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金剣ミクソロジー④ギルガメッシュ、厨房に入る-②

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家&馬主(not JRA)に成り上がっています

 数日後、二人はギルガメッシュ言うところの森に向かって出発した。
 朝からアルトリアは思い違いに驚かされた。彼が乗り合いの車に乗ると言ったからである。
「どういうことなのだ。ギルガメッシュ」
 あ然とするアルトリアにギルガメッシュはきょとんとした。
「駆けていくのは、そなたの足にはきつかろうと思うてな。車で行けるところまでは車を使う」
「森に行くのであろう、森にっ」
「ああ」
 開いた口の塞がらないアルトリアにギルガメッシュはにこにこ微笑む。
「何、そなたの足でも五日はかかるまい。今週中には戻ってこられる」
「は!?」
 アルトリアは二人で弁当でも持って歩いていくのだと思っていた。その程度の距離であろうと。少なくともアルトリアの暮らした場所で、森とはその程度の近さにあるものだった。
「さ、行くぞ」
 ギルガメッシュに手を引かれて家を出たとき、アルトリアは天を仰いだ。
 何やら知らぬ。しかし彼はここで育った人間であるし、どのように行けばよいか知っている。任せるしかない。
 彼はまず村の広場からディーワニーヤに行くバスを拾った。バスと言っても実際はトラックで、客たちは荷台に乗せてもらうのである。幸い、客は二人しかいなかった。荷台の半分にはディーワニーヤに運ぶという米がぎっしりと積まれていた。二人は米袋に寄りかかって空を眺める。
 薄雲の向こうに薄水色の空が広がる。春浅いシュメルの空は南国とは思えぬ軽やかさだった。荷台を吹き抜ける風は冷たいが、二人で寄り添えばどうということはない。アルトリアの腰をギルガメッシュが抱き寄せる。アルトリアは彼の肩に頭を預けた。ギルガメッシュが外出用の綿入外套カフタンを着ているので、ふわふわして気持ちいい。
「よい天気だな」
「ああ。しばらく雨は降らぬ」
「分かるのか」
「春が来る直前に晴れの続く日がある。これから数日は晴れるだろう」
「ふうん」
 異国で戸惑うアルトリアと対称的にギルガメッシュは水を得た魚だ。彼は柔らかい冬の空気に満足し、以前との違いも受け入れつつ、故郷の暮らしを楽しんでいた。実際のところ、ギルガメッシュは自分の気持ちというものをあまり口にしないので、何を考えているのか、アルトリアには分からない。しかしアルトリアには彼がいきいきしているように見えた。
 とろとろ進む荷台の後ろに次々と景色が広がる。心地いい風にアルトリアはチャドルを押さえて身を委ねる。
 シュメルの光景はどこへ行っても大きな差はない。しかし目を凝らせば、緑に揺れる麦畑、水抜きした田甫があり、春を待つ杏や無花果、ピスタチオの木がぽつぽつと見え、低地で冬を過ごす羊や山羊の群れが見え隠れする。
「平らかなところだな」
「我が故郷ふるさとだ」
「貴方の生きていた頃も羊や山羊を飼っていたのだろう」
「ああ。牛や豚、大山羊、鳥もいろいろと。馬も孔雀も揃っておった」
 ギルガメッシュの顔には過去を懐かしむ様子があり、少し自慢気だった。
「孔雀? 羽でも抜くのか」
「わざわざ抜いたりはせぬ。エラムやラブナンから人が来たとき見せるのだ。抜けた羽は集めて頭飾りに使う」
「なるほど」
 つまるところ自慢するものということだな。アルトリアは合点がいった。
「私もよい馬を持っていたぞ。雷のように速いのだ」
「馬は乗るものではなかった。以前も言ったが」
「確かに、ここは馬が好きそうな土地ではないな。驢馬の方が使い勝手はよいと思う」
「そういうことだ」
 午後のお茶の時間になってディーワニーヤに着いた。二人は運転手に薄謝を支払い、街の中心部に出た。
「さあ、どちらに行くのだ」
 胸を張るアルトリアにギルガメッシュが微笑んだ。
「今宵はここに宿をとる。そなたをあまり野宿させたくはないしな」
「戦場では泥の上でも寝た。気遣いは無用」
 眉をつりあげるアルトリアの肩をギルガメッシュが優しく叩いた。
「大きな街にはたまにしか出ぬことだし、なんぞ必要なものを見繕おうぞ。なに、荷物は宿に預けておけばよい」
 からから笑うギルガメッシュを見上げて、アルトリアは気づいた。
 明日も移動か。ずいぶん遠いではないか。
 分かると、なんだかおかしくなった。日本もイギリスもとても便利で、移動に時間がかからない。それに慣れてしまった自分に気づく。私が生きていた頃も、遠出というのは、どこかに行くというのは、それだけで一大事だったではないか。
 アルトリアは自分から手を伸ばしてギルガメッシュの手をとった。彼がぎょっとしたように振り返り、赤い目を見開いている。
「貴方に任せる。さあ宿に案内あないせよ。どうせ貴方のことだ、予約してあるのだろう」
「ああ。すぐそこだ。今宵は快適に過ごせるぞ。案ずるでない」
 では森の中では野宿するのか。アルトリアは苦笑せざるをえない。少し彼の会話に慣れた気がする。笑うアルトリアをギルガメッシュが不思議そうに見つめ、それから手をぎゅっと握り返した。
「宿に荷物を置いたら市場スークを見に行こう」
「楽しみだな」
「何なりと遣わす。見繕うがよい」
 豪気なギルガメッシュの横顔はいつもと変わらない。だがアルトリアには分かっている。なんだか知らぬが御機嫌なのだな。彼がなんでも買ってやると言うのは機嫌のよい時だと分かってきた。


 ディーワニーヤはイラク南部たるシュメルと北部のアッカドを繋ぐ中間地点にある。そのため現在もなかなか賑やかなところで、物資も豊かだった。市場は当然のことながら、二人が暮らす小さな村とは比べものならない。
 アルトリアとギルガメッシュは相談しながら日が暮れるまで買いものした。
 ベッドの下に置く火鉢。寝室に重ね敷きする絨毯。硝子を削って模様を入れたトルコ製の茶器と食器。食卓にかけるための大きな織物を何枚か。これもトルコから来たもので、とても薄いのだが色糸をたくさん使ったチェックが独特でアルトリアが気に入った。食卓に落ちるパン屑も、これで一発、窓の外にはたいてしまえるというわけだ。風呂で使うための石鹸もさまざまな薫りや色のものがあり、アルトリアがたくさん買いこんだ。最後に彫金を施した銅の盥。
 大変な荷物だったが、店の人が宿に運んでくれたので、さして面倒でもなかった。二人が泊まっているのはディーワニーヤで最高級の宿だったので、自然と店主たちの態度も慇懃であった。
 夕食は宿でとった。ホテルの一階に食堂があったので、そちらに席が用意された。
 アルトリアはメニューを開いて、うきうきと目を走らせる。ティグリス河で獲れた川カマスの焼きもの、羊の挽肉入りライスコロッケ、串焼き羊肉の御飯添えチェロ・ケバーブ、どれも美味しそうでアルトリアは目移りする。
 しかしギルガメッシュは気が乗らないように見えた。ぺらぺらとメニューを開いたものの、ぱたんと閉じる。
「決まったのか」
 アルトリアは聞いてみる。どうも、そうとは思えなかったけれど。
「ああ。そなたは」
肉団子クッバでも食べようかと。川カマスの焼きものも気になる。パンとヒヨコ豆のペーストも頼みたいが……貴方は?」
 アルトリアが話すにつれ、ギルガメッシュはつまらなそうな顔になった。しかし川カマスの焼きものにだけは少し頷く様子が見えた。顔色を窺うようなアルトリアに、ギルガメッシュが気もなさそうに肩をすくめた。
「よい。そなたの食べたいものを頼むがよい。二人で分けよう」
「それは構わぬが、貴方は何もないのか」
檸檬レモンのお茶があればよい。後は何を食しても同じだ」
 ギルガメッシュが言うのは乾燥させた檸檬を煮出して作るほろ苦いお茶で、ここではポピュラーな飲みものだ。アルトリアも好きになった。
「では頼むぞ。よいのか」
「ああ」
 気だるげな美青年というのは、見た目はよいが、一緒にいるには気遣わしいことになる。彼が目立つ分、アルトリアはいろいろと心配してしまう。店の人間に気を遣わせてしまうのではないかとか、自分は見慣れているけれど、彼の不機嫌そうな顔は普通の人には怖いのではないか、などなど。ギルガメッシュは腕組みして目を閉じている。
 アルトリアは自分で手を上げて給仕を呼び、申しつけた。
「クッバと川カマスの焼きもの、パンを二人分とヒヨコ豆のペーストホンムスを一つ、檸檬茶を二つと食後にピスタチオのロクムを」
「かしこまりました」
 給仕は伝票を書きつつ去っていく。
「あれでよかったか」
 アルトリアは乗りだすようにギルガメッシュの顔を見上げる。彼はぱちっと片目だけ開いてみせ、頷いた。
「よい」
「ならばよいが」
 店は広くはないが片付いた印象で、テーブルには薄いピンクや水色のクロスがとりどりに掛かっている。日本やイギリスならば白一色というところで、ここが外国なのだと感じる。
 食堂内には点々と人影があった。仕事で泊まっていると思われる人が多く、アルトリアたちのように気楽な格好の人間は少ない。といってもアルトリアは女性である以上、どこに行くにも黒い上っ張り、チャドルを被っていなければならないので、服装に大差はないのだが。ギルガメッシュの鮮やかな赤い絹地に刺繍のある綿入外套カフタンと腰に巻いた赤いスカーフが目立っていた。
 ほどなく二人の前には湯気の立つ平パンとホンムス、クッバを盛りつけた大皿が運ばれてきた。
「お待たせしました。クッバには、こちらのトマトの煮込みをかけてお召し上がり下さい」
「ありがとう」
 クッバは中東全域で広く食べられる挽肉料理で、肉団子というより平たいハンバーグだ。多くは羊肉を用いてラグビーボール型に成形し、こんがりと焼いてある。檸檬をかけて食べるのも共通だ。アルトリアはクッバにぎゅっと檸檬を搾りかけ、さっと小さなレードルで真っ赤なトマトシチューを回しかけた。トマトシチューの中にはイラクで愛される空豆が入っている。マージョラムの香りが立ちのぼり、とても美味しそうだ。アルトリアはギルガメッシュのためにクッバを一つ、取り分けて渡す。
「さあ、まずは貴方の分だ」
「残りはそなたが食せ」
「元より、そのつもりだ」
 ギルガメッシュは平パンを一枚とりあげると、クッバをシチューごとぐずぐずに崩し、パンの中に詰めて頬張った。威勢のよい様子だが、アルトリアは釈然としない。彼が何も言わないからだ。
 ホテルではきちんとスプーンやフォークを用意してくれたが、皆、普通に手で食べている。アルトリアもギルガメッシュを倣って平パンをとりあげる。ホンムスも御多分にもれず檸檬がつく。これを絞りかけて、付け合わせのロメインレタスにのせても美味しい。アルトリアはぱくぱくと元気よく皿を空にした。
 ギルガメッシュは、最初にアルトリアが取り分けた分だけ食べると、満足してしまったようだ。途中で運ばれてきた檸檬茶をアルトリアの分も注いでくれた。
 続いて川カマスの焼きものが運ばれた。これにはギルガメッシュも食指が動いたようだ。すばやい手つきで皮を剥がし、アルトリアの分も取り分けてくれた。
「骨はないと思うが、気をつけよ」
「かたじけない」
 ほかほかと湯気の立つ白身を手づかみで口に運ぶ。ほろっとした温かい手触りも美味しそうだ。ほわほわと淡泊な身にさまざまな香辛料の旨味が移り、香ばしい。魚の下にしいてある玉葱もほっこりと焼けて魚の旨みを吸っている。これにもレタスがついてくるので、薄い葉で包んで食べると格別だ。
 ギルガメッシュが愉しそうに魚をレタスで包む。
「これだけは変わらぬな」
「そうなのか」
「ああ」
 そのときになって、アルトリアは気づいた。
 そうか。貴方の国の料理は変わってしまっているのだな。
 かくいうアルトリアの故国も食の面では大きく変貌していた。材料が多様になり、調理法も進化した。幸いアルトリアは生きていたころと変わらぬ料理に出会うこともある。スコーンやオートケーキ。ニワトコの花のシロップなどは全く変わっていない。
 しかしギルガメッシュの故郷シュメルは、現代において伝説の桃源郷のように希薄になってしまい、彼の懐かしむ要素はごく少なくなっているらしかった。
「懐かしいか」
 アルトリアは聞いてみる。ギルガメッシュが微笑んだ。
「ああ。レタスは前より美味い。苦味も少ないし、香りもいいな」
「そうか。よかった」
 食後はロクムを二人でつまむ。春の宵は早く、外はもう暗くなっていた。ロクムは求肥のような食感を持つゼリー菓子で、本来はトルコのものだ。作り方がシンプルなので中東全域、ひいてはヨーロッパでも人気がある。様々なフレーバーが付くのが普通だ。アルトリアにとって、これは日本の甘味処を思い出させる不思議な菓子でもあった。あんみつを食べている気分になれる。
 結局アルトリアは軽いロクムだけでは満足できず、パイの元祖バクラヴァを切ってもらった。ごく薄い何重ものパイ生地の間にたっぷりとアーモンドとピスタチオを挟み、さらにシナモン風味のシロップをとっぷりとかけてある。甘くてサクサク、軽やかだが食べ応えのある菓子だ。
「美味いか」
「ああ。これも好きだ。貴方の国の料理はどれも美味しいな」
 満腹したアルトリアが言ってしまうと、彼は穏やかに頷いたきりだった。
 ああ、やはり、これは彼の国の料理とは言えないのだな……
 ロクムの粉糖とバクラヴァのシロップが斑模様を作る取り皿を見つめて、アルトリアは独りごちた。
 故郷にいても寂しいのかもしれない。
 親しいものがなくなりすぎて。
 私もカムランが跡形もなく均されているのを見たときは、なにやら、がっかりしたものであったし。
 その晩、ギルガメッシュは寂しそうに見えた。アルトリアの胸に甘えて動かないときがあったから。アルトリアは息もたえだえの気持ちよさの中、優しく彼の頭を抱いた。せめて自分は彼と一緒にいるのだと伝えたかった。


 翌日はホテルで朝食をとってから出発した。郊外の村に行くという車を探して乗せてもらう。昨日と同じくトラックの荷台に二人は並んだ。ディーワニーヤの市場に野菜を卸した後だそうで、荷台は広々と使い放題だった。
 ことこと走る車の背後が次第に変わっていく。空気が乾いて涼しくなる。アルトリアはチャドルのボンネットを脱ぎたくなったが、我慢しなければいけない。ギルガメッシュを見上げると、彼は微笑んだ。
「ここからは丘の上になる。シュメルにも丘はあるのだぞ。ウルクの丘もそうだが」
「だが、ここは貴方の故郷の神殿と違って、丘陵地帯なのだな。高原のような感じだ」
 アルトリアは首を伸ばして風を受ける。冷たい風だがアルトリアには気持ちよかった。
 景色も少し変わっていた。畑よりも牧草地が多くなり、ところどころに小さな木立が見えだした。
「おお、木があるではないかー」
 乗りだすアルトリアにギルガメッシュは自慢気だった。
「この辺りはポプラが美しい一帯だった。今も名残はあるようだ。果樹園だな、あそこは」
 ギルガメッシュが指差す石垣の中は杏の木がたくさん植えられていた。小さな村を通り過ぎたが、そこは今までと違って、どこもかしこも果樹を植えていた。村が小さな森に囲まれているような光景だ。巴旦杏アーモンド小李プラム、桜桃、石榴……あと一月もすれば一帯は見事なことだろう。咲き乱れる花の光景は日本に似ているかもしれない。
 小さな村に着くとトラックが止まった。二人は荷台から降りて、運転席の青年に挨拶した。
「大儀であった。これは少額だが礼だ。納めよ」
 ギルガメッシュがタクシー代程度の額を包む。
「どうも、神の御加護をマーシャッラー
「助かった、ありがとう」
 走り去るトラックにアルトリアは手を振る。そして外套の襟を合わせるギルガメッシュを見上げた。
「さあ、次はどうするのだ?」
「しばらくは普通に歩こう」
 ギルガメッシュがアルトリアの手を握る。それはいつもアルトリアをどきんとさせ、不思議に自分が女性なのだと思わせた。
 のどかな村はずれから木立の中に分け入っていく。
「ここから先はあまり人も住まぬ。水が少ないのでな」
「ああ、なるほど」
「しかしオレあれ●●だけが知る場所があってな。そなたを連れていきたいのだ」
 弾むギルガメッシュの声にアルトリアは瞬きする。ギルガメッシュの言うあれとは彼唯一人の親友エンキドゥのことだ。
「よいのか。思い出の場所ではないか」
「だからこそだ。そなたもきっと気に入る」
「わ!」
 さっとギルガメッシュがアルトリアを抱き上げた。彼の腕の中にすっぽりと納まってアルトリアは身動きできない。彼が赤い瞳を煌めかせて、にやりと笑う。
「大人しゅうつかまっておれ」
「え」
 アルトリアは一瞬、何が起こったのか分からなかった。彼が自分を抱いて走っているのだと分かったのは、足元を飛んでいく枯れ草と砂煙、頭の上を流れていく白雲に気づいたときだった。
「すごい!」
「ははは、まだまだ行くぞ」
 ギルガメッシュの足はさらに軽く、いつのまにやら木々の枝を蹴り、丘から丘へと飛ぶのであった。渦巻く風を切るギルガメッシュの横顔は神々しく秀で、白い額は太陽のように輝いて、金髪は流れる光の続きのようだ。重い綿入外套カフタンの裾さえも翼のようにはためいている。
 アルトリアは鳥に乗ったら、こんな気分だろうかと考えた。
「本当に空を飛んでいるようだ」
「あれはもっと速かったぞ」
「ほう!」
 胸がときめく。高揚する。アルトリアは自分も丘から丘へと飛べる気がした。
 まるで小さな鳥になって一息に高原を飛び越える気分!
 ギルガメッシュと目が合うと、彼が笑った。晴れやかに屈託なく、煌めく笑顔が眩しかった。
 ほどなく彼は疾走を止め、優しくアルトリアを下ろしてくれた。アルトリアは跳びはねるように伸び上がって、ずっと背の高い彼の頬に口づけした。
「素晴らしかった! すごいぞ、ギル」
 すると彼は驚いたように動きを止めて、茫然とアルリトアを見つめた。
「貴方の足の速いことは聞いていたが、これほどとはな」
「アルトリア!」
 胸を張るアルトリアを彼が突然、抱きしめた。アルトリアは驚いたが、これはよくあることだった。すぐに気を取り直して、アルトリアはギルガメッシュの猫っ毛をくしゃくしゃと撫でてやる。
「私の旦那さまはすごいのだなあ」
「……」
 彼はしばらく肩に顔をうずめて動かなかった。しかし顔を上げたとき、彼は得意満面の笑顔になって周囲を示した。
「ほら、どこにも人家なぞない。ここがシュメルで唯一『森』と呼べる場所だ」
「ああ。気持ちがよい」
 アルトリアは周囲を見渡した。そこは小高い丘陵地帯の一番高いところで、アルトリアの感覚からすると冬枯れの木立だった。しかし、ここに来てからこれほど多くの木が生えている場所は見たことがなかったし、空気がしんと澄んでいる。なだらかな傾斜が続いていて、下草も枯れているので歩きやすい。
 ギルガメッシュはアルトリアに手前の丘の向こうを指した。
「あの影に行くと、面白いものがあるぞ」
「では行こう」
 アルトリアはギルガメッシュの手を握り返す。アルトリアの心も晴れ晴れとして走りだしたい気分だった。
 二人は競うように軽やかに斜面を乗り越え、尾根を回る。
 するとアルトリアの足が止まった。
「ギル、湖か。あれは」
 ギルガメッシュは水がないと言ったが、丘のふもとにあるのは小さな湖だった。ギルガメッシュが足を止めて荷物を背負い上げた。
「正確に言うと今だけ現れる湖だ。湖というか池かもしれぬ。冬にたくさん雨が降ると、あそこにだけ水が溜まる。ごく浅いのだが鳥には充分なのだろう」
「ギル、鴨がいるぞ!」
 目を輝かせるアルトリアにギルガメッシュも応と頷く。
「あれを狩るぞ」
「そうこなくては」
 アルトリアとギルガメッシュが、この時代の人間以上に強く持っている感覚、現代からかけ離れている感覚があるとしたら、それは狩りの感性だった。食べられる動植物がいれば、二人は刈り取って食べるのだと考える。
 アルトリアはさっと陽を仰ぐ。すでに陽が傾きかけている。普段のアルトリアなら優雅にお茶を嗜む時間だが、今日の彼女は考えが違った。
 アルトリアは白い手を堂々とギルガメッシュに差し出した。
「急いだ方がよさそうだ。弓を出せ」
「そなたに合う弓か。ふむ、よいものがある」
 ギルガメッシュの横に金色の光が渦を巻く。そこから金色に輝く瀟洒な弓が現れた。小さな水色の石が散りばめられており、とても軽い。矢筒も付いているが、それも小さく細い。ギルガメッシュがひょいと渡してよこすのをアルトリアは軽やかに受け取った。試しに弦を引いてみる。力がいらないのに反発は強い。
「この弦は何で出来ているのだ? 見たことのない素材だ」
 首を傾げるアルトリアにギルガメッシュが巨大な黒い弓を構えて微笑んだ。
「メルッハの呪術師たちが神と取引して手に入れた銀だ」
魔術銀ミスリルだと申すかっ」
 目を丸くするアルトリアにギルガメッシュが眉をひそめた。
「神に賜いし剣を持つそなたに驚かれるとは意外だな」
「あれを私が創ったわけではないし、どうしてあるのか知らないものではあるから。ほう、これがミスリルか」
 うきうきと得意気なアルトリアが矢筒を背負って走りだす。
「そうだ、火口を持っておるか」
「ライターならある」
「安心した。先に行くぞ」
 アルトリアは女性用の革のブーツで、枯れた斜面の草を踏みつけ、スキーのように滑って降りる。大した運動神経だ。彼女は海老のように反って斜面から池の畔の草むらに飛びこんだ。
 それを確認してギルガメッシュは弓を構える。彼の持った弓はアルトリアのものとは比べものならないほど巨大だった。ギルガメッシュ自身の背丈ほどもあり、黒光りする金属のような物質でできている。弦は光が当たると一瞬光るが、ほとんど見えない素材だった。これぞギルガメッシュとエンキドゥの勝利の証の一つ、天の牡牛から造った弓だ。硬い腱を削りだして弓となし、背中の革を巻きつける。そして内臓からとった弦を張った。矢は彼の手の中に現れる。長い時の中でごく稀に現れる天稟の持ち主の作が彼のもとには集まっている。
 その精度は人世の常を越えていた。

金剣ミクソロジー④ギルガメッシュ、厨房に入る-③ に続く

↑アルトリアさんと王様ことギルガメッシュが本気で戦う話はこちら。
↓ウェイバーも好き、という方にはこちら。

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