Fate/Revenge 9.聖杯戦争三日目・夜-①──策士たちの邂逅
二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。
9.聖杯戦争三日目・夜──策士たちの邂逅
「はっ! あんたは俺を連れたきたくせに索敵ひとつ出来やしないと、そういうわけか」
「そんなもの必要なかったわ! ライダーはわたくしを守って自ら戦いに身を投じてくれました。貴方も同じように働いてもらいたいわ」
「おいおい。どこに相手がいるかも判らんのに、どうしろというんだ。契約者として最低限の働きはして欲しいな。そうでなければ俺は梃子でも動かないぞ」
アーチャーたるジェラール・ド・リドフォールが、どかっと深紅のソファに身体を投げ込む。白いマントがぶわんと翻り、視界を隠した後、鋭い鉛色の瞳に射られてエヴァは竦みあがった。
エヴァはふたたびオストクロイツの娼婦宿に陣取っていた。
アーチャーは娼婦宿が誇る豪勢な食事を平らげ──これだけでも明時がマスターである方がよかったというものだ。彼の魔力は極上でアーチャーの基礎能力値に変化を起こすほどのものだった。だがエヴァの魔術回路は貧相なものでアーチャーは魔力供給に不足を感じていた。だからといって、こんな女と寝たところで得るものなどありはしない。
アーチャーがちりんとテーブルの上の呼び鈴を鳴らすと、扉がノックされた。大人しい黒衣の中年女性がおっとりとお辞儀する。
「御用でしょうか」
「ブルゴーニュのワインはあるか」
「はい。いろいろと揃えてございます。特級畑から村名まで」
「クロ・ヴージョと鴨の脂肪肝、焼いた牛肉を持ってこい」
「かしこまりました」
宿の女将がするりと消える。エヴァはアーチャーの横暴に怒り心頭となっていた。だが自分の魔力が減るのも嫌だったので、アーチャーの多少の贅沢は目を瞑ることにした。金を払うのも自分ではない。全て、あの小男が払うのだから。
アーチャーの前にはほどなく、よく焼けた極上のヒレ肉の上にフォアグラをのせ、滑らかなマッシュポテトを添え、赤ワインのソースをかけたものが届けられた。そして冷やしたフォアグラを薄く切り、バルサミコ酢をかけたもの。もちろんアーチャー御指名のクロ・ヴージョは1923年のものが開けられた。赤い果実と菫の香りを漂わせるワインにアーチャーは御満悦だ。
彼が食事をする間、エヴァはどうしたらアーチャーに言うことを聞かせられるか、自分が面倒な索敵作業などしないで功績をあげられるか、思案した。
アーチャーはアーチャーで、どうしたらもっと有望なマスターに乗り換えられるか思案した。今の状態ならば、おそらく明時に変えられるだろう。それが一番望ましい。そのためには、この面倒な女を戦場に連れ出し、さりげなく殺してしまう必要がある。
大丈夫さ。俺の隣にいる奴は死ぬんだ。
アーチャーはフォークを置き、おどおどした独逸女を横目で見た。
窓の外では夕闇が迫ってくる。アーチャーは別に打って出る必要があるとは考えていない。一番いいのは自分の知らない間にバーサーカーとランサーが当たって、どちらかが死ぬことだ。強敵が減ってから出ていくのが理想的。
だがエヴァは必死だった。
なんとしても聖杯を手に入れなければ。そうすれば、わたくしは元の美しく完璧で崇拝されて愛されるわたくしに戻れるはずなのよ。
彼女は自分が何のために戦っているのか、現実を見失っていた。
だから実に簡単に右手を伸ばし、命令した。
「アーチャー、令呪を持って命じる。さっさと敵を倒してきなさい!」
それは、あまりにもぼんやりとした命令だった。おかしな言い方だが、思いつきで令呪を使ったカスパルの方がずっと具体的な命令を下していた。だからセイバーは抗しきれず、不本意な行動さえもとることが出来た。だがエヴァの令呪の使い方は全く的外れなものだったのだ。
アーチャーは涼しい顔でエヴァを見つめた。ある種の焦燥感を感じてはいるが、抵抗しきれないほどのものではない。セイバーほどではないが、Bランクの抗魔力を有するアーチャーにとって、その程度の呪縛は大した威力を発揮しなかった。
彼は優雅にワイングラスを傾け、にやりと笑う。
「敵って誰だ? 何処の誰だ? 軍令は具体的かつ正確に頼むぜ」
彼は無精髭のあごを撫でて苦笑する。彼が身体を折ると鎖帷子がかちゃかちゃ鳴った。
「そんなもの知るわけないでしょ! ライダーはわたくしが、そんなことしなくても自分で敵を見つけました。貴方はできないのっ、そんなこともできないの」
「できませーん」
悪びれないアーチャーがグラスを揺らしてげらげら笑う。
「索敵できる英霊がいいなら暗殺者と組むんだったな!」
そしてアーチャーは不意にもう一つの策略に気づいた。
女の手に残った令呪はあと一つ。それを使わせてしまえば、彼女はマスターではなくなる! アレルヤ! それこそ求めているものだ。さて、どう動かす?
複雑怪奇な勢力分布を誇った中世のシリアを渡ったアーチャー、すなわちリドフォールの勘が急所を指す勢いで女のプライドを逆撫でした。この手のタイプは馬鹿にされるのが嫌いだろう?
「あんたは令呪を使っても俺を言いなりに出来ないんだな。全く大した魔女さまだぜ」
「そんなことないわっ、令呪は絶対なのよっ!」
エヴァはぶるぶると肩を震わせ、顔を歪めた。子供っぽく唇を歪めて睨みつける女。彼女の堪忍袋の緒は切れかかっていた。さあ、あと一押し。アーチャーはグラスに残った王者の酒を干した。
「どう絶対なんだ。あんたは最後の令呪を使う度胸なんてあるはずがない。どうやったって俺を動かすことなんてできないぜ」
ソファに仰け反り笑い転げるアーチャーに、エヴァは切れた。
「わたくしを馬鹿にするのは許さない! アーチャーよ、令呪を持って命じる! ランサーと戦え!」
「!」
アーチャー自身が全く予期しなかったことが起こった。それはきっと誰も予想はしていなかったはずだ。ウォルデグレイヴもランサーも、そしてエヴァ自身は当然のこと。
アーチャーは気づく間もなく、娼婦宿の屋根の上に放り出されていた。
奇しくも二画の令呪はセイバーを縛りつけたと同じ呪力を発揮した。
なんと娼婦宿の上空に赤い上衣を逢魔が時の空になびかせる青年が浮かんでいた。
「あれ? 呼びに行く手間が省けたね。こんばんは、アーチャー」
それはランサー──正体不明の、だが一度見たら忘れられない整った顔の青年。無邪気で屈託なく、躊躇なく人を殺す天性の戦士。彼は腕組みしてアーチャーをおっとりと見下ろしていた。
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