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Fate/Revenge 9. 聖杯戦争三日目・夜-②──策士たちの邂逅

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

 ウォルデグレイヴは今朝の明時あきときとエヴァのやりとりを知っている。だが璃正りせいは分からないまま了承してしまった。弾かれたように明時を振り返る。
「明時さん? 貴方は本当は彼女と何を話したんですか」
「大したことではないと言ったでしょう。聖杯戦争とは関係のない話です」
「たかが外交の話に、まさか『始まりの御三家』たる君がサーヴァントを掛けるなんてな! 呆れた話だ」
「その外交の話に振り回されているのは貴方も同じだ、ウォルデグレイヴ・ダグラス・カー。そうでなければ貴方が、こんな下級魔女にこだわる理由なんてないはずだ」
 相変わらず腕を解こうとしないウォルデグレイヴに明時がエヴァを指し示す。彼女は走っている姿そのままに空中に固定されていた。それは明時の力であり、彼が特殊な属性、すなわち空を持つことを初めて確と示していた。
 ウォルデグレイヴは眉を片方だけそびやかしてみせた。
「わたしが気にするのはナチとヴァチカンだけではないぞ。君と監督役が深刻な癒着を起こしているとなれば、聖杯戦争そのものが公正なものではなくなったと言えるのだ。分かるかね」
「先輩が私と彼女の話を知っているということは、貴方が聖堂教会の中にまで使い魔を放っていたということに他ならない。監督役たる教会はあくまで中立。先輩がそれを証言するなら、聖堂教会と悶着を起こすことになりますよ。それでいいと?」
「キャスターの使い魔もいたはずだが」
「キャスターは今のところ、貴方のように盗み聴いた内容を取引に使おうとはしていない」
 言い争う二人の魔術師の間に大柄な青年が猫のように忍びこんだ。
「待って、待ってください。二人とも!」
 彼は全く気配をさせなかったけれども、その声は若く焦っていた。思いつめた顔で璃正は明時を見つめ、それから毅然とウォルデグレイヴに向き直った。
「明時さんが何をマダム・ブラウンと話したのか、教えてくれますか。正直に答えていただければ、使い魔の件は不問といたします」
 明時が困ったような顔で璃正の背中を見つめている。どうやら璃正は明時の言いなりというわけではないようである。それに聖堂教会の人間が素直に魔術師に何かを頼むこと自体が新鮮だった。ウォルデグレイヴは納得した。ぱんとジャケットのポケットを叩き、両手を腰におく。黒いプレーントゥの爪先をかつんと石畳に下ろしてポーズをとった。
「日本と独逸ドイツの対等な同盟をエヴァ・ブラウンから総統に進言すると約束させたんだ」
 ウォルデグレイヴが告げると璃正の顔が凍りついた。彼はすばやく明時を振り返った。
「本当ですか、明時さん」
 明時の返事ははにかむように目礼するだけだった。だが半年以上ともにいた璃正にはそれだけで意味が分かった。矜持の高い完璧主義の明時ができる精一杯の肯定だった。
 璃正の頭がさっと冷える。少し考えれば分かることだったのではないか。彼は大使からの頼まれごとだと言った。今の国際情勢を思えば、それ以外に何がある。独逸ドイツ語の堪能な明時が利用されるのは目に見えていることではなかったか。
 明時もまた、関わりのないはずの駆け引きに縛りつけられていたのだ。
 それなのに明時は何も言わず、ただ自分の隣でサポートしてくれていたのかと思うと、璃正は自分の未熟さに恥じ入るばかりだった。板挟みになった自分で精一杯で、隣の明時のことも目に入らないとは。
 だが追いつめられているのは自分だけではない。この国中が、独逸に関わる全ての人々が、この国に引きずられて追いつめられていく。
 璃正は明時に騙されたとは考えなかった。
 明時は自分など及びもつかないほど、したたかなのだ。
 どんな状況でも自分を貫き、彼は一度のチャンスを物にしてみせたのだ。
 璃正はかっと顔を赤くして俯いた。それから、くぐもった声で二人に頭を下げた。
「僕は貴方がたに謝らなければなりません。僕が今朝、明時さんの采配を受け入れたのは、その。僕が課された任務について、とても都合がよかったからなのです。僕は公正たるべき監督役でありながら、明時さんの行動を利用した」
 そうだ。僕は汚い。聖職者にあるまじき行動をした。
 僕は、いくら明時さんにも事情があったとはいえ、この人を、僕に誠意を持って接してくれるこの人を利用したんだ。
 自分が独逸語を分からないことを名分にして、明時さんに乗っかった。
 本当は明時さんがサーヴァントを得るべきだと知っていたのに!
 璃正は自分を罰したかった。自分なりのやり方で贖罪をしたかった。魔術師だとか教会の立場だとか、そんなことはどうでもいい。一人の人間として自分が許せない。だから心の底から二人に詫びた。
「くわえて貴方の戦いの邪魔をした。本当に恥ずべき行為だと思っています」
 これにはウォルデグレイヴと明時が顔を見合わせてしまう。
 璃正の言動はいちいち聖堂教会の平均値から掛け離れていた。明時がいつのまにか璃正を信じてしまったのは、この彼の無垢なまでの真っすぐさ、たわんでも折れることのない率直さオネスティに触れたからだった。
 璃正が少し口ごもる。得意でない外国語で難しい話をしようというのだ。少しばかり言葉に詰まるのも無理はない。ややあって璃正は曇り硝子のように穏やかな声で話しだした。
「ミスタ・ダグラス・カー。貴方の懸念は正しい。ですが司祭さまは、僕の上役ですが、ヒトラーは滅びなければならないと仰いました。そのためには、この女性が必要だと」
 璃正の視線に二人は固定された女を見つめる。
 璃正の胸は重く、しかしほんのり明るくなった。明時とウォルデグレイヴに謝罪して、少しは自分を許せる気がした。自分の行こうとしている無茶苦茶な道も。誰が何を言ったとしても、結果が自分の信念にそぐっていればいい。狐の巣に棲まねばならないというなら、狐のやり口も理解しよう。その中に自分の信仰を忍びこませよう。終わりよければ全てよし。世は事もなしと考えよう。
 璃正が毅然とウォルデグレイヴを見上げる。
「我らは独逸第三帝国を救いはしません。そして僕はマダム・エヴァ・ブラウンを聖杯戦争から排除します」
「本当に?」
 ウォルデグレイヴが真面目な顔で受け、明時が小さく頷く。璃正はしっかりとした表情で動きはじめるエヴァを見つめた。
「ここからは掛け値なし、本当の聖杯戦争をしましょう」
「ちょっと待って!」

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