯場に行ってみた。そこでは多くの女性が賑やかに会話していた。
「だからさあ、ハサンの奴がね」
「あいつは気をつけた方がいいよー。調子者でさ」
「こんにちは」
 アルトリアが声を掛けたとたん、ぴたりと彼女たちが口を閉ざした。アルトリアはチャドルの下から目礼した。
「初めまして。新しく越してきたスミスと言います」
「あ」
 彼女たちはそそくさと自分の洗濯物を片付けて場を開けた。
「どうぞ、スミス様」
 蜘蛛の子を散らすように人がいなくなり、アルトリアは茫然とした。仕方なくアルトリアは洗濯を始めた。持ってきたのは形ばかりのシャツ一枚だったので、あっというまに終わったが、見られているのを感じた。囁きかわす声がする。
「奥さんは外国人なんでしょ」
「スミス様も金髪だけど、お顔立ちが違うものね」
「あの人、ムスリムなの?」
「さあ」
 ギルガメッシュは一帯の地主であるだけでなく、地域の発展に様々な手助けをしてきた。学校を建てる資金を出したり、地域の人々に貿易や観光の仕事を作ったり。その御蔭で二人は怪しまれずに村に迎えられた。その一方で、近寄りがたい雲の上の存在のように思われているらしかった。
 それは、二人が買い出しに行った場所でも感じられた。
 アルトリアとギルガメッシュが一緒に絨毯屋に赴いたときのことだ。アルトリアは当地の絨毯が好きだったし、キリムやラグにも興味があった。ギルガメッシュが指示する通り、客間と寝室、食堂や廊下に敷く絨毯を気の向くまま選んだ。
「毎度ありがとうございます」
 主人が差し出した伝票の数字を見て、アルトリアは目を疑った。イギリスで買うのと変わらない金額が書いてあったのだ。
 そんな馬鹿な。
 イスタンブルで買ったときも、もっと安かったぞ。
 アルトリアに買いものを任せるとき、ギルガメッシュは何も条件を付けない。アルトリアがいくら使おうが構わないという態度だった。しかしアルトリアは自分の使った額をきちんと計算し、相場に照らして真っ当な額であると思ったものを買うようにしていた。店の経営もしてきたアルトリアだ。財布も持ったことのない立場だったが、市場経済を学べた。そう自負している。
 なのに。
 ギルガメッシュはつらっと伝票を見ると、さらさらとサインした。
「よかろう。イスラーム財団ワクーフの小切手で払い出す。モスクで受け取るがよい」
 アルトリアはあぜんとした。ギルガメッシュが気づいていないわけがない。
 家に帰るや、アルトリアは問い質した。
「ギルガメッシュ、あの絨毯屋はふっかけている! どうして払ってしまったのだ」
 ギルガメッシュが頭布サウブを引っ張り下ろすと、アルトリアをじっと見つめ返した。赤い瞳が緩んだと思うと、彼はげらげら笑いだした。
「そなたが、そんなまともなことを言うようになるとはなあ」
「笑い事ではない。あれは不当な取引だ。あんなに高いわけがない」
「ああ。その通りだ、アルトリア」
「では何故!?」
 つっかかるアルトリアの肩をギルガメッシュが両手で押さえた。
「富める者は貧しき者に施すべし」
 アルトリアはきょとんとしてギルガメッシュを見上げた。彼は穏やかな笑顔でアルトリアを見つめる。
「なあ、アルトリア。そなたの国では貴族の間で寄付だの施しだのが流行っておるな」
「悪い話ではない。どんな形であれ、貧しい者が助けられるのであれば」
「同じことだ」
「どこがっ。きちんと店を持ち、働いている者が不正な取引をすることのどこがっ」
 怒りの納まらないアルトリアをギルガメッシュが抱きしめた。耳元で低く囁いている。
「我らが法外に高い金額で絨毯を買った。あの金がどこにいくと思う。絨毯を織った娘や母のところにいくのだ。そうして彼女らは次の仕事を得るだろう。先だっての絨毯が高く売れたとなれば、有利な仕事が回る。そうして、この社会は助けあっておるのだ」
「……イスラームというやつか」
「左様」
 ギルガメッシュが抱擁をとくと、アルトリアは不満げな顔だが、声を荒げたりしなくなっていた。ギルガメッシュが肩をすくめた。
オレは会計は明朗にすべしと定めたのだがな。計量や値付けでごまかしがあってはならぬ、と。その方が広く商うには有利なのだが、まあ広い範囲で同じルールが適用されておるのだから、埋め合わせもついておると見える」
 アルトリアはちらりとギルガメッシュを見上げた。彼は感情の読めない顔をしていた。あまりにも顔立ちが整っているので、彼が複雑な感情をいだいていると、かえって美しさは冴え渡り、心の裡を見えなくしてしまうほどだった。
「貴方も本当は不当なことだと思っているのか」
「いささか馬鹿げた習慣ではある。シュメルでは認められぬ」
「でも、貴方は払った」
「それが当地で巧くやっていく方法ならばな。ここはウルクであって、ウルクでないわ」
 ギルガメッシュの横顔が寂しげだと思った。彼の故郷は変わってしまったのだ。彼も思わぬ方向に。
 唐突にギルガメッシュがからから笑った。
「我々が富裕であると思われている証拠よ。まあ日用品はそれなりに値切って買え。今日のことで我々が吝嗇りんしょくではないと分かったであろう。ならば、今日ほどはふっかけまい」
「そういうものか?」
「彼らが我が民の末裔ならば、そのはずだ」
 納得いかないアルトリアだったが、彼の言葉は当たっていた。
 市場で惣菜や果物を買うときは地元の人と会計が大きく違うことはなかった。だが、そこでもアルトリアは当惑せざるをえなかった。
「オレンジをくれ」
「はい。スミス様には、こちらを」
 店番の老婆が一番奥に置いてあった籠から傷のない一級品を袋に入れる。
「いや、普通のものでよい。気を遣わずとも」
 慌てるアルトリアを意に介さず、老婆は贈答用の逸品を袋に詰めて渡した。しかも会計は通常品と同額だ。アルトリアは慌てて差額も含めた金を渡した。
「これは気持ちゆえ、返さずともよい」
「いえいえ。こちらこそ気持ちですから。うちの孫は旦那さまの建ててくださった学校で字を覚えました。御陰様でよい暮らしができております。ですから、せめてこれをお持ち下さい」
 こう言われるとアルトリアは居たたまれなくなり、
「では、せめてもう一つ。そこのアーモンドを一袋くれ」
「はい。かしこまりました」
 老婆も今度は普通に会計してくれた。
 上等のオレンジと買う気のなかったアーモンドを提げて、アルトリアは首を傾げる。老婆の献身的な態度には胸を打たれる。しかし、この地の不思議な駆け引きが見えてくると、さては体よく余計な買いものをさせられたのではあるまいか、と頭に浮かんでしまうのだった。
 あまり人を疑うことが得意でないアルトリアだ。ただ買いものを行っただけで、どっと疲れてしまうのだった。
 急に日本の気の置けない市場や商店が懐かしくなった。どこへ行っても明朗会計。女性が一人で買いものしようと、いささかも不思議がられず、気楽に甘味処やソーダファウンテンに寄れる日本。アルトリアは買い出しの途中にふらりとアイスクリームを食べ、ギルガメッシュに洒落た菓子の一つも買うのを楽しみにしていた。
 とぼとぼと村はずれの坂の上の家に帰ると、アルトリアは荷物を放り出してギルガメッシュの胸に身を投げた。
「ギル!」
「どうした、何があった」
「何もない! 何もっ」
 アルトリアはぎゅうっとギルガメッシュの背中をつかみしめて顔をうずめる。ギルガメッシュは何も言わずに抱きしめてくれた。


 それでもアルトリアは少しずつイラク南部の暮らしに馴染んでいった。一人で買いものに出るのも億劫ではなくなり、洗濯は信頼できる洗濯屋を見つけて任せている。料理はほとんど外食だが、これがアルトリアには楽しみだった。アラブの料理はエキゾチックで食べやすく、アルトリアの舌に合っていた。朝早くは屋台で焼きたての平パンと絞りたての乳脂ゲーマルを買い求める。急いで家に帰ると、冷めないうちに棗椰子蜜デブスと一緒に頬張るのだ。昼と夜も市場の食堂で済ませられる。
 ただ家政婦を雇おうにも、これだけが上手くいなかった。
 ギルガメッシュも気にしてはいた。
「アルトリア、めぼしい女性は見つかったか」
「いや。難しい」
 アルトリアはなんとか地元の女性の輪に入り、人を捜したが芳しくなかった。抜け目のなさすぎるシュメルの末裔たちは、アルトリアにとって気安い存在ではなかった。口が堅く、会計も任せられ、仕事もできる女性がたくさんいた日本とは違う。そうでなくとも英国からの徴兵令があるせいで、どこの家も働き手を外に出したがらない。シュメルはさほど多くの徴兵が行われているわけではなかったが、暮らしの楽な地域でもない。
 人を雇うのは諦めた方がいいとアルトリアは考えていた。さっと部屋を見渡して肩をすくめる。
「まあ、さして広い家でもない。掃除は私が担当しよう。できないことはあるまい」
 アルトリアがあっさりと言ったので、ギルガメッシュは目を剥いた。
「そなたが掃除だと」
「ああ。何か変か。私は貴方との暮らしをかき乱されるくらいなら、自分で掃除をした方がましだ」
「愛い奴」
 ギルガメッシュは愛する妻の言葉に幸福感に満たされた。テーブル越しにアルトリアを抱き寄せようとして、彼女が苛々した声をあげる。
「こら、ギルガメッシュ、危ないっ」
「それほどオレと二人きりになりたいと申すか。よいよい。許すぞ」
「誰がそんなことを言ったっ」
 こうしてアルトリアは朝食の後、ひと通り家の中を掃除するようになった。シュメル式の家は実にシンプルな構造だった。一階の床は土間だし、二階の床は重ねた葦と木材を漆喰で固めたもので、絨毯を上げてごみをはらい、軽く箒で掃くとすぐに掃除が終わった。
 アルトリアは故郷の習慣を思い出して食堂と客間の床にミントの束を散らして置いた。こうすると部屋の空気も浄められて胸が空くような心地がした。二人が行き来するたび、爽やかな香りにつつまれて過ごすことができる。ギルガメッシュにとってもストローイング・ハーブの習慣は身近なものだった。足元を眺めて、彼はにやりと笑った。
「これは懐かしいな。悪くない」
「虫除けにもなる。ヒソップがあれば、なおよいのだが、市場で見かけぬ」
「柳薄荷か。あれは山の上でないと生えぬな」
「ふーん」
 訳知り顔のギルガメッシュにアルトリアは肩をすくめた。イングランドでもブルターニュでも庭先に生えているような気取らない植物なのだが、ここでは入手が難しいようだ。
「そなたの国とは、とにかく気候が違うゆえ、植物の生える場所は全く違うぞ」
「分かっているつもりだ」
 アルトリアが頷くと、彼は何を思ったか、アルトリアの手をとった。
「森にゆかぬか」
「森? どこの」
 高温多湿でありながら、降水量が多いわけではないシュメル。アルトリアは瞬きした。当地に来てから大きな木を見たことがない。木立のようなものさえ記憶になかった。
「少し離れておるが、丘の上まで行けば森がある。そなたの国の見事な森とは少々違うが」
 ギルガメッシュの顔が少年のように煌めいた。悪戯を思いついた男の子の顔。アルトリアは穏やかに頷いた。
 山野には彼の思い出が詰まっているのだろう。
 胸の痛くなるような思い出と心躍る記憶の断片が。
「よいな。気晴らしになる。行ってみよう」
「そうと決まれば準備だ!」
 ギルガメッシュがうきうきと家を出て行ったので、アルトリアはきょとんとした。アルトリアはあくまでピクニックに行くような話だと思っていたからである。

ギルガメッシュ、厨房に入る-②に続く

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