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Fate/Revenge 12. 翡翠の鳥──Blauervogel-①

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     12.翡翠の鳥──Blauervogel

 アンはよく知っている家の中にいた。それは自分のうちだった。だが窓枠はぴかぴかで壁紙には色褪せもなく、家の中は何もかもが新しかった。アンにとって、たった一つの自慢の種である、あの巨大な本棚が家に運び入れられたところだった。
 そこには豊かな黒髪を撫でつけた男が行き来していて、一人きりなのに活気があった。彼は愉しそうに本棚に本を詰めていく。背中しか見なくても、それが分かるほどウキウキしていた。
「ああ、マルガレーテ……君さえいれば毎日が天国だ!」
 その台詞でアンはぴんと来た。あら、どうしたのかしら。私、ファウストの夢を見てるのね。遠い遠い御先祖さまの夢を──アンの夢の中でドクトル・ファウストは村の居酒屋でマルガレーテと踊り、恋文を交わし、愛を告白する。マルガレーテは最初とまどった顔をしていて、アンはファウストの後ろでくすくす笑ってしまった。だって魔術と博物学一辺倒の御先祖さまに突然、告白されたところで信じられなかろうと思うのだ。
 だがマルガレーテの姿は見えなくなってしまう。
 御先祖さまは悪魔との賭けに負けたのだ。
 マルガレーテはファウストの魂と引き換えに天上に召されてしまう。ファウストは生き残ったが、マルガレーテは死んだ。悪魔もいなくなったが、愛も死んだ。
 あれほど楽しそうだった男の背中は痩せて沈んだ。
 机に向かって、ドクトル・ファウストはぶつぶつと呟いた。
「魔術なんぞ使ったから、自分の腕に溺れたりしたから、あんなことになったのだ……いっそのこと危険な術などない方がいい!」
 そして彼は今も家に伝わる小さな本を書き始める。その内容をアンは諳んじることができる。アンは夢の中の御先祖の背中から一緒に呟いたほどだ。
「魔術を私利私欲のために行使してはならない。魔術の使用には十分に留意しなくてはならない。魔術の使用によって他者の人生を歪めてはならない。魔術の使用によって自分の人生の方向性を変えてはならない。自分だけが有利になることに魔術を用いてはならない。魔術は必要最低限にしか使ってはならない」
 手のひらに収まる小さな本はアンが最初に読んだ本である。それは今も御先祖さまの美しい筆致を伝え、ファウスト家の誇りを支える礎なのだった。
 ペンを置くと、家の中から男がいなくなった。代わりに、そこには金髪碧眼の幼い娘がいた。彼女はぺたんと床に座り、一心不乱に本を読む。貧しい娘で着ている服は擦りきれている。薄い麻の服を何枚も重ねて寒さをしのいでいた。
 夢の中でアンは卒倒しそうになった。
 あれ、あたしだわ!
 なんで自分の夢を見てるの。こんなことってあるの?
 アンがアンを見つめる視界の間に黒いインバネスの背中があった。男の髪は灰色に褪せ、その顔は両手で覆われていた。
「なんということだ……そんなつもりではなかった」
 男は机の前にいたときのように、ぶつぶつと呟きつづけた。
「魔術を使ってはならんとは言っていない。何故、生きるために持てるものを使わないのだ! 私の家訓が私の子孫を苦しめている。私にとって魔術の乱用は危険だった。だが、お前たちは違う。今こそ持てる力を用いて生き延びよ! 本当の危機に当たって、持てる力を行使しないのは臆病者のすることだ!」
 違うわ、御先祖さま。あたしたちは自分で危険な魔術を取り除いてきたのよ。確かにほとんど魔術らしい魔術は使えなくなった。でも、あたしたち困っていないわ。知識もきちんと伝えているし、魔術回路の活性度も落としていない。魔術師としての質は保たれています。
「いかん。今のままではいかん。あの子を救ってやらなければ。私のせいだ。私が妙な本を残したりしたからだ。私はなんとしても、あの子のもとへ行かねばならん」
 黒いインバネスの背中が振り向いた。
 アンは初めて、じっと男の顔を見た。
「キャスター!!」
 絶叫して飛び起きた。
 そんな馬鹿な。御先祖さまが悪魔の顔をしているはずがない。だってキャスターはメフィストフェレスよ。
 しばらくアンは夢から覚めたという実感が持てなかった。明るくなってから寝たせいか、ほとんど寝た気がしなかった。心臓がどっどっどっと大きく鼓動を繰り返している。
 今のは何だったのかしら。
 ただの夢という気がしなかった。
 隣の部屋からラジオの音が聞こえていた。壁が薄いので聞こえてしまうのだ。
『昨夜、孔雀島で山火事がありました。島の大半は焼失し、現在は立入禁止となっています』
 いつものことながら聖堂教会の工作は早かった。オストクロイツ一帯はソ連のニヒリストたちがテロ工作を行って爆発事故が多発したことになっていた。もちろん犯人は不明だ。
 ああ、伯林ベルリンの人たちは、この街は、これからもっと窮屈になるだろう。アンは明るいベッドの中で暗い気持ちになる。だって孔雀島は今のあたしたちでも行ける限られた観光地だったし、なんだかんだ言って娼婦宿エッフェンリシェス・ハオスというものは男性の解放の場ではあったのよ。働いているアンにはよく分かる。どんなに窮乏しても、その目的のためには金を払うという人々がいるのだ。それで救われる人々も確かにいるのだ。
 だが昨日、アンの働いていた宿は破壊された。女将も聖堂教会の手で殺された。
 アンはキャスターの本で、この目で見たのだ。奴らは神に仕えているかもしれない。その仕事は確実で素晴らしいのかもしれない。でも残酷だわ。女将の記憶を消せばすむ話だったじゃない。だが彼らは瓦礫の下から重傷の女将を発見すると止めを刺したのだ。
 アンはベッドの中で顔を覆った。嫌な記憶は嫌な現実も呼び寄せた。
 あたし、職も無くしてしまったのね。これから、どうしよう。
 するとアンが跳びあがるほど、美しい声が聞こえてきた。心が浮き立つような鳥の鳴き声だ。
 びるるるるる……びるる。びるるるる……
 アンがそっと窺うと、明るい窓辺に見たこともない鳥がいた。翡翠色の美しい羽を持っていて、嘴は紅色。風切り羽だけが薄紫で、伯林青ベルリン・ブルーに晴れ上がった空によく映えた。
 鳥は陽差しの下でじっとしていて、どこかへ飛んでいく気配がない。
 雀くらいの大きさだ。
 アンがそっと窓を開けても鳥は逃げなかった。それどころか鳥はひょんと部屋の中に飛び入った。アンの肩にちょんと止まる。
「まあ……」
 きっと金持ちの飼っている高級な鳥が逃げ出したに違いないわ。娼婦宿に来る客が珍しい南国の鳥を見せあっていたことがある。そのときに極彩色の鳥をたくさん見たが、そのどれよりも翡翠の鳥は美しかった。
 アンは肩に鳥をのせたまま、ダイニングに出て行った。
「ほら、キャスター。見てよ」
 ラジオを聴いていたキャスターが振り返る。彼は特に驚きもせず、肩の鳥を見上げた。
「来たな。これは遠坂とおさかの鳥だ」
「判るの」
「私を誰だと思っているのだ、我がマスターよ。私は魔術の化身たるべきキャスターだよ」
 キャスターは自分より低いアンの肩に向かって、お辞儀をするように腰をかがめた。鳥の羽はよく見ると石の光沢を持っており、宝石を変化させたものであることは魔術をよく知る者には明らかだった。鳥に向かって囁きかける。
「ようこそ、魔術の鳥よ」
 すると突然、鳥が人間の男の声で喋りだした。アンはぎょっと目を丸くする。
「キャスターの英霊と、そのマスターよ。マリーエン教会に来たれ。聖杯戦争は中止されている。その理由を御存知のことと思う。かの黒い魔物に対処する方法を教えてほしい。キャスターの英霊よ、そのマスターよ。どうかマリーエン教会に来たらんことを」
 硬直するアンの肩で鳥は同じ言葉を繰り返した。

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