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金剣ミクソロジー⑤どきどきアルトリア

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家に成り上がっています

     どきどきアルトリア

 1875年。
 アルトリアとギルガメッシュは一年の半分をロンドンで過ごす。幸い、とてもよいホテルが見つかったのでスイートを通年、貸切にしている。ホテルは宮殿や議会が目と鼻の先、しかも証券取引所もほど近いとあって、二人には最適の滞在場所だった。
 ある日、アルトリアは一人で買いものから帰ってきた。ドアボーイが目敏くアルトリアの手荷物に気づき、声をかけた。
「マダム、お部屋までお持ちしましょう」
「かたじけない」
 アルトリアはハロッズの袋を青年に渡した。金モールのついた立派なお仕着せの青年はにこやかに荷物を受け取り、アルトリアを古風なエレベーターに案内した。
 ちんちんと小さな金属音を立てて昇っていくエレベーターがアルトリアは好きだった。こんなものがあっというまに違う階に自分を運んでしまうのが不思議でならない。聖杯の御蔭で様々なことを知ってはいるが、それが生きた時代とかけ離れていると、やはり驚かずにはいられない。
 エレベーターが止まると、ドアボーイが扉を手で押さえて、アルトリアにお辞儀する。
「どうぞ、マダム」
「ありがとう」
 レディファーストと関係なく、アルトリアは自分が先に行動することに慣れている。すぐにエレベーターを降りて、青年が降りるのを待つ。彼はアルトリアを部屋まで案内し、荷物をダイニングのテーブルに置いた。
「ではマダム、お荷物はこちらで宜しいですか」
「ああ。構わぬ」
 アルトリアはにっこりと青年を振り返った。しかし青年がなかなか退室しようとしない。もじもじと何か言いたげに、しかし静かに両手を組んで立っている。アルトリアはわずかに首を傾げ、さっと手を振った。
「下がってよいぞ。御苦労であった」
 こういった瞬間、実のところアルトリアはギルガメッシュと似ていた。自分の方が上に立っていることさえ意識しないほど高貴なのだ。
 ドアボーイが奇妙に歪んだ微笑を浮かべて会釈した。
「失礼しました、マダム」
 彼が去った後、アルトリアは何か間違えたような気がしたのだが、それが何かは分からなかった。夕食のとき、なにげない話題のつもりでアルトリアは一連の出来事をギルガメッシュに語った。すると彼はひょっと顔を上げてアルトリアを見つめた。
「そなた、ボーイに心付けチップを渡したか」
「あ!!」
 がしゃんとフォークとスプーンを置いて、アルトリアは頭をかかえた。
「忘れていた!」
 なにしろ生前、財布さえ持ったことのないアルトリアである。金を払って買いものすることもやっと慣れたくらいだというのに、チップまで頭が回らない。馬車や店員には忘れなかったが、なまじ『我が城』という感覚で住むホテルの中では気が緩んでしまったのだ。
「どうすれば。そうだ、バトラーに言って渡させれば」
 ホテルは各部屋に専属のバトラーが付いている。基本的に様々な用事は彼に言いつければいいことになっていた。
 アルトリアが慌てて席を立とうとすると、ギルガメッシュが声をたてて笑った。
「そこまでせんでよい。明日もその男はドアのところに立っておるであろう。昨日はありがとうと言って渡せばよい。気に病むな」
 彼は穏やかな笑顔でからからと手を振った。その顔を見ると、すうっと肩から力を抜けた。
「そうする。よく考えたら、あの男はもう帰宅しておるやもしれぬ。小銭のために呼びつけては申し訳ない」
「くくく」
 アルトリアにはギルガメッシュの笑う理由が理解できない。
 ギルガメッシュから見ると、アルトリアのこういうところが『王』のままなのであった。彼女は自分が呼びつければ帰宅した男も出頭させられると、当たり前に思いこんでいる。一般客がチップを忘れたからと言って、まさか! また、誰かにチップを渡せば、その人間が自分の懐に入れてしまう可能性もある。しかしアルトリアは全くそんなことは考えない。自分がそんなことは決してしないし、騎士たちも清廉であったからだろう。
 こんな穢れのないところがギルガメッシュをときめかせる。
 だがアルトリアは分からない。
「明日、あの男にあったらチップを渡す。っと。いくらくらい渡せばよいのであろう。3ペンスもあればよいのか」
「そなた次第だが、まあ1ペニーでも構わぬであろうが、2ペンス程度でよいであろう」
「2ペンス? ちょうど持っていたであろうか」
 財布の中身にアルトリアは不安になる。するとギルガメッシュがサイドテーブルの壺を指した。蓋付きのキャンディポットで部屋に合わせた赤地に金唐草の模様が入っている。
「それ、その中に小銭を入れておる。なければ、そこからとって渡せ」
「かたじけない。そうする」
 胸を撫で下ろすアルトリアにギルガメッシュが微笑む。穏やかな笑顔にアルトリアはほっとし、同時に馬鹿にされているような気分になる。フォークをとって胸を反らした。
「ここは私の国だが、昔はあんな習慣はなかったのだ。私が失念しても、それは致し方ないことなのだ」
「さにあらん」
「決して吝嗇りんしょくなる行為ではないぞ。分かったか」
「分かっておる」
 ギルガメッシュがまたアルトリアを見つめて笑う。今度は愉しそうに。アルトリアは何とはない居心地の悪さを感じて落ち着かない。
 ああ、早く明日になってしまわないものか。
 とにかく明日、出かける時にきちんと詫びて渡せばよい。それで全てが丸く納まる。


 翌日、アルトリアは茶会に呼ばれていたので清楚なデイ・ドレスで着飾っていた。淡い水色の絹のドレスがアルトリアを引き立てる。証券取引所に戻るギルガメッシュがアルトリアを送ってくれる。
「気をつけよ。帰りは馬車を手配してあるゆえ、案ずるでない」
「ありがとう」
「あそこに立っておる男ではないか、昨日のボーイは」
 ギルガメッシュが指した青年にアルトリアは頷いた。アルトリアは小さな靴のかかとを絨毯に沈ませて近づいた。
「昨日はありがとう。これは昨日の礼だ」
 アルトリアが気前よく3ペンス銀貨を渡すと、青年は膝を曲げて会釈した。
「お心遣い感謝します、マダム」
「いや。私の方こそすまぬことをした。許せ」
「とんでもない。十分です」
 青年に微笑みかけられると、アルトリアがはじけるような笑顔に変わった。
 ギルガメッシュもほっとする。彼女の顔が輝きわたる。あの顔でいてほしいから。
 アルトリアの胸が軽くなる。ギルガメッシュに嫌われたくないから、もっともっと完璧でいたい。王であったあの頃よりも、もっと綺麗に、完璧に。腕を広げるギルガメッシュの胸に飛びこむ。彼の腕が優しく抱きとめてくれると安心した。低い笑い声が頭の上から降ってくる。
「こら。そんなに走ると帽子が落ちるぞ」
「これでさっぱりした。行ってくる!」
「ああ、行ってこい」
 ギルガメッシュに手を引かれて屋根なし馬車カブリオレに乗りこむ。二人は手を振って別れる。ギルガメッシュが見送ってくれるとアルトリアは胸を張って出かけていける。
 自分は彼に相応しい女になれているのではないかと、ほんの少し思えるから。

ほかのギルガメッシュとアルトリアさんのお話はこちら。

第三次聖杯戦争ものも書いていたりします。アルトリアさんとギルガメッシュが出ます。

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