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Fate/Revenge 10. 聖杯戦争三日目・夜-②──終わりの始まり

割引あり

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

 その夜、闇が落ちると、セイバーたるアルトリアは実体化した。カスパルとは話したくもなかったが、マスターなしでは遠くに行けないのが英霊サーヴァントの宿命である。またカスパルから目を離すのも危険な気がした。
 この少年は大した魔術は使えないようだが、その心根は魔術以上に危ういものに変わっていた。
「カスパル、孔雀島に行きましょう」
「孔雀島?」
 静かなアルトリアの口調にカスパルが首を傾げる。
「どうして?」
 バーサーカーの根城があるので。答えそうになってアルトリアは目を伏せた。ランサーに教えてもらったことを口外しない約束であったし、仮に告げたとしてもカスパルは信じないだろう。敵のサーヴァントの情報を真っ向から信じるのも、本来であれば愚かなことだ。
 だがアルトリアはランサーを信じていた。
「郊外に行けば戦いが起こるという私の考えは正しいと思います。昨夜も運良くアーチャーと巡りあったではありませんか」
「ああ!」
 カスパルが明るい顔に変わり、すっと自分の右手を見つめた。白く二画を失った右手がカスパルに勝利の実感を蘇らせた。カスパルはぱっと両腕を広げて大きく頷く。
「行こう、セイバー! 孔雀島ってポツダムの方にあるんだよね。フロントで場所を聞こう」
「そうしましょう」
 アルトリアは実体化したまま、カスパルの後についていった。
 ホテルのコンシェルジュは丁寧に孔雀島の位置を教えてくれたが、これから行きたいというカスパルの言葉には肩をすくめた。
「今から行かれるって、それはお勧めできません。夜は渡し船が出ておりませんし、あの辺りは人家も少なく物騒でございますよ。昨夜もシャルロッテンブルグの奥で何やら騒ぎがあったとか。夜のお出掛けはお勧めできません」
 生真面目な独逸ドイツ人らしくコンシェルジュは優しくカスパルに言い聞かせた。
「明日になさいませ。今宵はおよしなさいませ」
 後ろから見ていてアルトリアは腑に落ちた。何のことはない、コンシェルジュはいい意味でカスパルを子供だと思っているのだ。だから親切に教え諭さなければならないと思っている。だが、その話がアルトリアに高鳴る戦いの予感を感じさせた。人家が少ないとくれば戦場にうってつけ。
 ランサーめ、今頃暴れておるのではないか。
 戦場いくさばに遅れたとあっては恥ではないか。
 アルトリアはカスパルの横に進み出た。
「そなたが我らを思うてくれておるのは、よう分かった」
 コンシェルジュの紳士はアルトリアの青い姿が目に入ると、襟を正して背筋を伸ばした。
「しかし」
「つかぬことを聞くが、孔雀島までの地図はあるか」
「ございます」
 コンシェルジュはテーブルの引き出しから観光客向けの地図を出して、アルトリアに向けて広げた。アルトリアはすばやく視線を落として頷く。
「それから、こちらの宿に余剰の馬か自動車はあるか」
「自動車でごさいますか。この時間ですと、お客様の送迎用に使いますものがあるだけですが」
 不思議そうな顔のコンシェルジュにアルトリアはほのかに笑った。
「では前に回してくれ。私が運転する」
「えっ」
 驚いたのはコンシェルジュだけではなかった。カスパルがセイバーの手をつかんで目を丸くした。
「自動車なんて運転できるのっ!?」
 セイバーの持つ騎乗スキルは生物だけでなく、乗りものという概念全てに適用される。従って、セイバーは現界した時代にある全ての乗りもの──たとえば飛行船、複葉飛行機、熱気球、あるいは自転車といった全ての乗りものを自在に操ることができるのだった。
 アルトリアは自分よりずっと背の高い二人を、ドレスの胸をぐっと張って見上げた。
「手綱もハンドルも大差はない。車を回せる者がいなければ私が直接、車庫から出そう。案内あないせよ」
「かしこまりましてございます」
 コンシェルジュは根負けしたように車を手配した。ドアボーイが回してきた車に引き合わされて、アルトリアは少しばかり目を見開いた。
 それは車というより『馬車』に見えた。少なくとも彼女にとってはそうであった。6メートルはある長く優雅なボディは真っ白で、屋根のない二人乗り馬車カブリオレの形式だ。前輪から後輪にかけて仏蘭西風の流麗なラインを描く足掛けがついていて、車全体をすっきりと重厚に見せている。車体の半分はある長いボンネットも雅やかで、白銀のエンブレムが瓦斯灯のぼんやりした明かりに燦めいた。
「こちらが当ホテルの御用車となりますブガッティ、タイプ41。通称はロワイヤルと申します。8気筒エンジンでして排気量は14700cc、馬力は十分かと存じます。この季節ですので幌は付けておりませんが、いかがいたしましょうか」
「……今宵は雨が降りそうか」
「いいえ。俺はこの街で生まれて育ちました。御天道様にかけあって、今夜は絶対雨が降らないと断言できます」
 ドアボーイがアルトリアに向かって、ゆったりと車の扉を開いた。車内は黒い革張りの豪華なソファと磨かれた木材でぴかぴかと光っていた。アルトリアはそろりとドレスの裾をさばき、運転席に収まってみる。
 ハンドルは山吹色の革で張ってあり、アルトリアの細い手に長年牽いた手綱のごとくしっくり馴染む。
「うむ。よい。走るとしよう」
 アルトリアはドアボーイを見上げ、ふわりと空を仰いだ。
「星を見ながら車を流せるとは。よい時代だな」
「いえ、その」
 やたらと上機嫌なアルトリアにドアボーイが複雑な表情を見せた。なにしろセイバーはこの車を運転するには小柄に過ぎた。ほっそりしたドレスの少女が大排気量の車を運転するなど、この時代の常識にはそぐっていなかった。
 ドアボーイは俯き、しばらく押し黙った末、意を決したように顔を上げた。
お嬢さまプリンツェスィン、お止めなさいませ。そのような目立つ行動をすると、どこで官憲に目を付けられるか。お嬢さまの御容姿と御家柄があれば彼らも疑いはしませんかもしれません。ですが、およしなさいませ。一度疑われたら逃げられません。お生命を粗末になさってはいけません」
 必死なドアボーイにアルトリアは車の中から手を差しのべた。
 彼女は晴れやかに、清らかに微笑んでいた。
 ドアボーイの青年は慌ててアルトリアの手を貴婦人に対するように受け、車の真横にひざまずいた。そうさせてしまう輝きが彼女には宿っていた。
「案ずるでない。私は戻る」
 アルトリアの笑顔はドアボーイの胸に一陣の風を巻き起こした。
 このような美しい夜にドライヴを楽しむこと。それは少し前の伯林ベルリンならば少しもおかしなことではなかった。その頃の闊達な空気を呼び覚ますような伸びやかさが彼女にあった。
 かつて彼女が剣を執ったとき、誰も止めることができなかったように、今宵もアルトリアを止められる者などいなかった。
「かしこまりました」
 ドアボーイが丁寧にお辞儀して、反対側の席にカスパルを案内する。
 そのあいだアルトリアは華奢にも見えるギアに手をかけ、かくかくと動かし、足元のクラッチ、アクセル、ブレーキを確認する。その横顔には彼女自身も意識しない明るい笑みが浮かんでいた。
「こちらが鍵でございます。お戻りになりましたら、コンシェルジュにお渡し下さいませ」
「心得た」
 アルトリアは迷いもなくエンジンキーを差し、くるりと回した。
 ぼおうん、ぼおうん。
 この時代の車特有の重い音とともに車が振動する。蛙の目を思わせる二つのひょうきんなライトに明かりが灯る。白い光線が伯林の石畳を光らせた。
「では参る」
 ドアボーイが身体を深く折って最敬礼した。
「どうぞ御無事にお帰りください」
「ははは、私が勝てなかったのは生涯にたった一人。そいつはいない。必ず戻る」
「お待ちしております」
「うむ」
 ふわんとアルトリアの頬に垂らした髪がひるがえる。青いリボンが風にたなびいて夜空に舞った。
 クラシック・カーを駆るセイバーは伯林の人々に鮮烈な印象を与えた。
 時代がかった結い方の金髪をきらめかせ、青いマトンスリーブを舞踊のように動かし、彼女は上品に車を運転した。
 家路を急ぐ人々がぽかんと口を開けて、彼女を見つめる。白い車体に君臨するように鎮座して、滑るように行く美少女の顔は楽しげだった。
 それは伯林の街にとって一服の清涼剤であった。
 密告とスパイ狩りを怖れ、夏のそぞろ歩きもままならない伯林の人々。彼らは威勢のよい少女の行動に心中で喝采を贈った。汲々とした生活に誰もがうんざりしていた。しかし、どうにもならないことを知っていた。
 ありもしない金が湧いて出るはずがない。金のない場所に仕事のあるはずはなく、仕事のない場所に安定した暮らしなどありはしないのだった。独逸は未来に窮乏していた。希望が全て品切れだった。
 だから英雄を待ち望んでいた。
 苦境を救い、人々の心に火を灯す英雄が現れるのを。誰でもいい、何でもいい、我々を救ってくれる魔法●●の出現を──誰知ろう、彼らの前で一瞬の解放感を与える少女こそ、誰あろう、ブリテン救国の英雄アーサー王その人たらんことを。
 人々の視線は嫉妬深いカスパルに快感をもたらした。羨ましがられているという実感は勝利に似ていた。しかし、視線がセイバーだけに注がれているという事実に気づいたとき、勝利は敗北に変わった。何とも戦ってさえもいないのに、カスパルは負けたという悔しさで身悶えせんばかりだった。
 アルトリアはゆるくブランデンブルグ門から6月17日通りを流す。先に見える戦勝記念塔を見上げると、ぼんやりとした月明かり、星の瞬きの下に黄金の女神像が光っている。
「あれは普仏戦争に勝ったのを記念して建てられた像だよ。独逸ドイツ仏蘭西フランスより強いんだ!」
 無邪気なカスパルの自慢にアルトリアは眉をひそめた。
「そうですか。戦女神とは幸先がいい」
 アルトリアは誠実な人間だ。そんなアルトリアが無意識に嘘をつける瞬間があった。
 戦に出る前だ。多くの騎士や兵士を思いやり、悪いことを口にしない習慣が染みついていた。気弱な発言も決してしない。それは彼女に残されたアルトリアという人間性だったのかもしれない。
 アルトリアは戦うことを怖れない。
 だが戦が好きなわけでもない。
 だから単純に彼我の強弱を口にするカスパルに違和感を覚える。
 この国の暗闇は、あのような森深い地で育った少年にも落ちている。アルトリアも多少はこの国の事情が見えてきた。彼らの用心深い口調、態度。最初は丁寧だと思ったそれは密告を怖れて怯えているだけの見せかけだ。
「セイバー、今夜も勝ってよ!」
「はい。そのつもりです」
 カスパルの浅はかな優越感と、この国の深層心理は表裏一体のように思えて、アルトリアは唇を噛みしめる。
 規律正しく管理された上っ面の下に恐怖と疑念が渦巻いている。
 こんな国に暮らす者は幸せなのだろうか。
 アルトリアは伯林の目抜き通りを走りながら首を傾げる。活気のない停滞した雰囲気は何処へ行ってもつきまとった。こうして車を運転していてなお、心晴れる明るい気持ちにはなれないのだ。
 他人から見ると光り輝くアルトリアだが、その心の裡まで晴れやかなわけではなかった。
 不思議だ。
 私はここにいるはずのない人間だというのに、何故か、この空気に呑まれてしまう。何故なのだ。
 馬とは全く違う振動に心は躍る。
 だが心は晴れない。塞ぎこみそうになる。これが時代というものなのか。私が剣を執らざるをえなかったように、この国は鬱々とせざるをえないとでもいうのか。
「ねえ、セイバー。今夜は誰と出会うかな」
「さあ」
 そのとき、アルトリアは南に視線を走らせた。カスパルは何も感じていないようだ。
 だが彼女にははっきり解った。
 誰かが戦っている。尋常でない魔力を発し、おそらく周囲を破壊しながら。
 セイバーの気配感知能力は高くない。むしろ低いと言っていいだろう。セイバーは剣技に秀でた最優のクラス。それ故にこそ、与えられた能力スキル以外はほとんど魔力らしいものは持っていない。
 そんなセイバーに解るとは普通でない魔力の発散であり、とてつもない戦いが行われている証だった。
 こんな力を持っているとしたら、おそらくはランサー。そして相手はほぼバーサーカーと見ていいだろう。
「カスパル、座席にしがみついて。決して口を開いてはいけません」
「え?」
「今度は私にしがみつくというわけにはいきませんから。いいですか、行きますよ」
 アルトリアの右足、白いレギンスに包まれた華奢な足がブガッティのアクセルを力いっぱい踏みこむ。同時に右手と左足が素晴らしい連動でクラッチを繋ぎ、熟練のレーサーのごとき滑らかさでギアを上げていく。ハンドルをる手さばきは神速の鮮やかさ。
 車はがくがくと巨体を震わせ、14リットルのエンジンを解放した。巨体を振り回しつつ、猛烈なスピードでカイザーダムのインターチェンジを抜ける。黒い排気が車の背後に煙って伸びる。視界のない夜の道で出せるスピードではなかった。人間ならばハンドルをさばく手が追いつかないほどの速さだ。夜半の道を急ぐ車もあったが、アルトリアは一度も接触することなく走り抜ける。複雑な分岐点を擦り抜け、グリューネワルトの直線道路に入った瞬間、アクセルをさらに踏みこんだ。

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